初めて過ごす王都での1日
カルハとヴァイオレットはとりあえず屋内の掃除に取りかかることにした。これだけ埃があると病気になりそうだと思ったからだ。
「えーっと、ここが物置だっけ?やった!ビンゴ!まずどうしよう?」
「箒で家の外に埃を出しましょう。」
キッチンには小さな丸窓があり、直接外に埃を出せそうになかったためまずはキッチンの埃を全て廊下へと掃き出す。そうして玄関の扉を全開にしてキッチンと玄関までの廊下の埃を外に捨てる。
サラルの部屋は見事に埃がなかったためダイニングルームの埃を外に掃き出しにかかる。こちらには庭に面して天井から床までの大きさのあるスライド式窓ガラスがあったので窓を全開にして埃を窓から直接掃き捨てる。ここからは2階の部屋と廊下と階段、ダイニングルームまでの廊下の埃も捨てた。もちろん家具などに降り積もっていた埃は全てハタキでおとしてから掃いている。
その次は雑巾がけだ。カルハとヴァイオレットはきっちりと水を絞って、まずは家具を磨きそこから床をすみずみまで拭き清めた。
この頃には二人とも汗だくになり床にへばっていたがそのかわりに見違えるほど家は綺麗になっていた。掃除されてからよくよく見ると家具は良い品質の物が揃えられており、立派なものだった。
「へえ〜!すげえな嬢ちゃん達!俺あ感心したぞ!!こんなにこの家が綺麗なのは建てられたばっかの時以来だぜ!よく頑張ったなあ!」
ぐりぐりと二人の頭を撫でるコブノーをカルハは疲れた様子で見つめる。
「おじさんは今まで何やってたの?私達がこーんなに疲れて掃除してたのに、おじさんとお兄ちゃんはどこにいてたの?お喋り?」
そんなカルハにコブノーはにっこりと笑う。
「いやいや、俺達もちゃんと仕事をしてたんだぜ?俺は森に行って薪を取ってきてだなあ、頑張った嬢ちゃん達のために風呂を沸かせてたんだぜ?ほら、見てみろ。」
もとから綺麗だったため、二人が掃除をしなかった風呂にはたしかに湯が浴槽に満ちていた。
「湯加減もちゃんとしておいたからなあ。すぐに入れるぞ!」
「ありがとうおじさん。じゃあお兄ちゃんは?」
「サラルはだなあ、庭の雑草を全て刈って、嬢ちゃん達が2階を掃除し終わった後に布団を買いに行ったから今頃ベットの上に綺麗な敷布団と掛け布団を敷いているはずだろうなあ。」
「うそお!?」
カルハとヴァイオレットが見た限り、家と家の周りにある塀との間には大量の雑草が伸びきっていたはずだ。あれを1日で片付けるなんてありえなかった。常識的には。
「ほ、本当だ!え、これ全部お兄ちゃんが一人で?」
靴を履いて二人が外に出ると先ほどまでの雑草が嘘のようになくなり自分は幻覚でも見ていたのではないかとカルハは思いたくなった。そしてぐるっと家と塀の間を一周しても雑草が1本たりとも生えていないことを確認した。
門から右に塀を突き当たり真っ直ぐ行った場所には物干し竿、ニワトリ小屋、馬のいる馬房、倉庫があり、倉庫の前にサラルが雑草を刈り取った証拠である高く積まれた草の山が置かれてあった。ちょうど門から反対側の塀にも門と同じ位置に扉がある。きっとここからコブノーは森に行ったのだろう。
