番外編:どうしようもなく悩む時もある
その後の二人の番外編です。
ずっと以前に書き上がっていたものなのですが、upするのを忘れてました。(笑)後半糖度高めなので苦手な方はご注意を。
「誠哉くーん、一緒にカラオケ行こぉよ〜」
…五月蝿い。
「ごめんね、俺今日夕方から撮影入ってるんだ」
「えぇ〜っ!?そんなぁ」
…そんなぁ、じゃないわよ。
どっからそんな蜂蜜みたいな甘い声が出てくるわけ?
まったく…
女子トイレでの実態をビデオにでも撮ってアンタ達に見せ付けてやりたいわよ。
悪口・噂のオンパレードで毒を吐きながらゲラゲラ愉快そうに笑う姿は、とてもじゃないけど今の姿とは似ても似つかない。
もはやここまでくると、女優か?と言いたくなる。
聞き慣れた会話。
見慣れた光景。
すでに当たり前のようになってしまったけど、なかなか慣れそうにない。
誠哉が転校してきてからもう1ヵ月経とうとしているのに、未だに実感が湧かないのだ。
私と誠哉の席の周りは、相変わらず歴然とした差で。
皆飽きることなく毎日のように誠哉の周りに群がっている。
まぁ、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
『acute』の専属人気モデルをしているだけのことはある端正な顔立ちにスラリとした手足。そこから醸し出される洗練されたオーラ。
見る者を言わずもがな惹きつけてしまう才能は、もはや天性のものとしか言いようがない。
奇跡の産物とすら言われてしまう、睦月誠哉という男。
誠哉は仕事が平日と被ることが多く学校に来れる時間も限られてしまう為、誠哉が学校に来るたびに大騒ぎになってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
今日だって確か学校に来るのは1週間ぶりなはずだ。
……そう分かってはいるんだけど。
ああ…まただ。
つくん、と胸を刺すような痛み。
最近ずっと付き纏っている。
このもやもやとした感情は―――……
ぼうっと物思いに耽っていたその時、いきなり《ドンッ》と身体に衝撃が走った。
驚いて顔を上げると、クラスの女子たちが怖い顔でこちらを睨んでいる。
「ちょっとぉ、香來さん邪魔!休み時間ぐらいそこの席からどいてよね」
「そうよ、授業中は誠哉君と隣なんてオイシイ思いさせて貰ってんだから、ちょっとは遠慮しなさいよ」
いやいやいや、こっちだって好きでこの席になったんじゃないから。
てか後から来たのは誠哉の方でしょうが!!
なんでもともとこの席にいた私が怒られることになるのよ?
自分が攻められることを理不尽に思いつつ、私は黙って席を動くことにした。
休み時間ごとに自分の席を立たなきゃいけないのは非常に面倒くさいが、彼女たちを相手にするのが面倒くさいのもまた事実。
二つを秤にかけたら、どちらをとるかなんて一目瞭然。
厄介ごとなんてゴメンだわ。そんなのこっちから願い下げよ。
だけど、もう一人厄介なヤツがいることを私はすっかり頭の中から抜けていた。
「香來さんが動くことないよ。俺が動けばいいだけの話だから」
なっ……
咄嗟に顔を横に向けると、そこには眩いばかりの善人顔が。
こっちは穏便に物事を進めようっていうのに…
なんでわざわざそんな波風立てるようなこと言うのよ〜〜っ!
顔がサアッと蒼ざめていくのが分かる。
予想は見事的中。
誠哉の笑顔にうっとりとしていた女子達だったが、我に返ったように彼の言葉に騒ぎ立て始めた。
「そんな!誠哉君がそんなことする必要まったくないわよぉ」
「そうよそうよ!」
あーはいはい。そうですね。
私が動けばいいだけの話なんだから。
「あの…私動くから…」
地味で大人しめな感じの私に相応しく、少しおどおどした感じで席を立ち上がろうとする。
休み時間ぐらい平和に過ごしたいわよ…
苛々した感情を通り越し、すでに半ば諦めの気持ちだった。
しかしそれは右から伸びてきた手にあっさりと阻まれることになる。
「いいから」
手首をしっかりと掴まれ、動こうにも動けない。
予想外の力強さに私の身体は固まってしまっていた。
「誠哉君、そんな女のこと気にすることないってぇ」
「うるさい」
「…え?」
女子達の唖然とした表情。
それはもちろん例外なく私も、で。
今の、聞き間違い…?
