結婚式の長い夜
残酷な描写ありです。
村長とローランの奥方達が張り切り、それぞれの家族が二人の奥方に振り回され半年後。
2つの家族がヘロヘロになりながらも笑顔で溢れるローランの兄、コアとその花嫁の結婚式が執り行われようとしていた。
今日は結婚式ということでヴァイオレットは自身が持っている服の中で一番の晴れ着を選んで式場へ行く。目指す式場は村長の家。何か大きなイベント事がある時は、大抵村長の家で行われる。
昨日奥方二人に頼まれて、大きな獲物を捕ってきたヴァイオレットの父親も、今日はおめでたい日だということで仕事である猟は休み、きっちりとした服を着ている。もちろんヴァイオレット手製のものだ。
「カルハを迎えに行くが用意は大丈夫そうか?まだ髪とかを工夫したりしたいんじゃないのか?」
まだ時間があるためゆっくりしていいということだろうか。
「大丈夫。カルハはお家で1人なんだから早く迎えに行ってあげないと。可哀想でしょう。」
「そうだな。あの子の両親は本当に忙しいんだな。」
実は1ヶ月前ほどからカルハの両親は村にはおらず、隣国のヨーゥイ帝国という国のダンジョンへと赴いている。カルハと一緒にいたい二人だったが、馴染みの冒険者達に頼み込まれて泣く泣く隣国へと旅立ったのが1ヶ月前のことである。
二人が森のそばにある家へと辿り着くと、すでに少女は家の前で二人を待っていた。
「今日はいい天気で良かったね。土砂降りだったらそれはそれで印象深くなりそうだけど。」
二人に駆け寄ったカルハはそう言うと早く行こうと二人を急かす。綺麗な意匠を施した服を着たカルハの胸元には家族3人が揃って笑顔で描かれた絵の入ったロケットがさげられている。
このロケットはカルハの父親と母親が旅に出る前にプレゼントとしてくれたものだそうで、カルハはそれ以降肌身離さず身につけている。
ヴァイオレットの率直な感想は、少しカルハの父親の顔が恐ろしく描かれていると思う。緊張して顔が強ばっていたのだろうか。
村長の家の近くまで来ると村人全員がで揃っている。
村長とローランの母親達とお祝いの言葉を言っているのは鍛冶屋の若い夫婦だ。ヴァイオレットにいろいろとちょっかいを出してきた三兄弟の父親と母親でもあるが、もうすぐ三兄弟の兄弟が大きい母親の腹からもう一人産まれる予定で幸せいっぱいの家族である。
弱った足腰のばあやと爺を支えているのはこのメディー村で牧場を経営しているおやじさん。ばあやと爺が村長に話しかけに行くのを後ろから優しく支えている。
ローランとローランの弟達は最初、姿が見えなかったが村長の家から出てくるとヴァイオレット達三人に、式場へと来てくれたお礼を言いに駆け寄ってきた。
「おめでとう。兄さんが結婚するのはどういう気分だ?」
ヴァイオレットの父親からの言葉にローランは苦笑する。ヴァイオレットの父親はこのメディー村で唯一ヴァイオレットとローランが付き合っていることを知らない人物だった。それは彼が仕事に追われているせいであり、決してヴァイオレットに対して無関心なわけではなく、どちらかというと真逆だ。
娘を可愛がる父親に正直なことを言えばどうなるか。この村一番の猟師である。ローランは最終的に告げなければならなくても今ではないと思っていた。
「そうですね……僕も兄達のように愛する人と式を挙げたいです。
今日は兄の式に来て頂き、ありがとうございます。」
「こちらこそ呼んでもらってありがとう。」
無言で微笑み合うヴァイオレットとローランだったが、ここ半年、大好きな次男が側にいるというのに一緒に遊べず、家の中では走り回るな、埃をたてるな、うんちゃらかんちゃらと言われ続けたローランの弟達はじっとなどしてはいない。
「ヴァイオレットの父ちゃん、おれ見たぞ!あのでっかいイノシシの頭、ヴァイオレットの父ちゃんがやっつけたやつなんだろ?」
「そうだぞ?おっちゃんすごいだろ?だけど披露宴でみんなにお披露目するヤツだからみんなには言っちゃダメだぞ。」
「すげーすげー!」
「ねむい。だっこ。」
二人の兄弟の世話を事前に村長から引き受けていたヴァイオレットの父親は、1人をだっこし、もう1人を肩ぐるまして式が始まるまで花畑にいるようで、ヴァイオレットには
「粗相のないようにな。」
と言って花畑のある方へ歩き去っていく。
「今日の服はいちだんと可愛らしいね、ヴィオ。今すぐ結婚したいぐらいだな。」