「ああ、そうだぜ?俺は薪ぃ取って風呂沸かしただけだからなあ。」
「いや、それだけでも嬉しいんだけどさ、どうして草刈りをしてくれたんだろ?」
「あれじゃないか?花を植えたいって嬢ちゃんが言ったからだろ。」
「お礼言わないと!ヴィオ行こう!」
苦笑するコブノーを後に二人は階段を駆け上がる。正確に言えばカルハに手を繋がれたヴァイオレットはやむなくついてきているのだが。
階段を上がって2つある左側の部屋の手前側の部屋でサラルは布団を敷いていた。布団の柄は彼に似つかわしくない可愛らしい花柄だ。
「ねえお兄ちゃん!あの雑草全部刈り取ってくれたんでしょ?あと布団も!ありがとう!」
その横でヴァイオレットもぺこりと頭を下げる。だるそうなサラルは布団を敷き終わるとぽりぽりと頭をかく。
「掃除を頑張った褒美だ。汚い。早く風呂に行け。」
その言葉にまたもヴァイオレットの手を引いて浴室まで階段を駆け下りたカルハはヴァイオレットと一緒に風呂に入る。真新しいタオルとバスタオルが2つずつ用意されてあり、カルハとヴァイオレットは背中や頭を洗いっこしてから湯のはられた浴槽に入った。
一生懸命掃除をした後の風呂は二人にとってとても気持ちのいいものだった。
***
二人が風呂から出て服を着替えるととても香ばしい匂いが二人で綺麗にしたダイニングルームから漂っていた。
二人がそおっとドアからのぞくとテーブルの上に美味しそうな料理が乗った皿がいくつも並べられている。
「二人ともこっちに来な!俺がじきじきに作った料理だからなあ!美味いぞお!」
コブノーが料理人だとは思っていなかった二人だったが、開いている席に座って料理を食べてみると、とろっとろの肉が舌の上で溶けていく。
「これ何おじさん!すっごく美味しい!」
言葉と同時にがっつくカルハと黙々と口いっぱいに料理を食べる二人はとても幸せそうだ。
「料理人冥利につきるねえ!気に入ってもらって嬉しいもんだあ!」
「よかったな。おかわり。」
「てめえ、食うの早すぎだろ!」
サラルのおかわりにぶつくさ言いながらもキッチンからおかわりをついで持ってきてくれたコブノーはにこにこしている。相当嬉しいのだろう。
「俺はなあ、最近店の調理は2番目の息子のカイとかみさんに全部任せてるから料理をする機会が無かったんだけどさあ?今日は久しぶりに嬉しいぞ!」
「おじさんの子供達ってどんなの?」
嬉しいからコブノーはどんどん喋る。その間にサラルは白米を3回おかわりしていた。
「んー、一番上がザンってヤツでこいつは養子だ。今は冒険者で短剣使いって呼ばれてるな。どこにいるかは知らねえけど育った孤児院と俺ン家に毎月金を送ってくる。俺はいらねえんだけどな。
2番目がカイ。いい包丁さばきでかみさんに似て優しいんだ。彼女をとっかえひっかえするのが唯一の欠点かな。
3番目はタイで凶暴だ。俺のメンタルをえぐる達人だ。
4番目のメルスはタイに憧れてるのかやたらと俺に冷たくなっちまった。好きな子に告白できなくておろおろしてたのをからかったのが悪かったのかなあ?