「ごめん、俺ちょっと疲れちゃったみたい。申し訳ないんだけどしばらくの間1人にして貰ってもいいかな?」
だけどそんな雰囲気など今まで全くなかったかのように、彼は甘い微笑みで一瞬にして打ち消してしまった。
それはさっきの言葉も完全に聞き間違いだと思い込ませるほどの威力で。
女子達も完全にそれにノックアウトされてしまったらしく、ぽうっと誠哉に見惚れながら大人しく引き下がっていく。
呆然と彼女達を見送っていると、ぼそっと隣から呟く声が。
「…ごめん、葉月。迷惑かけて。もう少しで怒鳴るとこだったよ」
そう苦笑いしながら、誠哉は舌をぺろっと出してみせる。
やっぱりアレは聞き間違いなどではなかったらしい。
前から薄々思ってたけどなかなかの曲者だよね…誠哉も。
今まで怒っている姿なんて見たことないけど、本気で怒る姿はとんでもなく怖いのではないか…なんて密かに思ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日は撮影は入っていなかったので、暇潰しに学校帰りに本屋に立ち寄ることにした。
一角にあるファッション雑誌のコーナー。
何気なく視線を彷徨わせていると、ふとある一点に目が留まる。
…あ。
そういえば今日発売日だったっけ、最新号『acute』。
「きゃあっ、見て見て♪今週この2人が表紙なんだぁ」
「嘘っ!セイヤとハヅキじゃない!やだぁ、私買っちゃおうかな」
(………っ!)
一瞬自分の名前が出てきたことにビクリと反応してしまったが、慌てて平常心を取り戻す。
な、なんだ…ビックリしたじゃない…
声の主に目を向けると、そこには女子高生2人組が頬を赤く染めて楽しそうに会話する姿。
そっか…そういえば今月号って誠哉と私が表紙なんだったっけ。
この時自分が何を思ってそういう行動に出たのか分からない。
けれど、いつもは自分が出てる雑誌なんて(ましてや自分の男装姿)恥ずかしくて絶対買わなかったのに、なぜか今日は気付いたら買ってしまっていた。
…何やってんだ?私…
呆然としながら、店員から雑誌を受け取る。
すると、先程の女子高生2人が後ろでひそひそと囁く声が聞こえてきた。
「嘘ぉ!あんな地味な感じの子がacuteなんて買ってる〜」
「クスクス…ああいう子に限ってセイヤとかハヅキの熱烈なファンだったりするのよ、きっと。家になんて大量にポスターが貼ってあったりしてぇ」
「……」
うっさいわね…お金払ってんだからいいじゃない。
アンタ達にそんな事言われる筋合どこにもないわよ!
恥ずかしさと怒りで身体が熱くなりそうなのを、何とか堪える。
…今日ってもしかして厄日なわけ?
どうも普段に比べてやっかまれる回数が多い気がする。
彼女達の会話を聞こえなかった振りをして、本屋の外に出たちょうどその時、携帯のバイブが鞄の中で振動したのが分かった。
「…誠哉?」
-----今日撮影終わったら、会える?-----
私はすぐさま返信することにした。
-----会えるよ。どこで待ってればいい?-----
「…ふう」
確か誠哉は夕方から撮影が入ってるって言ってたはずだから、会うのは夜ということになる。
すると1分も経たずして、また携帯が振動した。
-----事務所のいつも、葉月がいる部屋で。撮影が終わり次第すぐに行くから-----
了解…っと。
携帯の画面を閉じると、私はさっそくacuteの事務所へと向かうことにした。
どこか嬉しく思ってしまっている自分には気付かない振りをして…
だってそんなのって何だか悔しいじゃない。
事務所は相変わらず立派な高層ビルで、都心に堂々と聳え立っていた。いつ見ても感動を覚えてしまうのは、庶民魂?
勇兄がまさかここの社長だなんて今でも信じ難い話なわけで。
立派な入り口を避け、ビルの裏へと回る。
女子高生の姿のままでは不審者とみなされフロントで追い出されるのは目に見えているため、学校帰りにここに寄る時は大抵この裏口を利用している。
あそこの入り口を使えるのは「ハヅキ」使用の時だけだ。
まぁ、つまり滅多にないってことなんだけど…
「はああぁぁぁ〜〜〜」
ぼすっと、鞄を放り出してベッドの上に横になる。
ふかふかで気持ちいい…
ホントこの部屋の快適さには毎度毎度癒される。
私の第二の家と言っても決して過言じゃない。
だって寝室もお風呂もキッチンも…ぜーんぶ完備されてるのよ?
