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10/24

動き出す日々

 年も暮れ、もうすぐ新年を迎えるキオワ王国の首都ジュリーニアは冬の寒さに覆われていた。道を行く人は厚着をしながらも肩をすくめて歩き、王立魔法研究所の魔法使い達によって氷で凍りつく道を熱魔法で温めて溶かす魔法道具の設置されていない裏道やサラルの家の前の道などはぶ厚く雪が積もっている。


 そんな寒い冬の朝、ヴァイオレットとカルハの1日はパン屋のおかみから届けられるパンを受け取ることから始まる。

 太陽が上り少したった頃、家の外に設置された呼び鈴がリンリンと鳴るのを聞いてヴァイオレットは玄関のドアを開ける。


「おはようございます。今日はいつもより寒いですね。」


 たくさんのパンを背中に背負った籠に入れてパンを届けるおかみの手や頬は寒さで真っ赤になっている。ヴァイオレットはそんな彼女の手に温めておいた小さな湯たんぽを手渡した。


「いつもありがとうねえ。これのおかげでまだまだ頑張れる。今日の寒さは一層冷え込んでいて、布団から出たくなかったぐらい。

 今朝はカルハちゃんが朝ごはんを作る日なのね。二人ともまだ小さいのにしっかりしているわねえ。」


 サラルが朝起きてこないのは相変わらずのことなためヴァイオレットとカルハは毎日交代で朝食と夕食を作っている。今日であればカルハが朝食を作りヴァイオレットは夕食を作る。明日はその反対だ。昼は小魚亭で食べるのが習慣になっている。


「いえ。そうでないと朝ごはんが食べられないの。お兄さんは起きてくれないんです。」

「大変だねえ。うちのパンでも食べて元気を出すんだよ!」


 パン屋のおかみがヴァイオレットに籠に入ったパン数個を取り出しヴァイオレットが用意した籠に入れて次の訪問先へと向かうのを見送ったヴァイオレットはダイニングルームのテーブルの上にパンの入った籠を置くとキッチンで料理をするカルハに声をかける。


「ごはんはできそう?」

「んー、もうちょっとかかりそう。」

「わかったわ。花に水をやっておくから作り終えたら声をかけてね。」

「うん。りょーかい。」


 サラルが雑草抜きをした次の日に植えられた花に水をやる。東側のスペースにはカルハが母親から譲り受けて王都まで持ってきた薬草が植えられており、それらも同様に水をやる。


「ヴィオ〜!ごはんできたよ~!」


 カルハが戸口から走ってヴァイオレットに近づいてきたが、


「うわあっ!」


 雪に足を取られてびしゃっと転んでしまう。


「雪冷たすぎ!!寒い寒い!!」

「暖炉で暖まりましょう?鼻が真っ赤よ。」


 暖炉の火で暖まったダイニングルームで朝食を二人が食べ始めるとサラルがぼやあと部屋に入ってきて二人と一緒に朝食を食べ始める。ごはんの時間になるといつもこうでサラル曰く


「飯の匂いがした。」


 だそうだ。サラルをごはんの度に起こしに行ってわざわざ死にかける必要のないことをこの頃になると二人はすでに学習していた。

 朝食を食べ終えるとサラルは3人分の皿を洗った後、また自室に閉じこもる。カルハとヴァイオレットは小魚亭に遊びに行く。

 屋根は雪で飾られた可愛らしい店内に入ると今日はタイが二人を出迎えた。


「おはようタイさん!今日はおじさん元気?」


 優雅な礼をしたタイは頭をあげて二人をテーブルに案内する。


「いらっしゃいませ、カルハ、ヴァイオレット。父さんはギックリ腰をさらに拗らせて寝込んでいますよ。呻いて会話にならないので会いに行っても無駄かと。」

「そっかあ。おじさん大変だね。頑張ってって言っといて。」

「承知いたしました。注文は後でよろしいですね?」

「うん!お願い!」


 二人は最近、店の手伝いをして小遣いを稼いでいた。もちろんそれは店が忙しい時だけであって暇そうな時はお喋りをしているだけだ。

 常に猫背のサラルよりも高い身長をもつ金髪碧眼の王子様然とした青年が颯爽と現れ、笑顔で二人のテーブルに座るが。引き攣った顔の二人がそそくさと違うテーブルに移るのをやんわりと止める。


