バディ
春の中頃になり大分寒さも和らぎ雪も降らなくなってきた早朝にパン屋のおかみはいつものようにヴァイオレット達の住む家の門を開けドアの呼び鈴を鳴らす。おかみは家から人が出て来るまでの間、ヴァイオレットとカルハがこの家にやって来た頃に植えた庭の花たちも蕾をふくらませているのを見て春になったことをようやく実感していた。
おかみはしばらくして家から出てきた人物に眉をぴくりと上げた。
「おや!珍しいじゃないか。ヴァイオレットちゃんとカルハちゃんじゃなくてあんたが受け取りにこんな朝早くに家から出てくるだなんて。雨でも降るんじゃないかい?」
ぼさぼさの長く黒い前髪の間からのぞく黒い目はさらに細く細められた。
「雨が降られたら困る。今日は騎士見習いが歩く日だ。」
ドアにもたれかかっているサラルは今にも崩れ落ちて床で眠り始めそうだ。
「そういやそうだったねえ!ヴァイオレットちゃん、騎士見習いになったんだって?そっかあ、妹達は準備に忙しいからお兄さんのあんたが出てきたんだねえ。」
納得した様子のおかみが差し出したパンを受け取ったサラルはいつもどおり不機嫌そうだ。
「義母さんに顎で使われてるだけだ。」
サラルのふくれっ面が面白かっったのかコブノーに負けない大笑いがおかみの喉から溢れだす。
「あはははは!それは面白いねぇ!じゃあ頑張ってね、お兄さん。」
「うるせえ。」
次の宅配へと向かうおかみにぼやいたサラルは家の中に入りパンを食卓の上に置いた。すでにほかほかの朝食がテーブルに並んでいたが他の4人はサラルが戻ってくるまで待ってくれていたらしい。
「「「いただきます。」」」
なぜこの言葉を言うのかはわかっていないがサラルにつられて食事の前にはそう言う習慣のついてしまったヴァイオレットとカルハだった。ヴァイオレットは真新しい灰色の見習い騎士の騎士服を着て、汚さないように慎重に食べていた。
朝ご飯も食べ終えとうとう出発の時間になった。ヴァイオレットはそわそわとして落ち着かない。
「背筋を伸ばして歩くのよ?背中が曲がってちゃ、格好悪いからね。」
制服の襟をただし終えてカルハの母親はヴァイオレットの背中を叩いた。
「よーし!準備完了!格好良い見習い騎士になっちゃって。次に目指すは騎士様ね?」
明るくそう言った母親に対しヴァイオレットの目は真剣だ。
「はい。ローランを探すためにも騎士にならなければなりません。」
サラルはぼりぼりと片手で右耳の裏を掻く。唯一緊張感のない存在だ。
「彼女が騎士見習いになったと知ればローランは羨ましいでしょうね。あれだけ騎士様になりたいって言ってんだもの。」
恥ずかしいから見送りは玄関前までとヴァイオレットが言っていた通りに4人は玄関前でヴァイオレットを見送った。
「晩ご飯はヴァイオレットちゃんの好物にするわ!頑張ってね!」
「気をしっかり持つんだぞ。」
「ほどほどにな。」
「かっこいいよ、ヴィオ!いってらっしゃい!」
「うん。行ってくる!」
4人に見送られ家を出たヴァイオレットは集合場所に定められている王立騎士団本部に到着した。騎士服を着た騎士が真新しい見習い騎士の服を着ている者達に指示を出して奥の部屋に向かわせているのを後ろの方からぼんやりと見ていたヴァイオレットの肩が軽く叩かれる。なんだろうとヴァイオレットが後ろを見ると焦げ茶色の髪をお下げにして肩に垂らしている女の子がいた。
「おはよう!貴女も見習い騎士ですか?」
「はい。真っさらですよね、この服。」
ヴァイオレットが自分の着ている服を引っ張ってみせると女の子はあわあわと慌てる。
「本当だわ!ごめんなさい、よく周りを見なさいとよくお父様に言われるのですけれどまた忘れてしまっていたのね。ところで確認をしたいのですけれど、私の話を聞いて下さる?」
なんだか妙な話し方だな。ヴァイオレットは前で押し合いへしあいしている同期の見習い騎士である少年の頭を見ながらそう思った。
「いいですけど、騎士の人達が話し始めたら止めにして下さいね。」
周りに押され前の騎士見習いがよろめいたのでヴァイオレットはその見習い騎士の頭を鷲掴みにして難を避けた。
「なにすんだ!痛えだろ!?」
前にいた見習い騎士が文句を言ってきたがヴァイオレットは無視。彼らはまだ12歳前後の子供なので男女の背に大した差はなく、むしろヴァイオレットの方がヴァイオレットに頭を掴まれた見習い騎士よりも背は大きい。
「あら、もちろん良くってよ!」
ヴァイオレットに話しかけてきた女の子に至ってはヴァイオレットとヴァイオレットが頭を掴んだ見習い騎士との会話が聞こえていないらしく、話し始める。見習い騎士達の声でうるさいため聞こえないのもしかたがない。
