遠征-1-
朝、ヴァイオレットが目を覚ますと、すでにカルハの姿はベットの上から消えており、昨日風呂に入る際にカルハが剥ぎ取っていった見習い騎士の服がきちんとたたまれて枕元に置いてあった。首にかけてあるリングのついたネックレスの上からその服を着る。
背伸びをひとつして一階に降りると朝食が机に並べられていたので、ヴァイオレットは自分の定位置の椅子に座ると朝食を食べ始めた。しばらくすると、のそりとサラルが現れ、無言で朝食を食べ始める。やはり匂いにつられて本能的に動いているらしく、目はしばらくの間、完全に寝ていたがむしゃむしゃと咀嚼するうちにだんだんと目が開いていく。黒い瞳がヴァイオレットをじっと捉えると、サラルは食べていた料理を飲みこんだ。
「おはよう。早いな。」
「はい、今日から遠征なので準備をしておこうと思って。」
「そうか。」
無言で朝食を食べていた二人に、賑やかな存在が加わる。カルハだ。家の外でなにかをしていたらしく、いったん手を洗ってから食卓につく。
「お兄ちゃん、ヴィオ、おはよう!」
「おはよう。」
「おはようカルハ。さっきまで何をしていたの?」
「パン屋さんからパンを受け取ってここに置いたあと、花と薬草に水をやっていたんだ!最近、赤い鳥が一羽よく来るの。昨日のパンの残りをあげてるんだけど、可愛いよ!お昼ぐらいまで門の所にとまってることが多いから、ヴィオも出発する時に見れたらいいね。」
「そうね、見れるといいわね。」
朝もだいぶ明けてきたのでヴァイオレットは遠征へ持って行く荷物の最終確認をするために部屋に戻った。
ヴァイオレットが、カルハとカルハの母が用意しておいてくれた荷物を背負い剣などの装備もし終えて再び一階へ降りると、すでにカルハの両親も起きており、パンを食べているところだった。もうそろそろ集合の時間なので出発するむねを伝えれば、カルハがヴァイオレットに抱きついた。なかなか離れようとしないカルハだったが、ヴァイオレットもカルハを抱きしめ返す。しばらく無言の抱きしめ合いが続くと、カルハはぱっと腕を離してヴァイオレットを見上げた。
「ヴィオ、大怪我しないでね?もし怪我をした場合に備えて塗り薬を入れてあるから塗ってね?もしも大怪我したらすぐに飛んでいくから!連絡してね?」
「うん、わかったわ。」
「忙しくて時間ないだろうけど、一ヶ月に一回は手紙書いてね?私も学園で習ったこととかびっくりしたこと、いっぱい書くから!」
「うん、わかった。」
「辛くなったら帰ってきてね。なんなら私が冒険者になって、二人でローランを探したっていいんだからね!」
「ありがとう、でも、それはあまり考えたくないわね。」
ヴィオの返事に、そうだけどね、とくすっと笑ったカルハは、寂しそうにヴァイオレットを見た。
「3年間も顔を見れないなんて寂しすぎるわ。」
「仕方ないわよ、騎士になるには各団を回らなければならないのだから。それに、途中で海を守る第四師団や北方の見張りをする第五師団にも行くから、5年は会えないわね。」
「ご、5年…」
カルハはその言葉にうつむいて黙ってしまった。
「私達が言いたいことはカルハが全部言ってくれたわ。気をつけて行ってらっしゃい。」
「騎士が回りにいるだろうが、変な大人もたくさんいる。十分注意を払っておきなさい。」
「お父さん、お母さん、ありがとうございます。では、行ってきますね。」
ヴァイオレットが会釈をして家の外に出ると、なるほどカルハが言っていたように赤い小鳥が門の所でさえずっている。意外にも、ヴァイオレットが近づくと飛び立つこともなく近寄ってきたので頭を撫でておく。人間に慣れているのかもしれない。ヴァイオレットが門を出てしばらくした時、バタンと大きな音をたててドアが開いた。振り向くと金色の小さな塊が門の前で立っていた。
「ヴィオー!!行ってらっしゃーい!!」
小さな体から出たとは思えないほどとても、とても大きな声だった。ヴァイオレットも普段のおとなしさはかなぐり捨てて叫び返す。
「行ってくるー!!カルハも元気でねー!!」
カルハとヴァイオレットの顔は両者とも、満面の笑顔だった。姿が見えなくなるまでカルハとぶんぶんと手を振り合ったヴァイオレットだった。