3人になった途端にヴァイオレットに求婚し始めたローランを細くした目で見やるカルハは忠告する。
「だめだよローラン。いくら今日のヴィオが普段にも増してかわいかったとしても、あんたは13であと1年もすれば結婚できるかもしれないけど、ヴィオはまだ11なんだからね。」
「わかってるさカルハ。ヴィオが可愛いってことを言いたかっただけだ。」
さっきから一言も話さないヴァイオレットだが、嬉しくて顔を真っ赤にしている。ヴィオは分かりやすいな。とローランとカルハは暗にそう思う。
その後であまりにも照れるヴァイオレットが可愛いすぎてヴァイオレットの額にキスをしたローランはますますヴァイオレットを真っ赤にさせ、カルハからはお幸せに、との言葉をもらった。
二人の友人が仲が良いのはカルハにとっても喜ばしいことだが、あからさまに目の前でイチャイチャされるのはちょっとしんどい。カルハはそそくさと2人の前から逃げていった。
こうして大人達は挨拶を終え、恋人達は存分に二人の空間を満喫した午前は過ぎ、やっと式が始まった。ヴァイオレットの父親に遊んでもらった子供達は遊びつくしたようでとろんと眠そうな顔をしている。
村人全員が村長の家に入り、設置された椅子に座って待っていると、今日の主役の1人である新郎コアが入ってくる。少し恥ずかしそうな顔をしつつも嬉しさを隠しきれずに唇の端が少し上がっている。
「俺よりも先に結婚しやがって!幸せになれよコアあああ!」
そう叫んで泣き出す牧場のおじさんは隣に座っていた鍛冶屋の旦那によしよし落ち着けとなだめられている。
次に、花嫁と花嫁の父親である村長が入ってくる。レースがふんだんにあしらわれ、花柄の入った純白のドレスを着た花嫁は顔はベールに覆われているが少しの隙間から見えた頬は桃色に染まっている。
村長は牧場のおじさん以上に泣きじゃくっている。鼻水がひどい。ハンカチがぐしょ濡れだ。
そうして村長から手渡された花嫁は隣街から招いた神父の長ったらしい言葉の後でベールをゆっくりとコアに取られると長いキスをした。
その瞬間、家中は村人達の歓声と嬉し泣きの声で溢れた。
二人のキスが終わった後は御馳走の大盤振る舞いである。さまざまな御馳走が出てくるがメインディッシュは、もちろんヴァイオレットの父親が仕留めたイノシシ料理である。
頭の部分は残されたが、腹や内蔵、足は焼いて料理にされており、生で食べられる部分は綺麗に薄くスライスされて皿の上で飾りつけられている。
「おめでとう!今日は兄さんと隣街のパン屋の師匠は来てないみたいだね。」
「ありがと。兄さんは仕事の休みを取れなかったんだと。騎士様は忙しいから仕方ない。
師匠はどうも娘さんが風邪をひいちまったみたいでさ、今日は行けないって手紙とパンが届いた。」
「花束もくれたじゃない。」
「そうだったな!」
幸せそうな新郎新婦にその場は和む。
用意された御馳走もあらかた食べつくされて村人達の腹が満たされた後は、軽食と酒が用意され、音楽が鳴り始める。弦楽器と太鼓を主にして音楽を演奏するのは、これまた隣街から招いた音楽隊だ。
鮮やかな女達の服が音楽に合わせて舞い、そのパートナーがリードする。新郎新婦を真ん中にして、酒に酔いつつも大人達はにぎやかに踊り続ける。子供達でも年長の者達は酒は飲まなくとも踊りの輪に入っている。小さい子供達は何かは理解してはいないが妖精のように大人達の足元で駆けまわり遊ぶ。
音楽のメロディが最高潮に高まり、人々の興奮も最大限になった時。
突然乱暴に大きな音を立てて扉が開かれた。何事か、と一斉に村人が扉の方を見るといかにも粗悪な顔をした汚らしい男達が立っていた。
黒地の甲冑の真ん中に白い剣が描かれたものを着用したその者達の先頭に立っていた髭面男は、持っていた剣の切っ先が大きく婉曲した剣を振り上げると、大声でニヤリと笑いながら宣言する。
「財宝は根こそぎ奪い取れ!男はできるだけ捕まえろお!女は好きにしろ!抵抗すれば、ぶち殺せ!!」
いやらしい歓声をあげてどっと入ってきた男共に、一瞬反応が遅れたものの村人達は逃げ出した。
「裏口から逃げなさいっ!」
村長のその声に一斉に裏口へと押しかける村人達だったが、混雑するせいでなかなか外に出られない。
