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馬に揺られて

 パレードの翌朝、ヴァイオレットは彼女の教官ディーノの言いつけ通り騎士団の建物に向かっていた。


 1週間後から始まる研修のための準備は、しばらく王都に滞在するというカルハの母親が快く引き受けてくれた。とても心強い母である。そんな彼女は毎日カルハがマリン学園から帰ってくると楽しそうに会話をしている。ヴァイオレットはたまに2人と話し、サラルとマルシはそんな3人の横で黙ってみているかぼそぼそと2人で話しているかしている、というのが最近のサラル宅での光景だ。


 ヴァイオレットが騎士団の門をくぐると寮に住む騎士や見習い騎士達のために作られているのだろうか、美味しそうな料理の匂いが漂っており、ヴァイオレットがむかっている鍛錬場までの廊下は騎士の他に騎士達の世話をしている侍女達がせわしなく行き来をしている。彼女たちの抱える大量の洗濯物はおそらく騎士のものだろう。そんな侍女達にぶつからないよう気をつけて歩きながらヴァイオレットは鍛錬場についた。少し早めに家を出ただけはあって集合時間までまだ時間に余裕はある。鍛錬場を見渡せば数人が剣を振ったり組手をしたりしている。

 ヴァイオレットが武器をしまってある倉庫をのぞいて時間をつぶしていると後ろから声をかけられる。ディーノだ。


「おお!集合時間の30分前よりも早く到着していたか!やる気があることは良い!」

「アウローラ君はまだですね。」

「寮で生活しているためだろう。今頃は寮での規則の説明を受けている頃だ。私も寮で生活していたため知っているが、なにかと時間が定められるからな。気長に待ってやってくれ。」


 剣の指導でもしてくれるのかと思いきや時間はゆっくりと過ぎていく。集合時間の10分前になるとちらほらと他の見習い騎士たちが鍛錬場に姿を現し始めるがアウローラの姿は見当たらない。かわりにといってはなんだがヴァイオレットの知っている顔も鍛錬場に到着してきた。


「おはよう、ヴァイオレットさん。貴女、お早いですわね。いつ頃いらしたの?」

「おはよう。40分前ぐらいかな。ちょっと早めに目が覚めてしまったの。」


 話しかけてきたのは初めてバディを組まされた日に話し続けていた女の子だ。そこまでは思い出したのだが、ヴァイオレットは彼女の名前を忘れてしまっていたので少しひやひやしていた。どうしよう、名前なんていったっけ?という具合に。


「まあ!40分前といえば朝ごはんを食べている頃ですわ!髪の毛の手入れに時間がかかってしまって、ごはんを食べる時間が遅くなってしまったの。」

「髪の毛のセット大変そうだものね。」

「ええ!この編み込みを作るのには毎回とても苦労しますの!」


 ヴァイオレットが彼女の後頭部を見やすいように後ろを向いてみせてくれる。なるほど、工夫された髪は少女に似合っている。その反面、鍛錬で崩れそうだとも思う。しばらくそうやって彼女の細かい髪型を見せてもらっていると不機嫌そうに顔を歪めて歩いてくる見習い騎士がヴァイオレット達に近づいてくる。それを見た髪型を見せてくれていた彼女は笑顔で手を顔の横で小さく振った。


「知り合いなの?」

「ええ!私のバディですの。口は悪いし神経質な方ですけど悪い方ではなさそうで良かったわ!」


 ヴァイオレットが聞くと彼女はそうすらすらと答える。ヴァイオレットは未だにちゃんとバディと話せていないので彼女のコミュニケーション能力はけっこうすごいんだなと思う。パレードの前に知人でないヴァイオレットに自分のペースで話しかけてきたことを考えれば当然なのかもしれない。


「すごいね。もうそんなことまでわかるんだ。私はぜんぜんバディと話さないから不安なの。」


 ヴァイオレットが素直に思いを口に出せば彼女は予想外にも首を横に振った。


「あら、私もまったく会話はしてなくってよ?」

「じゃあどうやって知ったの?」

「お父様が調べて下さったの。私はやめてちょうだいと言ったのに心配だからと言って聞いて下さらないの。本当に困ったものだわ。」


 娘のことが心配だからと人の情報を調べる彼女の父親も父親だが、困ったものだわと言いながら情報をちゃっかり利用する彼女も彼女だ。少しヴァイオレットには理解ができない。


「ルナリア早く来い。お前のせいで始まらないだろうが。」


 どうやら細かい髪型の彼女はルナリアというらしい。そういえば前もそう言ってたなと今度は忘れないように頭に入れる。それはそうとルナリアのバディはえらく苛立っているようで口調がとげとげしい。