「それではまず、騎士団の仕組みについてお話をするわ。第一師団から第五師団があり、5つの団はそれぞれ5人の師団長に率いられている。あっているかしら?」
前の方の見習い騎士達が前に歩き出したのでヴァイオレットの前にいた見習い騎士の少年もふらつくことはなくなった。
「ああ。あと、師団長は隊員からは団長って呼ばれてんだ。団長の1個下の階級が副師団長、その下が隊長で一番下が隊員な。」
ヴァイオレットの前にいてふらついていた見習い騎士が勝手にヴァイオレットと女の子の会話に入ってきたが女の子はそれに動じず、逆に話し相手が増えて嬉しそうだ。
「あら、よく知っていらっしゃるのね!貴方も彼女と一緒に私の話を聞いて下さいな。騎士様を目指して入団できたのは良いものの、騎士団についてきちんと理解できているのか少し不安ですの。」
「いいぜ。」
「ありがとう。ではまず、5つの団について。第一師団は王族と王都の護衛、第二師団は各地の治安維持、第三師団は情報収集や隠密活動、潜入捜査、第四師団は海上の治安維持、第五師団は北部で蟄居中の王族ウィーの監視。ここまであっているかしら?」
まったく、これだけ女の子が話しているというのに混みあった列は一向に前に進みそうにない。ヴァイオレットが目を凝らして前を見てみれば騎士達が横一列に並んで何かが書かれた板を上に掲げている。その板に書かれた何かを読み取って見習い騎士達は右往左往としているように見えた。
「ええ、あっていると思うわ。」
「俺もそう思う。ちなみに師団の騎士服の色は1が白で2は茶色、3が黒で4は青、5は黄色だ。」
生き生きとして騎士服のことを話している見習い騎士少年を見ていたヴァイオレットはローランのことを思い出していた。彼もさらわれずにいたら、こんな風に新しく仲間になった者達に知識を教えてあげていたかもしれない。ヴァイオレットは無意識のうちに服の上からローランのリングをおさえていた。
「そうでしたわね。私達見習い騎士は二人一組のバディを組み、年をかけて5つの団を回るのですね。屋敷からそのような長期間離れるのは不安ですわ。」
「大丈夫だって!人間はすぐに慣れてしまう生き物だからな。それとひとつ間違ってるぜ。第三師団は実力の認められた見習い騎士しか研修にはいけないからな?大抵の見習い騎士が回るのは第三師団を除く4つの師団だ。5年かかる理由は第二師団がキオワの全領土に散らばってるから、回るのに3年かかるせいだってさ。わかったか?」
「ええ。」
少女は安心したようだったが、ヴァイオレットには聞き慣れない言葉があった。
「バディって何なの?私、聞いたことないわ。」
「お嬢さんが言った通り、見習い騎士は二人一組でバディを組ませられるんだ。バディの相手は勝手に決められるみたいだけど案外コンビとしての相性が良いみたいで、見習い騎士から正式な騎士になってもよく任務を共にこなす騎士が多いらしいぞ。」
「へえ、そうなのね。聞いておいてよかったわ。」
細かい所までよく説明してくれるわね。顔を覚えておこう。ヴァイオレットは少年の話を聞いてなぜここまで混み合っているのか理解ができた気がした。おそらく騎士達が持っている板には見習い騎士のバディの名前が書かれているのだろう。全体でまとまらせてから名前を1人ずつ呼んでバディを組ませたほうが手っ取り早いと思うが、とにかく今は前に進んで自分の名前を見つけることが先だ。
「俺は騎士に憧れて見習い騎士になったんじゃないんだけどさ、どんな騎士がいたのか調べていると面白いぜ。どう考えても作り話だろって思える話が結構たくさんあるんだ。」
「あら、それでしたらどうして見習い騎士になりましたの?」
「俺、服屋の三男なんだ。一番上の兄貴が店を継いで二番目の兄貴は一番上の兄貴の手伝いをしてるんだ。俺も家のために何かできないかなって考えたら騎士になろうってことになったんだ。」
「騎士でなくても良いのでは?例えばほら、文官でも良くなくって?」
なるほど、騎士でなく文官でも何かできそうなものだ。文官の仕事は騎士の仕事に比べるとかなり安全だろうに。仕事の大変さはまた別として。
「頭を使うのもいいんだけど、体を動かす方が得意なんだ。見習い騎士に応募した理由はそれぐらいかな。」
「貴女は?」
「私は盗賊に拐われた恋人を助けるためにここにいるの。騎士の人達は捜索を諦めてしまったから私が必ず見つけ出すの。」