一番下のシャチは唯一の女の子だが、一番怖え。俺の槍を振り回すからな。
ま、全員俺の可愛い子供だなぁ!」
目を愛おしげに細めたコブノーはガハハと笑う。少し気恥ずかしいせいか頭をガリガリとかいている。
「どうしてザンって人は養子なの?」
だがカルハの質問は終わっていない。サラルは食事を食べ終えた自分とヴァイオレットの分の皿をキッチンに持っていくためか部屋から出て行った。水音が聞こえるのできっとそうだろう。
「あいつはもともとサラルの旅の途中でついてきてサラルの子分になるつもりだったらしいがこいつが反対してなあ。俺が保護者の方がいいんだって言ってな!」
わいわいとその後もコブノーとカルハを中心に話し続けた結果、夜もかなり遅くなっていた。
「おっと、もうこんな時間かあ!やべえかみさんに怒られる!じゃあな、嬢ちゃんたち!サラルもなあ!」
家に帰るコブノーを玄関まで送った3人はコブノーの後姿が見えなくなるまで見送った。
「バイバーイ!ご飯美味しかったよー!」
「夜道に気をつけろ。」
それぞれが声をかけて家の中に入り就寝した。ヴァイオレットは言葉の代わりに最後までずっと深くお辞儀をしていた。
***
翌日になり起きたカルハとヴァイオレットは重大なことに気がついた。
「朝ごはんを作る食材がない!!」
慌ててサラルの部屋のドアをノックするが起きている気配はない。仕方なく部屋に入ったカルハはベットに寝ているサラルを起こしにかかった。
「お兄ちゃん!起きて!朝だよ!お兄ちゃんが用意してくれたベット、気持よかった!私は鳥柄の布団で寝たんだ!でも朝ごはんの用意がないの!お腹すいたよ、起きて!」
「朝からうるせえ。黙れ。」
カルハはサラルに顔を鷲掴みにされて床から持ち上げられる。この間もサラルはベットに横たわったままで上体を起こしてはいない。
「痛い!顔が!」
見れば、カルハのおでこのツボをちょうどサラルの長い指がピンポイントで押さえており、それがカルハに激痛をもたらしているようだった。
「カルハを離して。何かあれば相談しろと言ったのはあなたでしょう。」
カルハの非常事態に後ろで見ていたヴァイオレットがサラルの腕を掴んでカルハの顔から手を離させようとした。
しかし、不健康な色合いで傍目から見ると細い腕はヴァイオレットの予想に反してごつごつとして太く、筋肉がついている。だが筋肉のついている躰だとはいえない。ぶかぶかで首元までが隠れた大きい服をサラルが着用しているため、躰全体の構造がイメージできないのだ。
「あー……言ったな、そういや。」
ヴァイオレットのその言葉にサラルはあっさりとカルハの顔を離した。やっと痛みから解放されたカルハは顔をぺたぺたと撫でている。
「飯か。出るぞ。」
そう言って部屋の外に出ていくサラルの言葉はあまりにも短く、二人は理解ができない。
「出るって何が?」
背中を曲げて姿勢悪く歩いていたサラルは振り返ると気だるげに頭をぽりぽりとかくと、のろのろと話しだす。
「コブノーんとこ行って飯を食えばいいだろ。明日から飯を自分達で作りたいならついでに市場の様子を見ればいい。花屋もある。」
これからの自分達の行動や昨日カルハが言っていた花を植えたいという願望をボケーッとしている兄が覚えてくれていたことに驚いたカルハだったが、すぐに笑顔に切り替えて
「ありがとう!お兄ちゃん!着替えてくるからちょっと待ってて!」
勢い良く階段を駆けていく。後を追うヴァイオレットはゆっくりと階段を登っていった。
「朝からドタバタうるせえ妹だ。俺の快適朝寝坊スタイルが崩れちまったじゃねえか。」
ぼそりと呟いたサラルの言葉に窓枠に止まっていた赤い小さな小鳥が肯定するようにぴるるると鳴いた。
