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前編

木の葉もすっかり落ち、吐息も白くなりかけている12月―――…


―――その噂の人物を目にしたとき、思わず言葉を失った。


睦月ムツキ誠哉セイヤです。よろしくお願いします」


そう言って頭を下げる目の前の男子生徒に、外の寒さに同調するかのように教室内は凍り付いていた。

誰もが彼に目を釘付けにしたまま、身動き一つすることすら出来ない。


―――は、い?


「………ち、ちょっと待って…て、転校生って、もしかしてあの…あなた、あのセイヤなの!!?」


最前列に座っていた1人の女子生徒が震えた声で尋ねる。

彼は困ったような顔をして笑った。


「うん、あの『セイヤ』。知っててくれたんだ?」


「――!!」


その言葉を耳にした瞬間、数人の女子たちが興奮したように悲鳴を上げて立ち上がっていた。教室内が一気にざわめき立つ。


「嘘っっ!!あのセイヤ!!?」

「キャ――ッッ!!まじ、ありえないっ!!本物!?」


な、なんですと………?

なんで……、なんでアンタがこんなところにいるのよ!?


顔から眼鏡がズレたことにも気付かず、騒然とする教室の中、ただ一人私は呆然として固まっていた。


知らない人がいるはずがない。

逆に知らないって言うなら、今のご時世周囲の人に軽蔑の目で見られるんじゃないかっていうぐらい。


睦月誠哉―――男性ファッション雑誌『acuteアキュート』の専属人気モデル。

テレビにまでは出てこないものの、その顔とスタイルは幅広く知られている有名人。

茶色いクシュクシュの癖毛風パーマの短い髪は彼にとてもよく似合っていて、シャープな目元が目立つ整った顔立ちには思わずドキリとしてしまう………そんな、日本中の女の子たちをトリコにしてしまうような罪な男だ。

確か「抱かれたい男ナンバー1」の称号も獲得していたような気もするが…


そ、そんな奴がなんでこんなところにいるのよ…!?

一体、あのバカ社長は何を考えてるわけ!?

私のこと、バレたら困るって言ったのはアンタでしょーが!!

何で誠哉をこんな高校に編入させてるのよ!!?


……そう。突然の話だけど、実は私、香來コウライ葉月ハヅキはワケあって「ハヅキ」という名で「男性モデル」をやっていたりする。


なに、そのマンガみたいな話!?そんなことが現実にあっていいわけ!?とか最初はもちろん思ったけど……。


ワケと言っても別に大した事ではない。

父親の浮気が原因で半年前に両親が離婚し、母親のもとに引き取られた私は家計を支えるためにアルバイトを探していたところ、従兄の勇兄ユウニイに声をかけられた。

『acute』のモデル事務所の社長である勇兄はちょうど男性モデルを探していたらしく、不本意ながら私の容姿は勇兄の出す条件に打ってつけだったらしい。(女なのに。)


まぁ、しょうがないとは思う。

背は172センチもあるし、肩幅も広い方だし、髪だってその時は短かったから「男」といっても虚しい事に何の違和感もなかったのだ。

見間違えられることも多々あったし…。(うぅ)


でも、男性モデルなんて(いや、確かに稼げるけど)そんな展開アリなのか!?

これがもし勇兄じゃなきゃ間違いなく詐欺だな……


……と私はかなり悩んだが、結局、誘惑に勝てずに勇兄の話をのむことにした。(それぐらいオイシイ話だった)

ただし、「期間限定」で。母が働かなくてすむぐらい経済的に余裕になるまでだったら、という条件を勇兄が受け入れてくれたのでめでたく交渉成立。

経済的にかなり困った事になっていたので、切羽詰っていた私にとってはとても有難いことだった。


「お前はこれから〈ハヅキ〉という名前でモデルをやって貰う。ただし、女っていうだけに危険リスクはかなりあるから、他の奴らには間違っても絶対にバレるなよ。スタッフにも、もちろん他のモデルにもな。まぁ、俺も出来るだけフォーローに回るから安心しろ」


―――――ってそう頼もしいお言葉を自信満々に言っていたのは一体どこのどいつでしたっけ!!?


苛々としながら、机の下でぎゅっと拳を握り締める。


誠哉とは当然のことながら、『acute』での仕事仲間だった。

何回も一緒に撮ってるし、誠哉は気さくで明るく付き合いやすかったから軽口が叩き合えるぐらいにはそれなりに仲の良い友達の1人だと思う。仕事の悩みだって何度も相談にのってもらったし…

だけど、もちろん誠哉は私が「女」だなんて微塵も疑っていないわけで。

幸い、今はあの時より髪が伸びてるから仕事はカツラでやってるし、バレない様に学校では眼鏡をかけてるから(我ながら古典的な方法だとは思うが、意外にバレない)極力話しかけないようにすれば、バレずに済むとは思うけど―――…


「あーもう!」と髪の毛をむしりたくなる様な衝動が押し寄せてくる。


しょ、しょうがないわ……

こうなっちゃったからにはとりあえず今は他人の振りよ、他人の!!

周りに混ざって「セイヤくんってカッコいい〜!」とか適当に言っとけばとりあえずは大丈夫よね!?

授業が終わったら勇兄に電話してどういうワケかきっちり問い詰めてやるんだから!!


