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遠征-4-

 一行がメディー村から出発し、1年が経過しようとしていた。一行の次の目的地は三大伯爵のうちの1つのゼッツア家が治める海に面した大都市、ガザリアである。もともと海産物で有名な都市だったが、革命後に海中に住む魚人達とも交易を結ぶことにより更なる発展を遂げている最中だ。が、街が発展すると同時に海上を荒らす賊も増えてきたため、治安を守るために設置された騎士達が今の第四騎士団である。という説明をディーノにしてもらってから何日が経ったろうか?延々と湿原を進んでいる。フランクによると村が点在しているため、あえてこのルートを進んでいるのだそうだ。狩り、鍛錬をするのみの毎日だ。


 鍛錬しかしていない毎日のためか、めきめきと目に見えてヴァイオレットとアウローラは強くなっていた。結果、剣術だけは二人よりも強かったオスナットが、今アウローラに1本取られ膝をつく。昨日ヴァイオレットにも1本取られた彼のプライドはズタズタだった。その態度もだんだんと目に見えて荒れたものになっていく。


「こんな不味い飯を食えるか!」


 それはヴァイオレットとアウローラが狩ってきた大きな猪を使って調理した料理で、ヴァイオレットがディーノに手伝ってもらいながら調理したものだ。それをオスナットは地面に投げ捨てて皆で座っていた焚火のそばから離れ、寝袋に入りこんでしまう。困った顔を見合わせるヴァイオレットとアウローラだったが、二人がオスナットに何かを話しかけてもより彼を苛立たせることになるだけなのは二人ともわかっているため、何も出来はしなかった。バディのライウスといえば、何も異常がないかのように平然と振舞っている。結局オスナットに誰も話しかけることのないまま、交代で焚火のそばで見張りをしながら就寝をする。


「オスナット、起きろ。お前が見張りの番だ。」


 夜も更けて満月が頭の真上で静かに輝く中、オスナットはライウスに起こされた。オスナットが焚火のそばに歩いて行くとフランクが座っている。


「おはようオスナット。腹が減っているだろう?」

「腹は減っていないです。」


 そうはいっても成長期の青年の体は正直だ。オスナットの腹はぐるぐると鳴った。少し気まずそうな顔をしてオスナットは焚火を挟んでフランクと反対側の地面に座る。


「ほら、食べなさい。美味いぞ。」


 フランクが差し出した料理はさきほどオスナットが地面に捨てた料理と同じものだった。オスナットは露骨に顔をしかめる。


「美味くないので結構です。俺は食べません。」


 フランクはいったん料理の包んである包みを自分の両手で持った。そして、いつもの見習い騎士達を叱る厳しい表情ではなく柔らかな表情でオスナットを見る。


「オスナット、わかっていないな。今この場にいる人間で、一番料理が上手いのはヴァイオレットだ。そのヴァイオレットが作った料理以上のものが、調味料などが欠如するここに存在することはないだろう?」


 下を向いて黙るオスナットを見つめたままフランクは続ける。


「何も食べないままでいれば、ますます体が弱っていくだけだ。それに勇者サラルもこの平原を仲間と越えた時はただ焼いた肉ばかりを食べていたそうだぞ?」

「小さい子供ではないのですから、勇者の話なぞをされても無駄ですよ。」


 と言いつつも、オスナットはフランクから料理を受け取り食べ始める。料理を食べ終えたオスナットはしばらく星空を眺めていたが、ぽつりと口を開く。


「俺は無能なのでしょうか、フランク教官。ヴァイオレットもアウローラも、俺より後から剣術を始めたはずなのに俺は負けてしまった。ライウスに至ってはますます引き離されていくだけだ。やはり父上の言うように、文官になるべきなのでしょうか。」


 悔しさで、オスナットの声が震える。


「オスナット、私を見なさい。」


 オスナットがフランクを見れば、フランクはやはりオスナットを真っ直ぐに見つめていた。フランクの茶色い瞳がオスナットの茶色い瞳を捕える。


「私はオスナットが騎士に向いていないとは思わない。ただ、君の場合、変化がすぐには見えないだけだ。」


 今までフランクには叱られてばかりだったため、オスナットは目の前で喋るフランクをとても新鮮に感じる。こんな風に話す一面を持つ人だったのか、と。


「アウローラやヴァイオレットは確かに全くの初心者だが、二人とも必死に鍛錬をして周囲の技術をどんどんと取り込んでいる。1週間、遠征の準備をする期間があったろう?ディーノによると、その準備期間の初日の実力は基礎もできていない状態だった。特にアウローラがな。だがその1週間後には二人とも基礎が出来上がっていた。二人は知識を知らない子供が物事を知っていくように、技術を吸収している。いささかスピードが早すぎるが、それも二人の才能だ。」

「じゃあ、俺は…?」

「君は基礎がとうの昔に出来上がっていて、自分のやり方を蓄積し模索をしている最中だ。君はゲイン地方特有の剣術を習得しかけている。それはこのメンバーが誰も持っていない長所だと思っていい。だが、1つだけ欠点がある。君が私やディーノのアドバイスを無視することだ。せっかくいいものを持っているのに、無駄にしている。今度からちゃんとアドバイスをものにするんだぞ?いいね?」