***
少女達の支度がすみメインストリートまで出てくると、すでに人でいっぱいになっていた。人混みの中でも極度に姿勢の悪いサラルは目立っている。
「『先導の勇者』様と同じ名前のひょろっちい兄ちゃん!今日は珍しく早起きじゃねえか!嵐でも来るのかい?」
「うっせえ。妹達がうるせえからコブノーの店に行くだけだ。」
小魚亭も並ぶメインストリートの噴水から南側は王都の下町といったふうであり、立ち食いのできる店や花屋、日常用品を売る店が通り沿いに入っている。
「妹達?その金髪と赤茶色の髪の子たちか!困ったことがあれば俺達の所に逃げて来いや!なあ!」
店を経営している者達は一様に首を縦にふって同意する。観光や商売目的で来た者達も物珍しげにサラルを見ていた。
その空気が気に入らないのか舌打ちをしたサラルは長い足を伸ばして早足で小魚亭に駆け込んだ。カルハとヴァイオレットは店の人たちに挨拶をしながらサラルの後を追う。
すでに店内のテーブルに案内されていたサラルは水色の髪を後ろでくくったウエイター、タイに注文をしていた。
「遅え。」
眠たげな目をごしごしこすってカルハとヴァイオレットを非難するサラルは家から小魚亭まで歩いたにも関わらず未だ完全に眠りから覚めてはいないようで、
「こいつらの注文は後で頼む。」
とタイに言うと顔をテーブルに伏せて寝始める。
「わかりました。失礼します。」
タイは優雅なお辞儀をみせて厨房に注文を伝えに行った。
朝の店内は昼に比べて客数は少ないが、記事や雑誌を読みながらモーニングセットでついてくるコーヒーを飲む男性や朝からお喋りを展開しているマダム達がちらほらと席に座っている。
「どれにしようかな?ヴィオ、私ぜんぜん決められないんだけど。」
「私も無理だわ。」
メニューに載っているものは数が多すぎてなかなか決められない。美味しそうなものばかりなので余計に迷うのだ。
「おっ!嬢ちゃん達じゃねえか!朝からうちを利用してくれてありがとよ!」
コブノーがカルハ達のテーブルにやってきて昨日と同じく空いている席にどかりと座る。よほど暇なのだろうか?
「朝の散歩をして家に戻るついでに店えのぞいたら、3人がいたんでな!ついつい声かけちまった!で、今日は何頼むんだ?」
「朝だからあんまり量が多くないのがいいんだけど、おじさんはどれがいいと思う?」
コブノーはペラペラとメニューをめくり、あるページでめくるのをやめるとカルハとヴァイオレットが見やすいようメニューを向ける。そこには小さく魚のイラストが下に書かれたサンドイッチのメニューがあった。
「そうだなあ。このサンドイッチのメニューとかモーニングセットはどうだ?サンドイッチだけでもかなりの種類があるから、選び放題だぞ?」
コブノーが開いてくれたメニューと長い間にらめっこをしていた二人だったが、
「ヴィオはどれにするか決まった?」
「ええ。『オレンジと木苺のミックスサンド』にするわ。」
「美味しそうだよねそれ。私は〜、これっ!」
カルハが指したのは新鮮な魚類を挟んだサンドイッチだった。
二人が決めている間サラルはどうしているかというと、すうすうと寝息を立てて寝ている。寝付くのが早い。
「それでいいか?カイに言ってきてやるよ。」
テーブルを立ってそう提案してくれたコブノーにカルハとヴァイオレットはきちんとお礼を言った。
「ありがとうおじさん!」
「ありがとうございます。」
コブノーが注文を伝えに厨房へと消えると入れ違いのように尻尾の生えたウエイトレスがサラルの朝ごはんを運んできた。昨晩のコブノーによる子供自慢から推測するに一番下の娘であるシャチだろう。
「レモンティーとパンの盛り合わせでございます。サラルさん、起きて下さい。」
シャチの言葉にむくりと起き上がったサラルは無言でパンを頬張り始めた。