後ろの方で逃げ惑っていたヴァイオレットとローランとカルハ、カルハと一緒に踊っていた牧場のおじさん4人は、すぐ後ろで外に出ようと押しかけていた演奏者の目玉から剣の切っ先が出るのを見て戦慄する。剣の切っ先はすぐに引っ込んだが、奏者は狂ったような悲鳴を上げて転げ回るが目以外にも次々と男共の剣の餌食となり、彼の体から吹き出た血が4人に降り注ぐ。
4人は恐怖のあまり身動きが取れず、奏者と同じく剣に切り裂かれるところだったが、いち早く我に返ったカルハが窓際に置いてあった花瓶を男共に投げつける。反撃をされるとは思わず、もろに花瓶を投げつけられた男共が目をかばっている間に、
「ここはダメ!窓から逃げよう!!」
カルハはドレスの裾をたくし上げて窓からひらりと飛び降りる。カルハに続いてローランと牧場のおじさんが窓から降りたが、ヴァイオレットだけが降りてこない。
ヴァイオレットは目の前の惨状が恐ろしすぎる為か、ガタガタと顔を蒼白にして震えるのみだ。
「ヴィオ!?早く降りて!!」
「む、無理よっ!足が動かないの!」
ヴァイオレットの後ろには嫌な笑みを顔に貼り付け目を血走らせた男がトントンと禍々しい形をした剣で肩を軽く叩きながら近づいて来ていた。
「ローラン!あんたは早くお父さん達と合流して!あと、おじさんは隣街の騎士達を呼んできて!」
そう叫ぶやいなや、カルハは自身の身長を遥かに越える壁を駆け上がると、ヴァイオレットの服を掴もうとしていた男の顔面を壁を駆け上がった勢いそのままで蹴り飛ばす。
ひらりと震えるヴァイオレットの横に降り立つと彼女の膝裏と肩を持ち、抱き上げるともう一度同じ窓から飛び降りた。
「どうしてぼんやりしているの!早く逃げて!!」
ローランと牧場のおじさんに怒鳴りつけるカルハの剣幕に圧され、
「お、おう!騎士様を呼んでくる!」
牧場の主は自分が所有する馬に飛び乗って夜道を馬で駆け抜けて行く。目指すは騎士が常に警護する隣街だ。
「ヴィオ、自分で走れる?」
「クソガキ、待てえっ!てめえの目んたまひん抜いてやるっ!」
後ろから追いかけてくる男達から全力で走って逃げているカルハ達だったが、ヴァイオレットを抱えたままのカルハはどうしても遅くなる。
「カルハっ、後ろ!」
ヴァイオレットが悲鳴を上げる。本気で走る子供の足と大人の足では、大人が勝つのは当然だ。ヴァイオレットを抱きかかえて走るカルハのすぐ後ろでは片目に花瓶の破片が突き刺さり、憤怒の表情をした男が剣を大きく振りかざしていた。
「ヴィオ!カルハ!」
少し前を走っているローランも二人の危機に気がつき声を上げる。少女二人に剣が振り下ろされる、その直前。
バシュッ。男の喉笛から小さい三角形の金属が生えたかと思うと、男は白目を剥いてどう、と倒れる。ローランはその喉から血だまりが作られ小さな痙攣の後、男が動かなくなるところまで見て取った。
ローランが立ち止まるのを見て、がむしゃらに前へと走っていたカルハが振り向くと、各々の家から武器を持ち出し武装した男衆達がそこにいた。
カルハを追いかけていた男を矢で射殺したのはヴァイオレットの父親だった。
「ヴィオはまだ走れなさそうだね。お姫様抱っこって王子様がするもんだよね?ローラン、パス!」
足を動かせないヴァイオレットをローランに手渡したカルハは村の男達を見た。今のところ彼らは必死に食い止めているが長く持ちそうはなかった。
「街に逃げよう!」
闇に包まれ、細い三日月のか細い月明かりだけを頼りに必死に走る3人は泣きじゃくりながら牧場のおじさんが向った街とは反対側にある街へと抜ける門までの坂道を走っていた。さっきまで楽しそうに演奏をしてくれていた演奏者達は目をくり抜かれたり、腹を何度も斬りつけるなどとして無惨な殺され方をしていた。
3人は側で目にした彼らの死の間際に浮かべた苦悶の表情と弱々しい助けを求める声、死んでしまった後の抜け殻のような表情に、自分もそうなってしまうのではないかという恐怖と恐ろしさに包まれていた。
が、3人の前に大きな影が立ち塞がる。
「どこへ行こうとしてるんだ?クソガキどもっ!」
「がはっ!」
腹を男の毛むくじゃらの大きな膝に恐ろしい強さで蹴りつけられたカルハは坂を転げ落ちていく。痛みで上げるカルハの悲鳴がヴァイオレットとローランの耳にもしっかりと届いた。
カルハの様子を見ようと坂の下を見ていた2人だったが、ヴァイオレットが悲鳴を上げる。
「ローラン!」
「!」
