勝敗が決着
サッカー部の練習が終わった後に中羽が顧問の教師に頼んでグラウンドを少しの間貸してくれることになった。
「制服なら勝負に不向きだろ?これ着ろよ」
中羽が試合用のユニフォームを差し出してきた。
「お、おう。終わったら洗濯して返すよ」
上下赤のユニフォームで背番号は10番だ。
そして俺は部室を借りてユニフォームに着替えた。
スパイクは中羽しか持っていなかったので双方運動靴で勝負することにした。
「勝負は先にゴールした方が勝ちだ」
「じゃあ最初は俺が先攻をいかしてもらうよ」
そうしてオフェンスが中羽、ディフェンスが俺ということになった。
俺が中羽にボールを蹴って転がして渡してから勝負開始だ。
ゴールの前にはゴールの8割をカバーするネットが置かれている。
要するにゴールを決めるのは簡単ではない。
「いくぞ」
俺は中羽にボールを蹴り渡す。
そして中羽のドリブルがはじまる。
俺は中羽との距離を詰める。
抜かれたらほぼ決められる。だったら抜かれなかったらいい。
俺は中羽のシュートコースを遮断しながらプレッシャーを与えていたが…
ふいに中羽がボールを止めた。
そして考える間もなく俺の頭上を越すようにボールを上げた。
こうなると先にボールに触れた方が主導権を握ることになる。
そして先にボールに触れたのは…
中羽だった。
中羽はボールをシュートの打ちやすい位置にトラップしてシュートを打った。
しかしそのシュートはゴールの枠を越えて外れた。
1対1でシュートを打たれたのは初めてのことだった。
こいつは強い。
今までで俺が戦ってきた誰よりも強い。
「くそっ!」
中羽が悔しそうにそんな言葉を漏らした。
俺はしばらく言葉が出なかった。
強い奴が出てきて怯えてるのか、それとも望み通りに自分よりも上のやつを目の当たりに出来て嬉しいのかは自分でもわからなかった。
でもまだ、中羽が俺より上だと決まった訳ではない。
俺はまだ負けてないんだから。
勝つのは俺なんだから。
「つ、次は俺が攻撃な」
「サッカーやってたのか?」
「当たり前だ。経験も無いのにエースに挑むわけねぇだろ」
「そうだよな。明らかに素人の動きじゃなかった。なんで辞めたんだ?」
「関係ねぇだろ」
そうだ、今は関係ない。
今俺は勝つことにしか興味がない。
「いいぞ」
俺がそう言うと中羽が俺にボールを蹴り渡す。
中羽が俺との距離を詰めてくる。
ゴールは8割型ネットに覆われている。
なら確実に決めるにはこいつを抜くしかない。
俺は中羽との距離がほぼ1mくらいになると仕掛けた。
ボールを止め右足でボールの頭を撫でるようにして左に転がす。
そうすることで中羽の意識を俺から見て左に集中させる。
次に左足をボールの前に置く。
そして転がるボールが俺の右足と左足の間をくぐるようにする。
ボールがくぐり抜けた瞬間に次は右足を左足より左に移動させてボールを右足で右側に転がす。
一旦左に体重を乗せている中羽はこのフェイントに対応できず足を滑らせ地面に手をついた。
俺は中羽を振り切ると冷静にシュートを打った。
ボールはネットを避けるようにゴールに飛び込んだ。
「俺の負けだな」
中羽が俺に話しかけてきた。
「水有月、お前はサッカーに向いているよ。サッカー部に入らないか?」
「入らねぇよ」
「そうか」
「っていうかこれで立候補やめてくれんのか?」
「ああ、約束は約束だからな」
「悪いな」
「君が謝る必要はない。君に負けた俺が悪い」
「いや、そもそもこんな勝負を仕掛けた俺が1番悪いだろ」
「まあ、そういう見方もあるかもしれないな」
「このユニフォームは洗って明日返すわ」
「ああ」
そして俺は制服に着替えてユニフォームをカバンの中に入れグラウンドを後にしようとした。
「なあ、水有月」
すると中羽が俺を呼び止める。
「その1年の建前って子の依頼を手伝わせてくれないか?」
「どういうことだよ」
「勝負に負けたからな。協力させてくれ」
確かに中羽がいると校内の女子の票をがっつり手に入れることができかもしれない。
中羽が離脱してももう一人立候補者がいる。
そいつに勝たせるためには中羽の力はかなり有力だ。
だったら…
「助かる」
それだけ言い残して俺はグラウンドを去った。