「じゃあ、睦月。席は―――そうだなぁ…おっ!香來の隣が空いてるな」


なっ、と思わず叫びそうになるのを慌ててこらえた。

女の子達の嫉むようなキツイ視線がひしひしと体に伝わってくる。


ちょ、ちょっと待ってよ!!

何、その展開!?

そんなに人をとことん不利な状況に追い詰めて何が楽しいわけ!?

大体、空いてる席他にもあるじゃない!!あんの禿げオヤジ!!


「せんせぇー!何で香來さんの隣なのぉ!?」


女の子たちも同じ事を思ったようで、ブーイングがあちこちで巻き起こる。

今回ばかりは彼女たちの意見に賛成なので、私も「そうだそうだ」と言わんばかりに大げさに頷いてみせる。


「残ってるの一人席だけだし、隣がいたほうが心細くないんじゃないかと思ってだなぁー」


だけど、少し髪の毛が寂しくなりかけている担任は全く動じることなくそんな事を呑気にほざいて(何故か)照れたように笑っている。

もうこれは完全に自己満足の世界に浸かってるな、このオヤジ……!

しかも心細いって小学生じゃないんだからさぁ〜…


ありえない事態に、もう目の前は真っ暗だった。


「名前、なんて言うの?」


誠哉は隣の席につくと、にっこりと笑ってそんなことを尋ねてくる。

あぁ…出たよ、神々スマイル。私も最初、この笑顔にヤられたんだよねぇ…

今はもうさすがに慣れたけど、免疫のない周りの子達はさっそく被害を受けているようだ。

惚けたように誠哉を見つめている。


…なんて今はそんな事言ってる場合じゃないっ!!


誠哉は催促するように、可愛く首を傾げながら顔を近づけてくる。


いや、ち、近いって……!

バカもの!顔を近づけるな、それ以上……!


なるべく距離をとり渾身の力を振り絞って平常心を保たせると、私はぎこちなく微笑んだ。


「こ、香來デス……!セイヤくんって思ってたとおりカッコイイネ!」


嗚呼、マズい。声が裏返っちゃったじゃない…!

「カッコイイネ」…って何なのよそのカタコトは!!

白々しいにも程がある。

あまりの演技力のなさに自分に本気で呆れるわ…

「あはは」と私は冷や汗を背中に大量に流しながら、誤魔化すように笑ってみせた。

「そうか。俺と話してるから緊張して喋り方が変なのか!」とかありえない勘違いしてくれてことを願って。


名前はあえて言わなかった。「葉月」なんてそうある名前じゃないし、万が一ってこともある。

まだ到達目標には全然達していないのだ。今、モデルを辞めさせられたら、またバイト探しから始めなきゃならないことになるし…うわぁ、それだけはマジ勘弁したいっ!

ちきしょー!こんな事ならモデル名、もっと別のにして貰えばよかった…!!


ふと違和感を感じて誠哉を見る。

すると、なぜか誠哉は笑いを堪えるようにして口元を覆っていた。


私はぽかんとして、誠哉を見つめる。


………ハ、ハイ?

な、なぜ?やっぱり変なこと言った?


「ふーん。香來さんね……これからよろしく」


誠哉はそう言うとクスリと笑って微笑んだ。

な、何だぁ?


「ねぇねぇ、誠哉くんって呼んでもいい?私、瑞江ミズエって言うのぉ」

「誠哉くん、私のことユミって呼んでいいからぁ」

「アタシは加奈カナ!誠哉くん、生で見るとやっぱ超カッコいいね〜!」


周りの席の女の子達が待ちかねたように、誠哉に話かけ始める。

うわぁ…担任ハゲ完全無視で自己主張大会ね、これじゃあ…。

「趣味は?」「好きな女の子のタイプは?」とありきたりな質問をなぜか男子まで興奮して混ざって聞いてるし……

そしてやはりと言うべきなのか…

さすが誠哉。

着実に、そして当たり障りのない程度にスラスラと答えを笑顔で返していく。


「ねえ、もしかして誠哉くんってあの〈ハヅキ〉と知り合いだったりする!?」

「あっ、それ私も聞きたい!」


そんな中、急に出てきた自分の名前に思わず心臓が跳ねる。

わっ、私!?


「ああ、ハヅキ?うん、超仲良いけど?」


超仲良いって…そっか、仲良いのか。

誠哉がそう思ってくれていたことが何だか嬉しくて、胸が急にくすぐったくなる。


「きゃあぁ〜!!やっぱりそうなんだぁ!!」

「ねぇねぇ、ハヅキってどんな感じなの?」


うわ……誠哉、なんて答えるんだろう?

ドクドクドク……と一気に変な緊張感が押し寄せてきた。

何気ない振りをしながらも、私の耳は完全に誠哉の言葉を待っている。


「ハヅキ……はそうだな。優しいし面白いし、超イイ奴だよ。俺には勿体無いぐらい最高なやつ。友達にしとくのがホントに惜しいぐらい」


誠哉がにっこりと笑ってそう言った。

その言葉が脳に届いた瞬間、胸が暖かいもので満たされていくのが分かった。


どうしよう……

ヤバイ、かなり嬉しいかも……


それからの会話の内容は上の空でまったく覚えていなかった。










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