「おはよう可愛い小鳥ちゃん達。どうして僕から逃げるの?」


 カルハは掴まれた手を振り解こうとするが大人の男の力にかなうはずもなく、ましてや穏やかな店内でこの爽やか青年の顔に蹴りを放つわけにもいかなかった。


「だって危ない人だし……」

「コブノーとサラルの言葉を真に受けているのかい?やめてほしいね、まったく。さすがの僕も君達みたいな子供は守備範囲外だし、サラルの妹達に手を出せるわけがないじゃないか。」


 嫌だ嫌だと首を横に振るワルトからは甘ったるい香水の匂いが漂う。鼻のいいヴァイオレットはその匂いにくしゃみした。


「そんなにお兄ちゃんが強いの?寝てばっかりであんなにヒョロヒョロで肌が羨ましいを通り越して気持ち悪いぐらい真っ白なお兄ちゃんが?コブノーおじさんやワルトさんの方が強そうだよ?

 教えてくれるって言ってた剣術も全部リンガル師匠に丸投げしてるんだよ?お兄ちゃんにそれほど実力がないように見えるんだけど。」


 本人がこの場にいれば、うっせえ。とでもぼやきそうだがあいにくサラルはここにはいない。

 あまりもの友人の言われようにワルトは苦笑して運ばれてきた水を口に含んだ。


「サラルはね、強いんだ。あんな身なりをしているけどね。」

「ふーん?そうは見えないけど。」

「彼が強いことは知られていない方が平和なんだろうからそれでいいんだ。

 ところで、働かなくてもいいサラルとは違って君達はどうなんだい?なりたいものとかはないの?」


 ワルトのあからさまな話題の方向転換に少しむっとしたカルハだったがきちんとこたえる。


「私は治癒師になりたいんだ。私がお兄ちゃんの家に来る前に住んでいた村でいっぱい怪我人が出た時私は何もできなかった。だからもう怪我がもとで死んでしまう人を見るのが嫌だから治癒師になるって決めた!」


 熱く語ったカルハが話し終えるとワルトはヴァイオレットにも話すよう促した。


「私は騎士になって行方不明になった恋人を探したいです。」


 短く話し終えたヴァイオレットだったがカルハに負けぬ目をして語った彼女を意外だな、とワルトは見た。


「そうか、君達二人の意気込みは僕にも十分伝わったけどさ、それでどうするの?」


 ワルトは運ばれてきたケーキを品のいい食べ方で口に運ぶ。何がどう違うということはなんとも言えないが、カルハ達とは同じ行動でもまったくもって優雅な行動に見えるのだから不思議だ。


「え?」

「ヴァイオレットちゃんはリンガルに剣術を教えてもらっているからなんとかなるとして、問題なのは君だね、カルハちゃん。治癒師になるったってどうやってなるつもりだい?」


 普段通り優しい口調ではあるが目が笑っていない。カルハはいつもとは違う雰囲気に戸惑いつつも自分の考えを話した。


「それは……本を読んで知識を蓄える……?」


 カルハの答えにワルトはクスクスと笑う。ナプキンで口周りを拭き終えるとカルハに人差し指を指し突きつけた。


「甘いね〜!そんなんじゃ治癒師にはなれないよ?そもそも治癒師っていうのは国に認められた魔導師のことなんだ。王立魔法研究所でたくさんの功績を出してやっとなれるものなのに、本を読んでなろうだなんて馬鹿にも程があるんじゃないの?