「あら、そうでしたの?ごめんない。私、今まで彼女と話しておりましたの。」

「見ればわかる。いいから」

「先程言ったように彼は私のバディのサヌですわ。サヌ、この方は私の友人のヴァイオレットですってよ。私の友人に挨拶なさって?」


 ヴァイオレットの見る限りルナリアのマイペースさがサヌに勝っているようだった。サヌかヴァイオレットのどちらかが挨拶をしない限りルナリアは動きそうもなかったのでヴァイオレットから声をかけた。その間もサヌの右足はカタカタと揺れている。せっかちな野郎である。


「よろしく。」

「よろしく。これでいいだろ!早く行くぞ!」


 ヴァイオレットと握手をし終えるとさっと手を離してルナリアの手を引っ張って連れて行く。


「次はお茶でもしましょうね!」


 ルナリアはヴァイオレットに手を振るとサヌに掴まれている手を楽しそうにぶんぶんと振って歩いて行く。


 それからほどなくしてヴァイオレットのバディ、アウローラが走ってくるのが視界に入る。


「お待たせしました!寮生活の説明が長くなってしまったんです。」

「大丈夫、教官から聞いているわ。そうですよね、ディーノ教官。」

「ああ!寮の管理人は昔から話が長いからな!二人とも揃ったことだし、さっそく始めるぞ!」


 ディーノ教官のその一言で二人は身構えた。特にアウローラは何に期待しているのかわくわくといった風だ。二人の目線を受けて、咳払いをひとつするディーノ。


「力をつけるには実践を積むのが確実だと私は考えている。よって!これからの6日間は王都の外の平原にて毎日魔獣と戦っている騎士達に混じって過ごすぞ!」

「魔獣って、あの体の大きくて凶暴なやつらと戦うんですか!?僕達が!?」


 キラキラとしていた目はどこにいったのか、恐怖による緊張で少し上ずった声で話すアウローラ。一方ヴァイオレットはかつて父が、今日は大物が捕れたぞ、と帰ってきた時に見た獣を思い出していた。


「いや、魔獣と戦う騎士達の援助をしてもらう!お前達が戦うにはゴブリンでも早すぎるぐらいだからな。魔獣と戦うことではなく、騎士達から学び取ることが今回の目的なのだ!」


 そう説明をされても、アウローラは心配そうである。なにせ彼は確か、初戦で負けていた。粘り強さを買われたのかは知らないが、剣を上手く扱えないことは明らかだ。ヴァイオレットも下の下の上、ぐらいの腕なのだ。騎士達に混じってやって行ける気がしない。


「ヴァイオレットの家にも言っておいたぞ!遠征に出かける1日前までは王都前の平原で野宿をすると!荷物を預かってきたぞ!」


 投げられた荷物を受け取ってヴァイオレットは思う。なんと手回しの良いことか。それならば事前に野宿のことを話してくれればいいものを。


「昼には拠点地につかねばならん!急いでいこう!」


 ディーノにつれられて厩につくと馬に乗ってすぐさま街を出る。あまり馬に乗り慣れていないヴァイオレットのお尻はしばらくするとヒリヒリと痛くなってきた。アウローラも乗馬には慣れていないらしく、おっかなびっくりといった顔をしている。


「ヴァ、ヴァイオレット!僕達、これから、大丈夫かな!?」

「どうかしら、わからない。でも、これをクリアしなければ遠征にも行けないわ。」


 馬上で不安定に揺れているアウローラを見つめてヴァイオレットは言い放つ。


「私にはね、恋人がいるのだけど、死んだと言われているの。でも、彼は生きている。私は彼を絶対に見つけ出す。騎士になってね。だから、私はどんなことでもやるわ。」


 絶対に揺るがないその声にアウローラの目はどこか不安げなものからしっかりとしたものに変わっていく。


「それじゃあ、バディの僕も頑張らないといけないね。確か、騎士になるにはバディで試験をクリアするよう決められていたはずさ。僕も家族の家計を助けるためにしっかりしないとならないんだ。弱音を吐いてる場合じゃなかったね!」


 こくり、と強く頷きあった二人だったが、そこにディーノの声がかかる。


「もう少し速度を上げるぞ!昼までに間に合わん!!」


 より激しく揺れる馬体に必死にしがみつくことになった二人。汗だくだ。


「ヴァイオレット、弱音吐いてる場合じゃないって言ったけど、しんどいね、これ!!」

「そうね!」

「弱音吐いても頑張ろう!」

「うん!」


 こうして白目になりかけながら、二人の絆は生まれていた。

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