ひどい寝癖だな。とカルハがピョンピョン跳ねたサラルの寝癖を観察しているときらびやかな雰囲気の男性が店に入ってきた。かっこいい人だな。とカルハが見ていると、初めは適当に空いている席を眺めてどこに座ろうかと考えているようだったがカルハの前に座る寝癖頭を見るとぱあっと顔を輝かせて3人の座るテーブルに近づいてきた。
「やあ、サラル。君を朝に見ることは久しぶりだね。こんな可愛らしいレディ達と朝食だなんて羨ましいことだ。ところで一緒に食事をとってもいいかな?席もちょうど1つ空いているようだし。」
カルハよりも長い腰まである金髪を1つにくくり青い目を覆う長い睫毛やすらりとした容姿と洒落た服装をした彼は物語の中から迷い出してきた王子様のように見えた。
「勝手にしろ。」
「それは良かった。メルス君!注文をしたいのだけれど、こちらに来てくれるかい?」
ウエイターを呼びメニューを見ずに注文をする彼もまた、この店の常連であるようだ。
「それでこの可愛らしいレディ達はサラルとどういった関係なんだい?」
「俺の妹と妹の友達だ。可愛いからって手は出すなよ。出せば殺す。」
ズズズと紅茶を飲みながら物騒なことを抜かすサラルを男性は笑ってスルーする。
「朝から友達にむかって辛辣だねえ。可愛いレディ達、僕の名前はワルト。この名誉職をもらって年中ぐうたらできる友とは違って、毎日忙しい王立魔法研究所で働いてるんだ。よろしくね。」
握手を求めてくるワルトの手を恐る恐る握り返したカルハとヴァイオレットだったが、サラルは二人に怖い顔をした。
「この男はな、毎晩女をひっかけてはあそんでるヤツだから俺のいない所では近づくな。もし俺がいない時に話しかけられたら全力で安全な場所まで逃げろ。」
ぎょっとする少女二人に肩をすくめたワルトはにこりと笑った。先ほどまではうっとりできていたが、そうはできなくなった二人だった。
「君のせいで怯えてしまったじゃないか。どうしてくれるのさ。」
「危険が減ってなによりだ。」
アハハハ、と空笑いをしていたカルハだったが、褐色の腕によってカルハとヴァイオレットの前にサンドイッチが乗った皿が置かれるとその色彩に驚いた。
「うわあ!これって本当にお魚?」
赤くぷるぷるとしたものを指してコブノーに訊くカルハは3つあるサンドイッチの1つを頬張って萌黄色の目を輝かせる。どうやらハズレではなかったようだ。
「ああそうだぞ。なんだ、ワルトがいるじゃねえか。サラルの妹達に手は出さねえ方がいいぜ?サラルがキレそうだからなあ。」
ワルトが席にいるのを見たコブノーは空いているテーブルから椅子を1つ持ってきて4人と一緒にテーブルを囲む。サラルと同じ内容を指摘したコブノーにワルトはむっとした顔をする。
「コブノーまで酷くないかい?僕のことをなんだと思っているんだい。」
「「女癖の悪い男」」
サラルのだるそうな声とコブノーの低い声が見事にはもった。
「……そうだけど、泣いてもいい?」
「モーニングセットでございます。大声で泣くことはおやめ下さい。」
「シャチちゃんが冷たい〜」
小魚亭で朝食を食べ終えた3人だったがコブノーは暇だ、ワルトは今日は仕事が休みなんだという理由でついてきた。
「市場ってこんな所にあるんだね。」
「俺の店で使う食材も大抵はここで調達するなあ。新鮮で美味いんだ。」
「へえ〜!」
5人は今、王都では小魚亭よりも西にある市場に来ていた。メインストリートにある店のようにしっかりとした造りではなくテントで販売しており、こちらは観光客でというよりも市民で賑わっている。
「いろんなお店があるね!」
「ここは14年前の革命前からある場所だからね。革命が終わってからはもっと人が増えた区間の1つなんだ。」
ワルトの説明を小耳に挟みながらカルハとヴァイオレットは市場を興味津々で見ていたが、しばらくすると2人の視線がある店に固定された。