 なりたいもののことをもっと調べなよ。僕やサラル、コブノーみたいな大人が周りにわんさかいるんだから。利用しない者は馬鹿だよ、馬鹿。」


 的確な指摘だったがところどころに毒があった。そんな彼の一面を初めて知ったカルハは涙ぐむわけでもなくただひたすらぽかんとしてしまう。


「ワルト様。子供相手に少々言い過ぎではありませんか。普通の子供であれば泣いております。」


 皿を片付けにきたタイがやんわりとワルトに話しかける。どうやら会話を聞いていたらしい。


「そうだねえ。言いすぎたかな?昔これで君を泣かせちゃったもんねえ。」

「……なんのことやらさっぱりわかりません。」


 ワルトはクスクスとまた笑い、タイはそっぽを向くのを見ているうちにカルハは呆然とするのをやめて食いつくようにワルトに話す。


「ワルトさん!その王立魔法研究所に入れば治癒師になれるの?」


 カルハはタイからペンとインク、メモ用紙をもらってメモを取り始める準備を整える。

 そんなカルハの横でヴァイオレットは読書をし始める。それは隣国の語学について書かれたもののようで表紙からするに隣国の小さな子供達が用いるもののようだ。ポップな挿し絵のある絵本を真剣に見ていた。


「そうだねえ。実力があればなれるんじゃない?研究所に入るにも大変だろうけどね。」

「じゃあどうしたら入れる?ワルトさんはそこの人なんでしょ?」


 そこの人、という部分に少し口角を上げた彼だったがカルハには気づかれない程度のものに留め、適当な風を装って話し続けるがその話し方は投げやりなものから幾分かマイルドなものになっていた。


「うーん。僕の場合は魔力が多くて魔法がかなり使えるから入れたんだけど、一般的には王立マリン学園から来る人が多いかな。王城の隣にある学校だね。

 魔力がそこそこ多い君も学園から行くのがいいんじゃない?魔法のこと、そんなに知らないみたいだし。」

「そこって私でも入れる?」

「学力か体を使えることが証明できないとだめだね。君の場合、研究所志望なんだから学力ができないと。」

「学力か……」


 そう唸って考えこんでしまったカルハをくすりと笑ったワルトはカルハの額を軽くつつく。顔をあげたカルハと目線を合わせたワルトはにっこりと笑う。


「僕は治癒師、良いと思うな。僕も昔、ある人の治癒魔法に火傷のせいで見えなくなってた片目とその周りの皮膚を直してもらったことがあるんだ。

 人の体においてももちろんだけど、ある意味心の部分も助ける治癒師は素敵な職業の1つだ。頑張って夢を叶えるんだよ?」


 打って変わって少しキツめの口調から普段よりも優しい口調に変わったワルトはカルハを見ている。


「うん!もちろん!そのワルトさんの傷を直した人みたいになってみせる!!」


 はりきってそう言うカルハにワルトは言葉を濁した。


「それは難しいかなぁ。普通の治癒師であればできてすぐのものしか治せないし広範囲のものはかなり厳しい。それに比べて彼の場合は何年前の傷であっても治せてしまうんだよ。

 こればかりはもともと保有している魔力の量によるから仕方のないことなんだけれどね。」


 なんでも治してしまうという人物は凄い。医術もさほど発達しておらず魔法も大半の人間は使えない世界では神に等しい人物だ。


「その人、凄い人なんだね。」


 尊敬の意を込めてそう言うカルハにワルトは説明を加えた。


「まあね。シャイトン王国の初代の王様で僕らの国じゃあ、その魔力の多さから魔王って呼ばれて恐れられていた人だからね~」

「魔王!?」

「うん。性格も怖かったね。あの国はそんな彼の一族が統治していたせいか魔力の多い人が多いんだ。

 獣人の起源もシャイトン王国からだね。それはベリアルって人が原因なんだけどねえ~」


 魔王に会ったことが!?と驚くカルハと、聞き耳を立てていたのかヴァイオレットも驚いた顔をして読んでいた本から目を離してワルトを凝視している。


「僕は今でこそこうやって研究職についているけれど、もともとはいろいろな民族や文化について学ぶことが好きだったんだ。なにより僕にとって生涯の友人を得られた学園生活は今思うと貴重なものだったね。