ローランの左腕は毛むくじゃらの筋肉の瘤がいくつもある熊のような手に掴まれていた。
「次は坊主だなあ!おらっ!」
「痛い痛い痛い痛い!やめてくれええっっ!」
ローランの懇願の声も意味はなく、ローランの腕をポッキリと折り曲げた男はローランの上げる悲鳴に髭面を満足気に歪ませる。
「まだまだあ!」
「ああああああ!!」
男は地面に這いつくばったローランの腹や胸、顔を蹴り飛ばし続ける。ローランは鼻や口、頭などいろいろな場所から血を流し、ついに気絶してしまった。
男はローランを近くに置いていた粗末な馬車に乱暴に投げ入れた。中からローランの小さい弟二人と鍛冶屋の息子3人の靴が馬車を覆うボロ布の間からヴァイオレットは目視することができた。
「ローラン!みんな!目を覚まして!」
「キンキンキンキンうるせえ女のガキだな。どうしてやろうか?」
もはや周りに知り合いが誰もいなくなった状態になってしまったヴァイオレットは目の前の男以外にも汚らしい男達がヴァイオレットに近づいていることに気がついた。
「やめて!近づかないで!」
「どうします、大将?まだガキですぜ。」
「だから何だ?犯すにゃあ、これぐらいの歳でもいけるだろう。」
「ヒッヒッヒ。えげつないですねえ。」
「やれ。」
「きゃああああ!」
男達がヴァイオレットの服を引き裂き、白い素肌が覗く。成熟しきっていない彼女の幼い体に、ヴァイオレットの弱々しい抵抗も虚しく数多の穢い手が触れようとした。
「ヴァイオレットおおおお!」
ヴァイオレットの前から数個の男達の首が飛び跳ね、ヴァイオレットの白い肌に赤黒く濁った血が降り注ぐ。
ヴァイオレットがその深い緑色の目を大きく見開くと、大勢のゴツい男達と1人で奮闘する父親の姿がそこにあった。
「ヴァイオレット!お前たち、俺の娘になんてことしやがった!」
「大将!この男、さっきもうちのもん達を数人殺りやがったヤツです!」
「なんだと!?てめえら、殺っちまえ!」
いっせいにヴァイオレットの父親に剣で踊りかかった男達は父親を息も絶え絶えの状態にさせる。そうしてヴァイオレットの前で膝をつかせ、彼の髪を掴んでヴァイオレットと鼻と鼻とがくっつきそうなほど顔を近づけさせた。
「なんか言うこたあねえか?」
ニヤニヤと嗤う男達の言葉とは関係なく、父の血塗れになった顔を両手で包み込んだヴァイオレットはただ
「父さん……父さん……!」
と繰り返し呟きながら泣き続けた。彼女には何もできなかった。カルハのように周りの男達に蹴りを食らわせることも、父親達のように剣で立ち向かっていくことも。
長年苦しい病気と戦い、やっとその病気と戦い終わった、喧嘩も暴力も恐ろしく、同時に嫌いな彼女に何ができたろうか?誰も彼女を責めはしないだろう。
「ヴァイオレット、愛して」
血を歯の間から垂らしながらも、滅茶苦茶に殴られ痛む顔をなんとか優しい微笑みに変えようとしたヴァイオレットの父は大きく振りかぶった剣に脳天から真っ二つに顔を分断される。
男達は野卑な歓声をどっと上げては喜び合う横で父の顔から撒き散らされた液体などを全身に浴びながら、ヴァイオレットは絶叫して判別のつかない言葉を泣き叫んでいた。
「気が狂ったか?」
「さあな。だが暴れねえ分、手は出しやすい。」
ヴァイオレットの肌に今度こそ手を伸ばした男達だったが、男達のうち見張りをしていた下っ端の男が明るい松明の光とその光に照らされる馬の影に気がついた。
「大将!騎士どもがこっちに向かってます!早く逃げねえとやばいですぜ!」
「ああ?」
なるほど、確かに大将と呼ばれる髭面の男にも部下の言うものが見えた。ちっと舌打ちをして乱暴にヴァイオレットを突き飛ばすと、馬に乗り、部下達と失神させた少年達を乗せた馬車を走らせ、門を抜けてあっという間にヴァイオレットの前から姿をくらませた。
男達が去った後も呻き声を上げ、泣き続けたヴァイオレットは、ようやく隣街から牧場のおじさんが連れてきた騎士達によって保護された。
保護された時、彼女が手づから作り上げた一張羅の服をゴミ屑同然まで破り割かれ、血や涙などでまみれた彼女は果物のように真っ二つに裂けた父親の顔を抱え込み、泣き続けていた。
1人の騎士があまりの村の有り様に顔を空へと背けると、空は暁色と白い雲が混じっている。メディー村を襲った長く凄惨な夜は、ようやく明けようとしていた。




