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試験前

 年も明け、二人が受ける試験まであと2ヶ月と少しになった。ヴァイオレットはリンガルに指導してもらっている剣術にさらに集中するようになり、カルハはさらに焦って対策をすすめた。

 リンガルはそのヴァイオレットの剣への姿勢を褒めたが、カルハは集中力が欠けていると注意した。


 この頃になるとカルハが勉強の手を止めてときどきカラフルな数本の紐を編む姿が見られるようになっていた。


「あれ何やってんだ?」


 お昼前の時間に小魚亭に訪れた三人のうち、この間読んでいた本と同じものを読んでいるヴァイオレットに小声で聞くのはコブノーだ。


「あれは私の故郷でよく作られる願掛けみたいなものです。」

「なるほどなあ。カルハの状況からして神さんに頼りたくなる気持ちも分かるなあ。」


 サラルの頼んだ料理がシャチに運ばれ三人のテーブルに近づいてくると寝ていたサラルはむっくりと起き上がった。カルハが勉強をよそに編み物をしている姿を目にした彼は料理を運んできてくれたシャチに会釈をする。シャチはにこっと笑うと他の料理を運ぶため厨房に戻る。


「おい。なにしてんだ?」


 寝起きで少し裏返った声でサラルはカルハに尋ねた。彼の目は半分目が閉じておりまだ意識は寝ているようだ。


「おまじない。もう、私だめかも……」


 不安そうな声のカルハは見た目もげっそりとやつれている。体を動かし続けることには慣れていても頭を回転し続けることには慣れていない彼女はすでに疲れていた。


「あ?まだわかんねえだろ。神頼みをするのはお前ができることをやりきった後ですることだ。諦めるな。」


 カルハはしゅんとしてしまう。カルハ自身、これが逃げだということはわかっていた。


「大丈夫。これを作れなくてもお母さんに腕輪のお守りもらったじゃない。」

「そうだね……勉強頑張る。」


 再び参考書と向きあうカルハを見たヴァイオレットは持っていた本をテーブルに置くとカルハが途中まで編んでいた紐を手に取ると代わりに編み始める。


「私が代わりに編み終えればちょうど良いわよね?お守りもできるのだし。」

「ありがとうヴィオ〜!」


 もっさもっさと無言で昼食を食べるサラルは口の動きも目の瞬きもゆっくりとしている。食べながら寝て窒息死しそうに見える。


「おーいサラル。起きてるかー?」


 ヴァイオレットとカルハは話をして盛り上がっている。

 普段は大人しい女の子も仲のいい子と話しゃ、こんなに変わるもんなんだなあ。コブノーは喉に野菜が詰まりかけているサラルを助けながらそう思う。


「いいのかこれで。お前、神さん嫌いだろ。」


 野菜が喉から出たサラルに小声で話したコブノーだったが、サラルは野菜が詰まって少しおかしくなっている声で普段通りに話す。


「あ?信仰しないだけだ。他人がどうしようがどうでもいい。」

「そうだったなあ。お前はそういう奴だ。」



 1年の終わりと始まりを経過しついに春に。2人の入団、入学試験当日になった。

 人生の一つの分れ道に立っている二人がいつも通りに振る舞えるわけもなく。


「大丈夫かい?顔色悪いね。おばさんのはいいからヴァイオレットちゃんが使いなさい。ほら、パンもしっかり持たないと落としてしまうよ。」


 早朝にパンを配達しに来たパン屋のおかみはヴァイオレットにもらった温かい袋をヴァイオレットの手の中にそっと戻す。


 それほどヴァイオレットの顔色は酷く悪いものだった。


「ありがとうございます。」


 春先とはいえ、まだまだ雪の降る王都には厳しい冬の寒さが張り詰めているが、ヴァイオレットにはそれとはまた違った空気がピリピリと張り詰めているように感じていた。


「ご飯できた?」


 ヴァイオレットがパンを食卓の上に置いてからキッチンを覗くと小さい金色の頭を抱えてカルハは床に座りこんでいた。火の上に置かれた熱く煮立ったスープの入っている鍋の蓋はカタカタと動いている。


「この式は……あ〜っ!嫌だ、また間違えた!!」


 試験問題の最終確認をしているようだが非常に焦った様子であり、鍋のことは彼女の頭からすっかり消えてしまっているようだ。


「カルハ!スープを煮込みすぎじゃない?」


 ヴァイオレットの指摘にカルハは慌てて鍋の様子を見て落ちこんだ。


「ホントだ!うわぁ……具が溶けちゃってるよ。ヴィオごめん!」

「いいの。今日は仕方がないわ。早くご飯にしましょう。」


 二人が鈍い動きでご飯を食べているとこの家の住民で唯一普段通りに振る舞うサラルがのっそりと席につき、ご飯を食べ始める。

 いつも朝ごはんを美味しそうに食べているはずの二人が放つぴりぴりとした空気にサラルは前を向いた。彼の前に座る二人は真っ青な顔でほとんどスープをすくうスプーンは動かしていなかった。


「飯を食わないと出来ることも出来なくなるぞ。」


 はっと顔を上げた二人の目をサラルは眠気で半分閉じた目で見つめる。


「いいか。今さら何やっても無駄だ。だから試験で今のお前らの全力をぶつけろ。」


 スープを全て飲みきったスプーンでピッと二人を指した彼は言葉を続ける。


「ワルトもリンガルもいけるって言ったんだ。じゃあいけんだろ。」


 ぶっきらぼうに言い終えたサラルはパンをもさもさ食べ始めたが喉に詰まらせる。口の中の水分が足りないようだ。


「いける、じゃない!ワルトさんってば、『まあ、君次第じゃない?』って言ったんだよ!?心配じゃん!そんなこと言われたらさ!」

「私もリンガルさんにギリギリだと言われました。」


 二人の雰囲気がさらにぴりぴりとしてしまい、サラルは余計なことを言っちまったと少し後悔をした。


「安心しろ。俺が保証する。」

「「全然安心できない。」」


 即答である。しかも二人とも真顔だ。


「お兄ちゃんは仕事してないじゃん。勇者だっていうのも本当かわかんないし。」

「勇者だぞ。嫌だがな。」

「じゃあ証拠見せてよ。」

「今は無理だ。」


 きっぱり言い切ったその言葉にやっぱりねといった風にため息をついたカルハは今の状況も相まってとても疲れた顔をしている。


「はあ。お父さんが騎士って言ってたから期待してたのにお兄ちゃんってばぐうたらしてばっかりだし。顔色と背筋は悪いしガリガリだから最初見た時はお化けかと思ったんだよ?」

「俺は痩せてない。」

「痩せてますよお兄さん。」


 ヴァイオレットとカルハに否定ばかりされたためか少し眉をよせたサラルは食べ終えた皿を持ち上げながらぼそっと呟く。


「いちおう俺も騎士だ。」

「何の役職ですか?」

「なんちゃらの黒剣とかいったかな。忘れた。」


 ヴァイオレットの質問にとてもアバウトに答えたサラルにカルハは大声を張り上げた。


「お兄ちゃんは紅の勇者?とかいうやつなんでしょ?それなのに黒い剣なの?おかしいじゃない!」

「……そうだな。おやすみ。」


 不機嫌さを表情に出したサラルは持っていた皿をガシャンと荒々しく机の上に置くと隣の自分の部屋へ引っ込んでしまった。


「カルハ、言い過ぎよ。」

「そうだね……」


 完全に八つ当たりだ。そう呟いたカルハは今日帰ってきたら謝ろうとヴァイオレットに言って家を出る。


「「行ってきます!!」」


 もちろん挨拶を忘れずに。

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