 カルハちゃんも頑張って僕らの後輩になりなよ。きっと新しい発見があるだろうから。」


 そろそろお昼近くになってきたせいもあってか客数が増えてきた。お喋りをしに来たマダム達やお昼を食べに来た女の人達の視線がチラチラとワルトに注がれる。


「僕らってワルトさんとコブノーおじさんのこと?」

「コブノーは学園には行ってないかな。あの人は生粋の冒険者だったもの。

 僕が言っているのは僕とサラル、あともう一人の親友のことだよ。入学した12歳の時から今まで仲がいいんだ。」

「へ〜!すごいね。でもさ?それじゃあお兄ちゃんとワルトさんは12歳で入学したって言ってるけど、私ってまだ9歳なんだけど。学園に入れるの?」


 年齢制限が設置されていればすぐに入学することはたしかにできないだろう。


「大丈夫さ。優秀な人材なら受け入れてくれる。優秀な人材なら、ね。」

「そこ繰り返さなくてもいいから!」

「僕の気が向いたら勉強教えてあげるから。頑張ってね。」

「適当すぎでしょ!!」


 こうして年の終わりのこの頃からカルハの紙上での戦いが始まった。


 ワルトとの会話をした日からカルハは王立マリン学園に入学する試験を突破するため、家にあった教材を駆使し必死だった。なにせ試験日は年が明けてから3ヶ月後に行われる。いくら知識を両親の友人達に叩きこまれてきたカルハとはいえ、未だ9歳の彼女には難しい。

 そんなカルハも年明けには晴れて10歳になる。一応誕生日のことは頭の片隅にはあるが、今はそれどころではないのだ。その必死さはぎっくり腰の治ったコブノーにどう映ったのか、昼ごはんを食べに小魚亭に来て料理が運ばれてくるまでの間、本を開き子供特有の可愛らしい顔を歪めているカルハの顔をヴァイオレットと共に側に座って見ていた彼は


「そんな怖え顔してたら運が逃げてくぜ?俺がカルハぐれえの歳じゃあ槍振り回して遊んでたんだがなあ。ヴァイオレットは何読んでんだ?」


 コブノーの言葉にも耳を傾ける余裕のないカルハの金色の髪はうねうねとうねりボサボサだ。目の下には隈ができているのではないだろうか。身だしなみはきちんとしているが髪の毛や力のないヒョロヒョロの声はサラルと同じである。


「『ヨーゥイ帝国の言語-中級編-』です。」


 表紙を見せつつ説明したヴァイオレットにメルスが料理を運んできた。ヴァイオレットが今日注文した品は卵のスープと野菜炒め、ご飯のランチセットだ。ちなみにランチセットはあと4種類ほどある。


「この間は帝国の絵本を読んでおられましたよね?あちらはもうよろしいのですか?」


 コップに水を継ぎ足しながら話すメルスはカルハの邪魔にならないよう彼女とは少し離れたところにコップを置く。


「ええ。だいたい分かったので最近はこの本を読んでいます。」


 ついにカルハの電池が切れた。バタリと倒れた彼女は呻きながら倒れ伏す。お疲れ様、といった風に無言でウエイトレスのシャチが毛布を彼女の肩にかける。


「俺も他の言語も喋れた方がいいとは思うが、その歳で自分から知ろうとするたあ偉いねえ。」


 褒められたにも関わらず、ヴァイオレットは口を曲げて険しい顔になる。


「もしローランが違う国にいる可能性がある時に障害があるのは嫌なんです。だからあと2国の言語も話せなければ意味がありません。」

「よくやるなあ。俺だったらその男のことは諦めてそうなもんだが。」


 目を細めて眩しそうに二人を見た老人はパンッと太腿を叩いて椅子から立ち上がる。


「頑張る二人に食後のデザートを追加しよう。もちろんタダだ。これぐらいいいよなあ?メルスにシャチ。」

「カイ兄さんが反対しないのならいいですよ。」

「おっしゃ!なら大丈夫だ!」


 ヴァイオレットとカルハが昼ごはんを食べ終えて一休みしているとコブノーが出来上がったデザートを二人の前に置いた。


「これなに?もう寝たい……」


 テーブルに寝そべるカルハは放っておけばいつまでも寝ていそうだ。


「起きてくれ。食べりゃあ疲れも吹っ飛んじまうぞ?」

「んー……わかったよ……」


 揺さぶり起こされたカルハは渋々勧められるがままにスプーンを掴み飴色のゼリーのような物体をすくって口に運ぶ。

 するとカルハの口内にはしつこくはない甘さと舌に心地良い酸っぱさ、鼻孔に柑橘系の涼やかな薫りが広がる。


「これ、さっぱりしててすごくいいね。あんまり食欲がなくても食べられる。」


 どこかほっとした顔で食べるカルハは休む機会を逃していたのかもしれない。このデザートは、はりきって行動することも大事だがこうして少し休むことも大事だということをわかってほしい年配者の気持ちの結晶だった。これだけやっているのだから少し休んだってバチは当たらねえだろ?という考えも少しある。