今の我が家の金銭状況からしてみれば、何と贅沢な話なことか。
だから居心地良くてついつい長居しちゃうのよね。
ベッドにうつ伏せになっていた身体を起こすと、携帯で時間を確認する。誠哉が撮影終わるまであと少なくとも1時間はかかりそうだ。
1時間…普段学校では真面目そうな生徒の振りをしてるけど、別に暇だからってすぐに机に向かえるほど私は勉強好きな人間ではない。
…テレビでも見てようかな。
そう思い立ち、テレビのリモコンを取ろうとした瞬間、先程恥ずかしい思いをしてまで買ってしまったあの雑誌の存在を思い出した。
鞄の中から取り出し、両手で目の前に掲げてみる。
表紙に飾られているのは男性2人の写真。
「…。こうして見ると私って本当に男みたいよね」
そうでなきゃ男性ファッション誌のモデルなんて出来ないけど、さ。
最近ふと考えてしまう。
背も高くて、肩幅も広くて、ガサツで、色気の欠片もなくて…
女としてコレってどうなのかなって。
もちろん女の要素を少しでも出してしまえば、男性モデルなんて続けていられるわけがないからこのままの状態でいいに越したことはない。
そう頭では納得している。
けど…
誠哉は一体私のどこを好きになってくれたんだろう?
全然女らしくなくて可愛げのない私。
撮影でたまに一緒になる女性モデルや女優だけじゃない。
学校にいるあのうるさいクラスの女子達だってそうだ。
皆どこかしら特有の「女らしさ」を兼ね揃えている気がする。
なのに自分について考えてみると、どこにも「女らしさ」というものが見当たらないのだ。
たぶん、最近のもやもやの正体はコレ。
誠哉は贔屓目なんかなくても本当に格好良くて、クラスどころか学校―――全国の女性陣を虜にしてしまっている。
甘めの端整な顔立ちは、誠哉が微笑むだけで卒倒もの。
まるで物語に出てくるような、正統な王子様。
…そう。
私なんかじゃ誠哉には釣り合わない。
「はーづき」
「っ!?」
いきなり背後からぎゅっと抱きしめられ、一瞬息が止まりそうになる。
慌てて後ろを振り向くと、なぜかそこには嬉しそうな表情を浮かべている誠哉がいた。
「せ、誠哉!?おまっ…ちょっ…何でこんなとこにっ」
撮影はどうしたのよ!?
てか一体どうやって入ってきて…ってそう言えば、あんまりにも誠哉が駄々をこねる子供のように煩かったから観念して、前に合鍵渡しちゃったんだっけ。
動揺が大きかったのか言葉遣いが男使用になっていたことに私は気付かないまま、誠哉に尋ねる。
「葉月に会えると思ったから、死ぬ気で撮影終わらせてきたんだ」
全部一発でOK貰ってきた、なんて悪戯気に舌を出してみせる誠哉に不覚にもときめいてしまったなんて絶対言ってやらないんだから!
そんな尋常じゃない技、アンタにしか出来ないわよ!!
首の周りに絡み付いている腕から逃げようともがいていると、ふと誠哉の視線がある一点で止められたのが分かった。
「あれ…、その雑誌」
「!」
ま、まずい!!
テーブルの上に置きっ放しにしてしまっていた存在に言われてやっと気付く。
顔にカーッと熱が上っていく。
こんな、自分と誠哉のツーショットが堂々と載っている雑誌をこっそり買っていたなんて、あらぬ誤解を誠哉にされそうで知られたくなかった。
私の馬鹿ばかっ、何で誘惑に負けて買っちゃってんのよ!
ぐるぐると混乱の渦に巻かれながら、必死に言い訳の言葉を考える。
「ちっ、違うの。別にこれは…!」
「ふーん…これは?」
ニヤニヤと意地が悪そうに笑いながら、誠哉は雑誌をひらひらと私に見せるように振ってみせた。
口を開いたまま言葉を失う。
この男っ…私の反応見て楽しんでる!
「嬉しいな、葉月が俺と写ってる雑誌買ってくれてたなんて。こんなに俺を喜ばせて…どう責任とってくれるつもり?」
「は?」
誠哉に顔を覗き込まれて思わず赤面する。
なっ、ななな…何を言ってんのコイツは!?
目を僅かに細めて不敵に微笑む姿は、色気と危険な香しか感じない。
普段温厚で人当たりの良い誠哉がこんな表情をするのは稀だ。こんなの今まで見たことない。
世の中のお嬢様方が目の当たりにしてたら、きっと間違いなく鼻血もんだろう。
これ以上激しくなったら自分は死んでしまうのではないかと危惧してしまうぐらい、心臓がドクドクと早鐘を打っている。
「せっ…、責任ってどういうことよ!?」
「…こーゆうこと」
いきなり身体と身体が密着するぐらいぎゅっと抱きしめられた。
鼻腔を擽るような甘くて爽やかな香で満たされる。
人の身体の温かさに次第に力が抜けていくのが分かった。
……って、ん?