「……すげえな。だけどさ、盗賊に拐われたならもう生きてる可能性は低いんじゃないか?」
「いいえ、絶対に彼は生きているもの。騎士が動かないなら私が騎士になって動くだけよ。それに、盗賊達のような犯罪者を捕まえて被害者を減らす手伝いをしたいの。」
ヴァイオレットの両眼がギラッと光る。その様子にぎょっとした少年だったが、少女のほうは気づかずにのんきにうっとりとしている。
「騎士が囚われのお姫様を助けるだなんてまるでお話のようですわ!」
「囚われてんのは姫じゃなくて男だけどな。」
少年は呆れたように少女の言葉にコメントを加える。だいぶ人混みが解消されて3人の前も人が減った。ヴァイオレットは自分の名前の書かれた看板を見つける。すでに1人の少年が茶色い騎士服を着た騎士とその看板の下で待っている。
「私の名前を書いてある看板を見つけたわ。」
「あら、そうなのね。良ければお名前を教えて下さらない?私の名はバタ=ルナリア。今日はお話を聞いてくれてありがとう。これから仲良くして下さいな。」
「俺はウィード。よろしく!」
「よろしく。ヴァイオレットよ。じゃあね。」
歩きながらヴァイオレットは思う。ルナリア言うように本の中のお伽話ならどんなにいいことだろうか、と。だが、ローランが今も苦しい思いをしているのは作り話ではなく現実なのだ。それもお話のように2人はめでたく再会できるというハッピーエンドではない可能性の方が大きい。ハッピーエンドなんてものは稀にしか起きないものなのだ。
「おはようございます。」
「おお!君はヴァイオレット君だな?待っていたぞ!バディのことは知っているかね?」
「はい。2人のペアで騎士団の各組織を回ると聞きました。」
「そうだ。君達はまず俺も所属していた第二師団から回ってもらうことになった。」
ヴァイオレットの名前を書いている看板を持った騎士は顎ひげの立派な男だ。体つきは逞しく、頼もしい。
「私は今日から君とこの少年の指導をすることになったディーノだ。さ、少年!自己紹介をしたまえ!」
騎士ディーノに背中をそっとおされてヴァイオレットの前に立った少年は照れくさそうに紹介を始める。
「僕はアウローラっていいます。これからよろしく。」
「私はヴァイオレット。よろしく。」
2人が握手をし終えると騎士ディーノは2人を外に連れ出した。通りは見習い騎士のバディとその指導騎士が整列しておりヴァイオレット達もその列の最後尾に並ぶ。
「これから何をするのですか?」
アウローラはおずおずとディーノに訊ねた。彼の言葉は少々訛っている。都心部から離れた場所から来たのだろうか。
「将来騎士となる見習い騎士のお披露目を街の人々に見てもらうのだ。お前達のような若者達が成長するのをしっかりと見届けてほしいという意味を込めてな。」
「責任重大ですね。」
ヴァイオレットの熱の冷めた言葉にディーノは熱い言葉をはく。
「それはそうだ。お前達はこのキオワを護る騎士なのだからな。街の人々だけでなく、国中の人々の命が我々騎士にはかかっているのだ。精進して立派な騎士となるのだぞ!」
「はいっ!頑張ります!!」
アウローラの元気な声にディーノは満足気だ。ヴァイオレット達の後ろにも大勢のバディと指導騎士達が並び終えると、列が前に進み始めた。見習い騎士達の態度は様々だ。笑顔でバディになった相手やこれから指導をしてもらうことになった騎士と話す者もいればガチガチに緊張して固い顔で歩く者もいる。道の両端には見習い騎士達のパレードのために道をあけてくれた街の人々がパレードを見物している。見物をしている人達の中には見習い騎士になった子ども達の家族もいるようで笑顔で見習い騎士の列に手を振っている人もいる。ヴァイオレットはカルハ達を視線だけで探したが彼らの姿は見当たらない。サラルの家から近い場所で待ってくれているのかもしれないが見習い騎士の列はゆっくりと動くので、カルハ達に会えるのはまだまだ先になりそうだ。ヴァイオレットのバディであるアウローラは最初のうちは緊張した面持ちで歩いていたがしばらくすると珍しげに街を見始めた。
「いいですね。家族が見に来てくれるっていうのは。僕の家族は農民なので畑を離れられないし家から王都まで遠いので誰もこれないんです。」
「それは残念だな。では駐屯所を回る際君の実家近くに行った時に私がこの時の様子を家族に話してあげよう。」
「本当ですか!!ありがとうございます!」
寂しそうな顔が一変して明るくなる。青い目はきらきらとして大きくなっている。
「うむ!ところでヴァイオレット。君の家族はどうなのかね?」