「パン屋さんがどうしたんだい?気になるのかな?」
優しく訊ねるワルトに珍しくヴァイオレットが口を開いた。
「ええ。食べる気になれば毎日パンを食べられる王都はすごいと思って。」
「なら食えばいい。」
サラルはパン屋に入っていく。ヴァイオレット達が店に入るとパンの柔らかい匂いが体をつつむ。
サラルはパン屋のおかみと話していた。おかみといってもそんなにおばさんではない。サラルよりも少し年下ぐらいだ。
「あら。勇者様と同じ名前のサラルさんじゃない。今日はパンの耳は置いていないの。ごめんなさいねえ。」
サラルの顔を見るとそう切り出したおかみの言葉にカルハは首を傾げた。
「パンの耳は一番安いのさ。適当に食べるサラルはいつもパンの耳を食べているんだろうね。」
小声でそう言うワルトがコートから時計を出して時間を確認している。用事でもあるのか。
「今日はパンの耳が欲しいわけじゃねえ。毎朝パンを宅配してんだろ?それ、うちにも頼む。」
「サラルさんが?お金はあるのかい?」
怪訝そうな様子のおかみの前にヨレヨレの服のポケットからじゃらじゃらと金貨を出すサラル。その額におかみとカルハとヴァイオレットは驚いた。
「頼んだぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
のろのろと歩いていくサラルは家に向かっているようだった。
「お兄ちゃん、パンの配達を頼んで大丈夫なの?そんなにお金がかかること、してくれなくてもいいんだよ?」
カルハはそう言ったがサラルに睨み返される。全くもって迫力のないものだったが。
「あ゛?金なら心配される覚えはねえぞ。」
「働かなくたってお金入ってくるもんね。」
「うるせえ。これで好きなもん買ってこい。夕方には帰れよ。」
ヴァイオレットに重たい袋を渡したサラルは気だるげに足を引きずって家に帰って行った。ワルトもなぜかサラルについていき、その場に残されたのはカルハとヴァイオレット、コブノーの3人になった。
「これは、お金かしら?」
「そうみたいだね。でもこんなにいっぱいもらって大丈夫なのかな?」
大金を手にして不安げな二人の会話にコブノーが口を挟んだ。
「あいつが渡したんだ。たぶん大丈夫だろ。たくさん小遣いをもらえたと思えばいいんじゃねえかあ?」
「うん!そうする!」
街に詳しいコブノーに案内をしてもらってまず二人が行ったのは花屋だった。そこでたくさんの花を買った二人は今日の晩ご飯と明日の朝ごはんの材料を買いに行く。ちなみに大量に買った花は花屋さんに配達してもらう。
「紅の勇者、サラル様が最初にこの街で食べた果物だよ~!食べていかないかい~?」
道を通っていると威勢のいい物売りの声が聞こえてくる。かなり賑やかで人通りも多いのによく通る声だ。
「さっきもお兄ちゃんが初めて食べたって言ってたおじさんがいたよね。お兄ちゃんはどれを最初に食べたんだろ?」
「俺の店の前でダンゴを売ってる店の黒いダンゴを食ったんだと。あの婆さんはそんなこと言ってねえけどなあ。」
コブノーは勇者が食べたという赤い果物を3つ買い、2人にもわけて頬張った。熟れた果実は水分が多く、あまり美味しいとはいえなかった。
「そうなんだ。あと、本人が目の前にいるのによく恥ずかしげもなく売れるね。」
「弱そうな見た目のやつを誰も勇者だとは思わねえのさ。」
手早く食材を購入した2人は途中で購入した籠に食材を入れて家に帰る。コブノーは2人を家まで送ってくれた後、手を振って帰っていった。
「晩ご飯、作ろっか。」
2人で役割を分担して調理を始める。今日、2人が作ることに決めたのはヴァイオレットやカルハの住むキオワ国定番の郷土料理だ。刃物の扱いが上手いカルハは具材を切り、手先の器用なヴァイオレットは小さく刻まれた具を市場で買ってきた皮につつむ。皮は小麦でできていてそのまま食べても当然美味しくはない。