ふと違和感を感じて視線を下に下ろす。
下腹部にあたる、何か熱くて硬いもの。
なんだコレは…
スカート越しに感じて首を捻るが、次の瞬間私は声にならない悲鳴を上げていた。
「ぎゃ――――…んぅ!」
唇を塞がれ、声が吸い込まれる。
誠哉は角度を変えながら唇を押し付けるように何度も触れ合わせると、私の唇をぺろりと舐めてから唇を離した。
「俺を喜ばせるのも、俺をこんなに欲情させるのも葉月しかいない。他の女なんて興味ない。ねえ葉月…俺がどれだけ今まで我慢してきたか葉月は知ってる?」
「しっ、知らないわよ、そんなの!!!」
知るわけないじゃない!
何でこんなどこから見てもカッコいい完璧な男が、私みたいな男女に…って。誰しもそう思うわよ!
「ねえ、誠哉。なんで私なの?誠哉だったらより取り見取りじゃない。キレイでスタイルが良くて可愛くて…そんな女のひと誠哉の周りにはいっぱいいるのに」
そうよ。
間違ってもこんな、貧相な身体つきの男か女かも分からない、可愛げのない奴なんて…
誠哉にはもっと他にたくさん相応しいひとがいる。
「誠哉もっと欲張っていいと思うよ?私じゃなくてさ…、もっと、誠哉と釣り合う人と」
「―――葉月?」
…本当は。
誰か他の女の人が誠哉の隣にいるって想像しただけで、ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたように胸が苦しくなる。
ぽろぽろと耐え切れず頬を伝って涙が落ちていく。
あーあ、泣くなんて情けない。
でも私誠哉の事いつのまにかこんなに好きになってたんだなあ…
「バカ葉月」
低く呻くような声と共に、顔を両腕で抱え込むようにして抱きしめられた。
驚いて視線を上げると、そこには怒ったような顔をした誠哉がいた。
「なんで泣くまで我慢してたんだ?ホント馬鹿…」
「ば、馬鹿って…」
こ、こっちは真剣に悩んでたのに…
「―――葉月。俺は葉月のことが好きだよ。決して生半可な気持ちじゃない。葉月がどうしてそこまで自虐的になるのか分からないけど…葉月はとっても可愛いし、俺にとったらすごく魅力的な女の子だ。俺は…葉月以外に考えられないのに。葉月が他の男に取られると考えるだけで、相手の男を今すぐ殺したくなる。葉月は平気?俺が他の女のところに行っても何も感じない?」
誠哉が悲しそうに自分を見つめる。
何でそんな、分かりきったこと聞くの?
「…そんなの。平気なわけないでしょ、バカ…」
ホント誠哉の大バカ。
アンタの所為で、涙腺がすっかり決壊しちゃったじゃない!
「やっと手に入れたんだ…言っとくけど俺、泣こうが喚こうが葉月を手離す気はまったくないから」
「っ!」
妖しく微笑まれ、顔が真っ赤になる。
「…って、え!?何やってんの!?」
いつのまにか制服がたくし上げられ、誠哉の手が直接侵入してきて肌に触れている。
私の抵抗を物ともせず、誠哉は嬉しそうに言った。
「せっかく葉月がああ言ってくれたんだ。お言葉に甘えて我慢せずに欲張らせてもらうことにしたよ。二度とこんな馬鹿なことを葉月が言い出さないように、どうやらちゃんと俺の愛を葉月に伝える必要もあるみたいだし…覚悟してね?」
―――――この後、一体どうなったのかは皆さんのご想像に任せるとしよう。
自分が悩んでたことが本当に馬鹿馬鹿しくなってしまうぐらい。
どうやら私、彼にずっと翻弄されていく運命を背負ってしまったみたいです…
*END*
ここまで付き合って下さった方々、本当にありがとうございました!!…いかがでしたでしょうか?(反応を聞くのが怖い笑)
誠哉の性格が破綻気味になってきた…というか、設定としてはこれが本来の姿というか。今まで猫を被っていたというのが正しいです。イメージを壊されたという方がいたら本当にすみません(汗)
この2人は書いてて割と勝手に動いてくれるので結構お気に入りの2人だったりします。
またいつか番外編とか書けたらいいなあ…