*−−−−−−−
集合場所に定められていた噴水前に行くと、すでにディーノが到着していた。ディーノは片手に3頭の馬の手綱を持っている。これからの遠征で3人が乗って行く馬だろう。早朝だからか通りに人通りは少ない。
「おはようございます。アウローラはまだみたいですね。」
「騎士団の建物を出る際に、忘れ物をしたと慌てて寮に戻って行きおった!もう少し待たねばな!」
暇なヴァイオレットは噴水を眺めることにした。噴水には、何体かの石像が設置されており、いずれも剣や槍を掲げ勇ましい様子だ。
「ヴァイオレットはこの石像群が好きなのかね?」
ディーノの問いにふるふると首を振るヴァイオレット。
「いえ、石像の諸説は知りませんが、綺麗なので眺めていただけです。」
「なんと、そうなのか!キオワの子供であれば皆が知ってそうなものだと思っていたぞ!」
「おそらくそれは男児に限ると思います。」
剣や槍を持っているあたり、武芸で活躍した者達なのだろう。
「せっかく時間があることだし、私が説明しよう!キオワの王、レオン国王が未だ王子の身だった頃、正妃の腐りきった政治を壊すべく、彼は兄で国外に逃亡していた今の宰相様であるワルト様を迎え、クーデターを引き起こした。ここまでは知っているな?」
宰相、という言葉にヴァイオレットの眉がぴくりとあがる。
「ワルト様って王立魔法研究所の人じゃないんですか?」
「おお!よく知っているな!ワルト様は宰相と王立魔法研究所の所長も兼任しておられるのだ!」
あの王子様みたいなサラルによると変態な人は、本当に王子様だったのか、とヴァイオレットは冷や汗を流した。と同時にコブノーやサラルが気軽に話していたことがとても疑問に思われた。あの二人は平民であり、相手は王様の兄である。ヴァイオレットの疑問を他所に、ディーノは話し続ける。
「クーデターを率い、民主を鼓舞した者達があの像になっている!真ん中の馬に乗り、剣を掲げているのが紅の勇者で先導の勇者とも呼ばれるサラル様。その右隣で同じく馬に乗り大剣を背負っているのは第一師団長のカイル様だ。左隣で前に女の子と男が馬に二人乗りをしているだろう?あれはコブノー殿とその奥方だ!彼の店は勇者一行に加わっていたこともあって有名だな!」
「コブノーさんの右上で宙に浮いているのがワルトさんで、その後ろで馬にまたがっているのは王様ですか?」
「よくわかったな!どうしてだ?」
「王様は王冠をかぶっているからです。ワルトさんは残りのメンバーだからそうではないかと。」
ワルトの像の顔が本人と一緒だったからわかっただなんて言えそうにもないヴァイオレットだった。コブノーやコブノーの奥さんの顔は本当にそのままなのに、サラルの顔だけ美化されている気がする。職人が見る人に夢を与えるためだろうか?それともヴァイオレットがしっかりとサラルの顔を見ていないだけなのかもしれない。なにせ、サラルの顔は髪の毛が鬱蒼としていてはっきりと判別ができないのだ。
「待たせてしまいすみません!」
ちょうど話し終えた頃にアウローラが到着した。よっぽど急いできたのか、息が上がっている。
「大丈夫だ、10分前についているぞ!ところでアウローラ。この像についてなにか知っているか?」
「はい、それはもちろん!近所の子たちとよく勇者ごっこをしました!王都に初めて来た時、真っ先に見に来たのがこの噴水ですね~」
アウローラはにこにこと話す。ここ一週間の訓練の成果だろうか。アウローラの息はすでに整ったものに変化している。
「さて、そろそろ出発するか!フランク達を待たせることになってはならんからな!」
「フランク、とは誰ですか?」
聞き覚えのない人名に、ヴァイオレットが反応する。おっとまずい、といった風にディーノは一瞬片手で口をふさぐと二人に説明をし始める。
「ああ、言うのを忘れていた!これから各地を回る研修だが、2組の教官とバディで回る!1人の教官が不正をしてはまずいのでな!」
言うのを忘れないでほしい、とヴァイオレットが苦々しい顔をする横で、アウローラは単純にもう一人の教官に会える!と無言で喜んでいるのがわかる。本当にアウローラは表情の変化がわかりやすい。
「じゃあ、もう1人の教官がフランクさんってことですか?」