「だろ?程よい酸味は体の疲れもとってくれんだ。たまにはこういう気分転換もいいんじゃねえか?」

「そうだね。おじさん、気を使ってくれてありがとう。なんだかすっきりしたもん。」


 ヴァイオレットもデザートを食べて頬を緩ませている。


「美味しいですね。これからも食べたいです。何というメニューですか?」


 コブノーは申し訳無さそうな顔をすると頭をガリガリと掻いた。

 彼はすでに初老期に入ってはいるが剛毛の太く白い髪が今も健全に生えている。腕や足は太くガタイのいい体はとても強そうに見えた。


「悪いなあ。これは俺が即興で作ったやつだから、メニューにゃあ載ってねえんだ。」


 これが試作品……!と驚くカルハとヴァイオレットは食べるスピードを落としてゆっくりと味わって食べ続ける。それでも無くなっていくのが食べ物であり、名残惜しそうに最後のひとくちを食べきった。


「そうですか。残念です。美味しくて癒やされたので。」

「そこまで言ってくれんならもっと考えてからメニューに加えようかな。美味いもん作って食うのは幸せなことだしな。」


 大声で笑うコブノーだったが息子達ウエイターのうちの誰かからお盆が飛んでくる前にとても慌てた様子の男が店に駆け込んできたことでその哄笑は止む。

 男はきらびやかなワルトと同じような服装をした者だったが、服装は乱れ肩からかけているショールがずれ落ちている。額に汗を浮かばせた男はコブノーを見ると叫ぶ。


「コブノー殿!サラル様は何処におられるか!!」


 怒鳴られたことにも大して動じずにコブノーは顎に手を当てて首をかしげた。


「あ?サラル?家にいるんじゃねえかあ?なあ?ヴァイオレット。」

「はい。私達が家を出た時には寝ていました。」


 カルハは再びテーブルに突っ伏して寝ているので答えようがない。コブノーとヴァイオレットの呑気なやりとりを聞き終えた男は


「御免!!」


 苛立った様を顕に乱暴にドアを閉めて店から出て行った。その振動で店内を照らす魚型のランプが激しく揺れた。


「ったく、昼飯時で商売時だってのに大声で叫ぶんじゃあねえよ。あんなに荒い閉め方したらドアが潰れちまうかもしれねえじゃねえか。いでっ!」


 コブノーの後頭部にメルスのお盆がヒットした。彼の顔はまたとない笑顔である。実に苛立っている時に浮かべる毒々しい笑顔を。


「父さんの言うとおりですが、父さんもずいぶんと騒がしいですよ?」


 床に落ちたお盆を拾い上げ顔をあげた彼の顔は真面目なものになっている。


「たしか先ほどの失礼なお客様は第三師団のハンズ様では?彼がサラル様に何の用があるのでしょうかね。」


 コブノーやワルトといった大人達は何故か評価しているが、メルスやヴァイオレット達若者の目には年がら年中家でだらけ、学問も武術もできないように映る彼の元に騎士団全5師団のうちの1つである第三師団の人間が何のようなのか。


 ハンズという男のことは知らないが、騎士団に入団しようとしているヴァイオレットはさすがに第三師団のことは知っていた。

 機関としては王国の暗部をになっている部隊であり、国王と国王の治める王都を守護する第一師団を構成する精鋭騎士達と同様の質を持つと言われている部隊でもある。だが表舞台に出てくるのは滅多になく、出てきたとしても師団を率いる師団長は常に不在という謎の部隊らしい。