 フランクの真剣な眼差しから目を背けることはできず、オスナットはわかりました、と返答する。その応えに満足したように頷いたフランクは、さらに言葉を続けた。


「ライウスは確かに強い。私やディーノからしてもね。でも彼も私達からすればまだ子供だ。足りない部分がたくさんある。それはもしかすると大人になっても消せないかもしれない。バディというのは、そういった足りない部分を互いに補っていくものだと私は考えているのさ。だから、君は君のペースとスタイルでライウスと支え合えるようになればいい。」

「ライウスと支え合う…」


 今までそんなことは考えたこともなかったのか、オスナットの顔は困惑気味だ。


「初めは無理だと思うかもしれないが、私がいい例だ。戦闘スタイルは全く違うが、こうしてディーノと上手いことやっている。」

「ディーノ教官とバディだったのですか!」

「まあね。こう見えてもまだ若いんだぞ?」


 そう言うとフランクはうーん、と背伸びをして立ち上がる。男にしては少し低い身長だが、今のオスナットにはとても大きくフランクが見えた。


「さあ、見張りをする時間は終わりだ。オスナット、みんなを起こそう。」


 なるほど、満月は西に沈み、代わりに太陽が東の空に昇っていく。陽の光に染まっていくオスナットの顔は、それまでとは違い、すっきりとしたものになったようにフランクには見えるのだった。


*-----


 熟睡していたヴァイオレットは寝袋の上から体を軽く揺さぶられて、眠りの中からうっすらと意識を浮上させる。


「朝になったぞ。起きろ。」


 声からして寝袋を揺すっているのはオスナットのようだった。ここ数日アウローラと共に彼に話しかけられるどころか避けられていたため、ヴァイオレットは何かあったのかと急いで寝袋から這い出した。辺りを見渡すと獣などに荒らされた跡もなく、いつもの朝だった。ふとヴァイオレットがオスナットの顔を見ると、オスナットは強張った顔で気まずそうに話し始める。


「その…なんだ。昨日はお前が作ってくれた料理を捨てて悪かった。」


 なんとオスナットが謝っている。顔には出さないようにしながらも、ヴァイオレットはかなり驚いていた。


「貴方は伯爵家の出身なんでしょう?舌が肥えている貴方に私の料理が合うわけがないから気にしていないわ。」


 もちろんまったく気にしていないわけではないが、おぼっちゃまだから仕方がない、とヴァイオレットは早々に諦めていた。オスナットは強張った顔を少し緩める。


「だが、料理人には敬意を払うべきなのだ。なにせ料理は体を作るものなのだからな。だから昨日は、すまなかった。」


 気まずそうな声音はそのままにオスナットはヴァイオレットを真っ直ぐ見た。ヴァイオレットはその様子にふ、と笑う。


「貴方の謝罪は受け取ったわ。それにあの料理が不味いことは確かだから、早く街についたらいいわね。」


 強張っていた顔を、嬉しそうにほころばせたオスナットはヴァイオレットの意見にうなずいた。


「いい加減、この湿原は見飽きたな。俺は何度かガザリアに行ったことがあるから、週に一度は街で遊ぼうではないか。放っておけばお前達は永遠に鍛錬ばかりしていそうだ。せっかくの遠方に来たというのにもったいないであろう。」

「週に一度くらいならいいわね。」


 ヴァイオレットの見る限り、他のメンバーはフランクに起こされているらしく、今しがた起床したアウローラが話し込んでいる二人を見て驚いた顔をしている。


「おいアウローラ、ライウス。お前達もこちらに来い。」


 さらにオスナットに呼ばれてますます驚いた顔をしたアウローラはヴァイオレット達の所に歩いてきた。ライウスもすぐにやってくる。


「え、何?どうかしたの?」


 そしてオスナットがヴァイオレットにしたと同様の説明を終えると、アウローラは顔を輝かせた。


「いいの?!僕、ガザリアの街のことは全然知らないから助かるな!ありがとうオスナット!」

「単に俺が街に慣れているというだけだ。そこまで言わずともよい。」


 つんとそっぽを向くオスナットだが、心なしか嬉しげな顔だ。


「お前は行ったことがあるだろうが、これから1年間もガザリアにいるのだ。たまには息抜きは必要であろう。少しの間だけ俺に付き合ってくれ。」


 オスナットに頼まれたライウスは、その鋭い目をぱちくりとした。


「俺と一緒に行ってもつまらないだけだと思うが?」

「お前がつまらないかどうか判断するのは俺だ。だから気にするな。」


 そうしてようやく頷いたライウスにオスナットは満足げにしている。街の遊びなどしたこともないので、ヴァイオレットには想像もできなかった。アウローラはその分期待をしているらしく、目をキラキラとさせている。


「おーい!朝食であるぞ!こっちへ来るんだ!」


 ディーノの呼び声に、慌てて教官達の元へ戻る見習い騎士達の間の空気は以前に比べていくらか柔らかいものに変化していた。


「オスナット、何かあったのかな?」


 アウローラは隣に座ったライウスに小声で話す。もちろんオスナットには聞こえない音量でだ。


「そうだろうな。何かが変わったんだろうよ。」


 そう言って、ライウスは肉にかぶりついた。

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