「ああ!そうだ!奴の見習い騎士達とも長いことつきあうことになるからな!仲良くな!」
「はい!頑張ります!」
嫌な人達じゃなければいいけれど。ヴァイオレットは心の底からそう願う。
「大抵の教官は騎士団本部の建物を集合場所にするんだがな、混むんだ!だから噴水前に集合にした。フランク達とは王都の南門の外で落ち合うことになっている!」
「あ〜!だから騎士団の建物が混んでいたんですね!寮に戻るのにも大変でした!」
3人は話しながらゆっくりと馬を進める。町中なので、早朝とはいえもし人にぶつかれば大事になってしまうからだ。
噴水から南門への道は店が集まっているため、朝から品物を仕入れる人がちらほらといる。その中にはヴァイオレットのよく知る白髪も見ることができた。ヴァイオレットが手を振ると、コブノーも買ったばかりの新鮮な食材を脇に抱えてずんずんと近づいてきた。ヴァイオレットの馬の横に並ぶと一緒に歩き始める。
「よう、ヴァイオレット!一週間ぶりだな!今日から遠征か?寂しくなるなあ。」
「コブノーさん、おはようございます。もう、食材は買わなくてもいいんですか?」
コブノー、という言葉にビクッと反応したアウローラは、ヴァイオレットと話している男を見て口をパクパクとさせている。アウローラのそんな様子に気づかずニカッと笑うコブノーは心配ないというふうに空いている片腕を横に振る。
「おう!カイも来てるからな。食材を見るのも料理人の仕事なんだ。とか言って、買ってくれるカイはいい息子だよなあ。この道を通ってるってことは、南門から出発するんだろ?俺の店も南門の手前にあるから、そこまで一緒だなあ!」
ヴァイオレットとアウローラの前でゆっくりと馬を歩かせていたディーノも、コブノーとヴァイオレットの会話に気づき、コブノーに話しかける。
「おお!これはコブノー殿ではないか!最近店にお邪魔していないが、元気そうでなにより!」
「ディーノがヴァイオレットの教官かあ。うちの店もこの娘もよろしく頼むぜ?」
「ああ!無論!そうするつもりだ!」
コブノーとディーノの会話の間、しばらく未だに口をパクパクとさせていたアウローラだったが、ヴァイオレットに脇をこづかれ、口をきちんと閉じる。そのかわり、ヴァイオレットに小声で話しかけた。
「ねえ、ヴァイオレット。あの人って勇者様一行の一人の槍の使い手コブノーだよね!?」
「たぶん、そうだよ。」
その言葉にアウローラはますます目を大きくさせる。
「ヴァイオレット、なんでそんな有名人と知り合いなのさ!?」
「うーん、たまたま、かな。」
「すごくラッキーなたまたまだね!いいなあ、ヴァイオレットは!」
アウローラがヴァイオレットを羨ましがっている間にコブノーの店、小魚亭まで到着する。
「そこの坊主はヴァイオレットのバディか?」
「はい!そうです!ヴァイオレットのバディのアウローラです!」
アウローラは憧れの人物の一人に声をかけられてとても嬉しそうだ。感極まって泣きそうになっている。サラルやワルトに会わせた時には失神しそうだ、とヴァイオレットは思う。
「うちのヴァイオレットをよろしくな。あ、ちょっと待ってろ。」
そう言うとコブノーは店の中へと入っていき、すぐに出てきた。手にしてあった食材とは別の紙袋をディーノに渡す。
「昨日試作品として作った菓子だ。いちおうタイやカイにOKをもらった食いもんだから、味は大丈夫なはずだ。12個入ってあるから、道中6人で食ってくれよ!」
「おお、かたじけない!ありがたく頂こう!それでは、また会おう!コブノー殿!」
コブノーさんが作ったお菓子、絶対に美味しいわ。と予想するヴァイオレット。コブノーに手を振り返してヴァイオレット達は門を出た。
いまだフランクという教官とそのバディ達は到着していないようだったのでしばらく待っていると、門から少し馬を急がせてくる教官とバディが出てきた。その一行をディーノは指差す。
「あれが今日から寝食を共にするフランク達だ!フランク!こっちがアウローラでこっちがヴァイオレットだ!」
フランクと呼ばれた茶色い髪の教官は首を縦に振ってうなづいた。
「知っているさ。男女の見習い騎士は珍しいからな。」
「そうか!ところでフランク!お前の見習い騎士の名はなんだったか?」