 これらの情報は全てヴァイオレットが家に多くある書籍の中から引っ張り出してきたものに記されてあったことだ。


「借金でもあるのかしら。」


 サラルが勇者として何をしたのかはっきりとは知らないヴァイオレットは生活面のことで思い悩む。だらしないサラルのことだ。借りたまま借りっぱなしということは大いに有り得そうだった。


 うーん。とそれぞれに考えあぐねる二人を前にコブノーは1人ぼやいた。


「んー……物騒なことがなけりゃあいいんだがなあ。」


 その晩、家に帰り日課のリンガルからの指導を終えたヴァイオレットはサラルと食卓についた時にスプーンでスープをすくう手をふと止めた。


「お兄さん。今日はハンズという男性が家に来ませんでしたか?」


 華という国原産の冷やした『お茶』というものを飲んでいたサラルは伏せていた目をあげてヴァイオレットを無表情にまじまじと見る。


「珍しいな。」


 カルハはすでに疲れて自室で寝てしまっている。口数少ない二人の空間では普段では聞き取れない小さく細いサラルの声は簡単にヴァイオレットの耳に届いた。


「何がですか?」

「お前から話しかけてくることが、だ。」


 持っていた湯のみをテーブルに置いたサラルは曲がったその背筋を椅子の背もたれに預ける。

 右耳の後ろをぼりぼりと掻いた彼は気だるそうに口を開く。


「あの赤毛の男だろ?来たさ。ぎゃあぎゃあわめいて帰ってった。」


 たしかにヴァイオレットの見た男は淡い赤毛の髪を持っていた。


 だが、あれだけ急いでいたのだ。ぎゃあぎゃあわめくだけでは済まないはずなのに。とヴァイオレットは目の前の男を目を細めて見つめる。


「それだけですか?何か重要な出来事でもあったのでは?」

「知らねーよ。のんびりまったり暮らしてる俺に騎士(あいつら)が用のあるわけがない。」


 そこなのだ。ヴァイオレットが疑問に思うのは。騎士団にとって利益のなさそうなこの男にあれほど慌てて騎士が会いに行く意味がわからない。


「これ父さん達からな。おやすみ。」


 ヴァイオレットが考えこんでいる間にサラルはひょいひょいと幾つかの布でくるまれた物体を合わせてヴァイオレットに渡し、キッチンから出て行った。ヴァイオレットが止める間もなく隣の部屋に引っ込んでしまう。


「これは……カルハのお父さんとお母さんからね。私宛てのものもあるわ。」


 カルハ宛てのものは熟睡しているカルハの枕元にそっと置いて自分のベットに座ったヴァイオレットは包みを解き中身を確認する。

 中に入っていたのは青と白の綺麗な蔦の意匠が施された鞘を持つ細身で両刃の剣と手紙、メディー村でよく作られる安全祈願のお守りの腕輪だった。


 手紙の内容からすると、ヴァイオレット宛ての剣は鍛冶屋の主人が鍛えた刀身でローランとカルハの母達が作った鞘だそうだ。もしも本当に騎士になった時にヴァイオレットの身を護るよう、という思いを込めて鍛冶屋の主人が創ってくれたそうで、対の鞘はもともと無骨なものだったそうだが女の子に持たせるのにこれはないと二人の母親が手を加えたのだそうだ。

 お守りはこれからのヴァイオレットの健康や身の安全を願ってカルハの母親が作ったそうでカルハとは色違いの赤にしたらしい。


 他には村の復興は順調に進んでいることと鍛冶屋の奥さんに子供が産まれたということなど最近の村の様子がたくさん綺麗な字で手紙に綴られていた。最後のサインからして手紙を書いたのはカルハの父親のようだった。


 翌朝、カルハが喜んで飛びついてきそうだな。と予想したヴァイオレットはベットから立ち上がって隣の机の上に綺麗な布で再び剣をくるんで置き、ベットに寝転がって胸元から青い指輪を取り出してじっと見つめたあと机の上の窓からさしてくる月明かりにつつまれながら目を閉じる。


「みんな応援してくれているのね。私、絶対にあなたを見つけるから。」


 東の空に上りたての月は深い夜を照らし始めた。

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