夏の終わり
ヴァイオレットとローランがリングをばあやに作ってもらってから3ヶ月が過ぎようとしていた。
今回、式を挙げるのが村長の娘のため、村長の妻は張り切って準備をしている。ちなみに村長の妻にとっても子供の初めての結婚式なのだ。よって奥方は俄然はりきる。娘のために、と。
そのため、村長の家の中は今、戦場である。村長の息子が家を走れば、普段なら黙って見過ごされることであるのに激しい叱責が飛ぶ。曰く、どこになにがあるのかこちらは把握しているのだから、動かすな。ということだそうだ。
それは夫の村長にも当てはまり、村長が村の子供達に文字の読み書きや計算を教えるのは家の中ではやめてくれと言われ、村長は式までの間は家の外で子供達に教えていた。
子供達に村長が読み書きを教えているのは、子供達の母親から頼まれているからだった。村長はそれを引き受けている。もともと子供好きな性格だそうで、無償で行っている。
そのため大抵の母親は自分の子供を村長の家へやらすが、ローランやカルハの家は自宅で親が教えるため、メディー村の住人にしては珍しく、村長の家には滅多に行かない。
そのためヴァイオレットは、村の子供達が村長の家にいる間は自宅でいるであろうカルハの家に向かっている。
カルハの家は村人の家が集まっている平地からは少し離れた森のそばに住んでいるため、村長の家から北西に歩き続けて少し急な花畑の斜面を登りきるとやっとカルハの家に辿り着いた。
ヴァイオレットが扉を叩くとカルハの母親が扉を開け、家の中に招き入れてくれる。
「いらっしゃい。カルハは今、裏にいるわよ。」
「ありがとうございます!」
すでにカルハの家に通い慣れたヴァイオレットは、カルハの母親からヴァイオレットの居場所を聞き出すと、勝手知ったる様子で家と森に挟まれた場所にぽっかりと空いた空間へと辿り付く。
そこでは、カルハとその父親が剣で打ち合っていた。もちろん父親特製の木刀だが、まだ小さいカルハには不釣り合いなほど大きいように見える。
カルハはそれでも身の丈に合わない木刀を素早く動かし、父親の腹を狙うが、そんなものはもちろん見抜かれている。木刀を小さい両手で握りしめ振り下ろすカルハの剣を、父親は片手に持った木刀で軽く振った。だがそれだけでカルハの手からは木刀が吹き飛び、父親の木刀にべしりと肩を打たれた。
「癖が直せていない。脇を上げるなと言っただろう。」
声音は静かだが、その身から発せられる怒気は少し離れた所で見ていたヴァイオレットをも萎縮させるのに十分すぎるものだった。そもそも、平穏でのんびりとしたこの村では怒気や殺気とは無縁のものだ。父親の怒気に当てられヴァイオレットは動けずにいたが、カルハは違った。きっと目を上げて父親を見ると、
「はいっ!」
と威勢よく返事をした。
「今日はここまでだ。木刀を回収しておけ。」
父親はくるりと踵を返すと家の中へと消えていった。父親の姿が消えた途端に膝から崩れ落ちるカルハにヴァイオレットは駆け寄る。
「お疲れ様。怪我した所、大丈夫なの?」
心配顔のヴァイオレットに、目には涙を浮かべながら苦笑いを見せたカルハは、イテテと木刀で打たれた肩をさする。
「うん。って言いたいところだけど、大丈夫じゃないや。父さんは今まで教えてきてもらった人の中で一番厳しいなあ。
私から剣術を教えてって言ったけどさあ?これはきついな。」
カルハが数カ月前、父親に剣術を教えるよう請うたのには理由があった。
村の隅に住む、ばあやとはまた違う爺が、最近盗賊が村を襲っていると言ったのだ。
この爺、普段は昔話などを子供達に話して過ごしているのだが、たまに唐突に現在の情報を話し始めるのだ。なんでも小鳥の声を聞いた、虫がこう言った、などと言うものだから村人達は相手にしない。いつもの爺のボケが始まった。と思うだけなのだ。なかなか情報が入ってこないメディー村なので、爺の話の真偽なぞ確かめようもなかったし、端から信じるつもりも村人には毛頭なかった。
だが、カルハは違った。この少女は爺の話を鵜呑みにすると
『わかった。』
とだけ言ってすぐに父親へと剣術を教えてくれと頼み込んだ。
父親は父親で、今までのように甘やかせなくなると内心悩み、カルハの頼みを断ってきていたが、カルハが根気強く言い続ける気力に負けて、教えよう。と渋々首を縦に振った。
それからの父親は鬼である。毎日カルハを叩きのめし、容赦なく木刀で打ちぬく。端から見る村の大人には虐待に見えた。
だが、敵と戦った時に負ければ終わりだ。娘が剣を学ぶ以上、死なないように鍛えなければならない。
父親からすれば泣く泣くしているのである。もうこれは長男に叩き込んだのだから娘にまでしなくてもよいと思っていた矢先にこれである。
もちろんそんなことはお首にも出してはいない。内心で思っているだけだ。
「爺様の予言だけでこんなことをしようと思ったのね。私はいつものことだから何とも思わないのだけど。」
ヴァイオレットに背中の打傷へ母親特製の塗り薬を塗ってもらっていたカルハは、傷が痛まないようそろりそろりと地面に座る。
「あのおじいちゃん、きっと無意識に魔法を使ってるんだと思う。たまに耳から魔力が出ちゃってるもん。」
「そうなの?私には魔力……とかいうものが見えないからわからないわ。」
ヴァイオレットは薬を塗り終え、薬の入った箱をカルハに返した。カルハはその間、ごくごくとあらかじめ筒に入れて持っていた水を飲みながら空いている左手でヴァイオレットから箱を受け取る。
「ま、それは口実で単に父さんから剣術を学びたかっただけなんだけどね。」
夏の鋭い日差しを森の木陰が遮り、お喋りを続ける二人を呑み込んでいった。