ディーノのその言葉にやれやれと首を振ったフランクは二人の見習い騎士に挨拶をするよう促した。
「第15期見習い騎士、ライウス=ホウグ。よろしくお願いします。」
フランクの後ろから出てきた見習い騎士を見て、ヴァイオレットは見習い騎士になるための試験を思い出した。そう、彼女は試験で彼に負けた。しかもライウス=ホウグは最後まで勝ち残った見習い騎士だとヴァイオレットは記憶している。やはり今も試験の時と同じくつまらなさそうな顔をしている。それともこれがライウスの無表情というものなのだろうか。
「俺はライウス=ホウグのバディ、オスナット・ゲイン!お前らのような平民が俺と組めてありがたいと思え!痛っ!」
綺麗な金髪をフランクにばしっと叩かれてオスナットは痛そうだ。
「これから長い間世話になるんだぞ。その言葉遣いを止めなさい。」
「だって俺は三大伯爵家のうちのひとつであるゲイン家の息子でって、何をするんだ、ライウス!」
ライウスにも頭を叩かれ、抗議の声をあげるオスナット。ライウスはその薄い色をした水色の目でオスナットを冷たく見る。
「俺の父も王から位をもらうまでは平民の騎士だった。そもそも平民を馬鹿にすると生活が成り立たなくなる。口を慎め、オスナット。」
ライウスの言葉にオスナットはたじたじだ。平民、と馬鹿にする言葉に少し腹の立っていたアウローラとヴァイオレットは心の中でライウスに拍手を贈った。
やっと落ち着いたオスナットにため息をつきながらフランクは話す。
「ありがとう、ライウス。はあ、私の言葉でも反省してほしいものだね、オスナット君?」
フランクを舐めているのだろう、オスナットは、何も言いはしなかったがぷいっと顔を横に背ける。その態度を見たディーノは片眉をくいっと上げ、ひげを右手で撫でる。
「ほう?では、本日はその者は走って我らについてきてもらうことにしよう!どうかね、フランク!」
今日は次の町まで馬で走ることになっているため、足で走ってついていくのはかなり、というかとてもきついことになる。可哀相だけど自業自得よね、とヴァイオレットは思う。
「そんなこと、無理だろうが!ですよね、フランク教官?」
フランクはきっと否定するだろう、とヴァイオレットとアウローラも思っていたが、フランクはそうはこなかった。
「いいね、ディーノ。そうしよう。さあ、馬から降りるんだ。」
なんとフランクはディーノの滅茶苦茶な案に賛同したのだ。これに驚いたオスナットは必死に抗議するが、半ば強制的に馬から降ろされ、フランクがオスナットの馬の手綱を握り駆け出した。フランクと併走して走るディーノにアウローラ、ヴァイオレット、ライウスも続く。この一週間の間の警邏隊での馬の走らせ方に比べれば散歩をしているようなスピードのため、ヴァイオレットやアウローラはとても楽ちんだ。だが。
「おいっ、嘘だろ!?ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
オスナットにしてみれば、たまったものではない。馬の一歩と人の一歩は全く違う。追いつけるとすれば、超人か人間とは違う種族の者だけだ。もちろんオスナットはそのいずれでもないので、ぐんぐんと距離が開いていく。
「大丈夫かな、彼。魔獣が出たりしたら大変だよね?」
アウローラは後ろを振り向きながらオスナットを心配する。いけ好かないオスナットだが、それでも個人の感情抜きで心配するのはアウローラの良い点のうちのひとつだ。だが、そんなアウローラに対し
「なんとかなるんじゃない?」
「そうだな、なんとかなる。」
ヴァイオレットもライウスも、これである。ヴァイオレットは一度後ろをちらりと見たが、ライウスに至ってはバディにも関わらずまっすぐ前方しか見ていない。
「ヴァイオレットもライウスも冷たいよ…」
でも最初っからあの態度は誰だって嫌だよね、ともアウローラは心の中でつけ加える。
「これからよろしくね、ライウス。」
「よろしく。」
ライウスに再度挨拶をしたアウローラは、個性的すぎるこのチームでやっていけるのかな、とちょっと心配になった。が、なんとかなるか!とすぐに思考を切り替える、楽観的なアウローラだった。