「油って怖くない?跳ねて当たったら痛いよね?」
「慣れれば平気になるわ。」
皮に具を三角型に包み終えたら次は油であげる。ヴァイオレットは慣れた手つきでどんどん油の中に入れていく。
ヴァイオレットが油で調理をしている間、カルハはサラダとスープを作りにかかる。器用なもので野菜を花柄やうさぎの形に切っている。
「おや〜?いい匂いがすると思ったらレディ達じゃないか。何を作っているんだい?」
耳に覚えのある甘やかな声が耳元でしたかと思うと、ワルトがヴァイオレットの肩のあたりから2人の手元を見ていた。思わずぎょっとしたヴァイオレットは持っていたお玉を振り回したがワルトに当たることはなかった。
「パピョパンとサラダ、スープ。何を作ればいいかわかんなかったからこれにしたんだ。お兄ちゃんの好きなもの、知らないし。」
「大丈夫。サラルはよっぽど不味くない限りは食べてくれるよ。旅をしてた時なんか毎日肉の丸焼きだったけど食べてたし。
あいつ、今は寝てるけど料理の匂いで勝手に起きてくると思うからさ、料理頑張ってね〜」
この家主人が寝ているというのに家中で何をしていたのかは知らないが、質の良さげな服を着ているので盗人ではないと思いたい。
サラルに近づくなと言われたとおりに遠くからワルトを見送った2人は出来上がった料理を皿にそれぞれ盛りつけてキッチンからダイニングルームに運ぶ。皿を全て運び終えて食事の用意が出来たという頃になると、なるほどワルトの言うとおりにサラルが部屋から出てきて椅子に座った。
「いただきます。」
カルハとヴァイオレットには聞き馴染みのない言葉を言ったサラルはこんがりと黄金色に揚げたカリカリの皮の中には豆とじゃがいも、ひき肉が入った料理をほくほくと頬張った。
「美味いな。」
ぼそっとだったが料理を作った二人にはしっかりと聞こえ、二人はテーブルの下でハイタッチを密かにする。
全て完食した3人だったが
「食器は俺が洗おう。」
とのことで、サラルが食器を洗ってくれることになった。
「その前に今日から二人に剣を教えてくれる人を紹介する。こいつだ。」
サラルが彼の部屋のドアを開けると床に広げられた多くの武器を床に座りこんで見ている人物がいた。女性だ。
「サラル様。この剣をもらってもいいですか?」
「ああ。こいつらを頼むぞ。」
皿を洗いにサラルはキッチンに行ってしまい、床に座っていた女性は立ち上がって二人の少女と顔を合わせた。
「私の名前はリンガル。第二師団で副隊長につかせてもらっている騎士の一員なの!金髪の小さい方がカルハで赤銅色の髪の子がヴァイオレットでしょう?さあ、鍛錬を始めるわよ!!」
非常に気合いの入った彼女になされるがまま庭に出て練習用の剣を握らされる。
「構えからなっていないわ!!カルハ!脇が空きすぎよ!ヴァイオレット!貴方は非力すぎ!本当に騎士団に入りたいの!?
とてもやりがいがありそうねっ!」
その後、ヘトヘトになるまで女騎士リンガルにしごかれた二人はやっとのことで風呂に入ってそれぞれの部屋のベットに飛び込んだ。
ヴァイオレットは胸元から鎖に繋がれた指輪を取り出すと窓から射しこむ月の光に当てて指輪を眺める。1日のうちで印象深いことがあれば眺めるだけでなく話しかけもする。
「ローラン。今日はこの家に来てから初めて料理をして剣術も習ったの。街もたくさん歩いた。
剣ってあんなに重いのね。でもあなたを探すために絶対に騎士になるのだもの。諦めないわ。早く会いたいな。」
月明かりに照らされた指輪は青く月光を反射させて内部で小さい光を瞬かせながらひんやりとした冷たさで眠りに落ちたヴァイオレットの手の中に収まっていた。