ヴァイオレットの両親は2人とも亡くなってしまったがこの場合、カルハ達のことを言えばいいのだろうか。ヴァイオレットは言うべきかと少し迷ったがカルハ達のことを友達として言うことにした。
「友達が見に来てくれていると思います。」
「そうか!だがこれだけ人がいると見つかるか心配だな!友人の特徴があれば言ってみなさい。探す手伝いをしよう!」
特徴という特徴もないのだが。とりあえず5人の外見の様子を言ってみる。
「金髪で元気な女の子と同じく金髪のお母さん、茶髪でちょっと怖い男の人と気怠げで病人みたいな黒髪の男の人、ですかね。白髪で黒い肌の小魚亭のコブノーさんも見てくれるって言ってました。」
コブノーの名前がヴァイオレットの口から出てくるとディーノは少し驚いているようだった。彼もまた小魚亭の常連客なのかもしれない。
「ほう?コブノー殿と知り合いか。どういった経緯で知り合いになったのか是非とも知りたいところだな!」
「友達のお父さんの友達だったみたいで。王都に来た時に紹介してもらったんです。」
「ふむ!人の縁とは真に面白いものだな!!コブノー殿なら店の前で立っておられよう!まずは家族を探すことが先手だな!」
ヴァイオレットのアバウトな説明にもうんうんとうなずいた彼はとても精力的にヴァイオレットの家族探しを手伝い始めてくれた。バディのアウローラも一緒に、だ。だが3人がカルハ達を見つけるよりも先に大きく明るい声があがる。
「ヴィオー!かっこいいよー!」
見なくてもわかるがカルハだ。案の定声の方を見ればカルハがぶんぶんと手を振っている。カルハの母親もカルハと同じく手を振っており、マルシは微笑を浮かべながら彼の妻子に比べるとかなり控えめにヴァイオレットに手を振っている。サラルは手を振らずに3人の横でつったっているだけのようだったがそれでもヴァイオレットと目があうと片手をさっとあげた。カルハ達の様子にアウローラは笑った。
「元気な友達だね。」
「ええ。彼女にはいつも元気にしてもらっているの。彼女のパワーを分けてもらってね。」
「仲がいいんだ?」
「まあね。」
コブノーの店の前を通るとコブノーが叫び声をあげながらヴァイオレットを応援してくれる。彼のまわりには昼間だというのにすっかり酔っ払った者達がコブノーの叫びに合わせて叫ぶので大合唱のようになってしまっている。
「……すごいね、おじさん。」
アウローラは少し引き気味だ。
「コブノー殿はいろいろな国を旅した冒険者だ。行動のスケールが違うのだ。」
「そうなんですね。私、初めて知りました。」
コブノーの雄叫びを横目に、ヴァイオレットはディーノのよくわからない説明に静かに返事をした。スケールが違うとかそういう話ではないと思う。
「ちょっと恥ずかしいけど、こういうことをやってくれて嬉しいね。」
「ええ。でも、恥ずかしいものは恥ずかしいわ。」
王都のメインストリートをぐるっと一周パレードし終え、各自解散となる。
「2人とも、実習が始まるのは1週間後からだ。準備物については紙にまとめてきたのでこれを見るように。」
そう言うとディーノはヴァイオレットとアウローラにそれぞれ紙を渡す。
「下着や靴下が書かれてますけど何の実習をするんですか?」
アウローラが不思議そうに言った。紙面を見る限りまるで長い旅行にでも出かけるようだ。
「平等なるくじ引きによって、お前達はまず第二師団の駐屯所を回ることになった!悪人との癒着を防ぐために第二師団は3年間同じ街を警護し、その翌年には次の街へ移るという仕組みになっている。だがそれでも悪人と手を組む馬鹿者が稀にいるのでな。私のような見習い騎士を指導する騎士の仕事は、見習い騎士のお前達に各師団の仕事を指導しながら各師団の者達にも目を光らせるというものなのだ!」
騎士団ってそんな仕組みになってるのね。ヴァイオレットにはまだまだ知らないことが沢山ある。
「ディーノ様はどうして見習い騎士を指導する騎士におなりに?」
「3年前に利き腕を負傷してな!優れた医療班のお陰で剣は以前と変わらず振れるのだが、腕を負傷した時に思ったのだ!生きているうちに何かやり残したことはないかと!すると、こうなったわけだ!」
ババーンと腕を広げるディーノ。確かに広げた腕の右側にはぎざぎざとした傷跡が残っている。
「明日からは剣の練習と個々にあった座学をするので遅れないように!7時からだぞ!」
そう言い残すとディーノは早足に去っていった。アウローラは寮に帰ると言うのでヴァイオレットはその場で彼と別れ家に向かう。1日歩いたのでお腹のすいたヴァイオレットだった。




