ようこそ異世界へ
ずいぶんと間が開きました。すみません。
僕こと佐藤哉太は、南洋にいた。
異世界調査団に採用された僕ではあったが、異世界への道は遠かった。
まず、自衛隊基地を借りてのでの基礎訓練が一週間で、仕上げは富士の演習場でクロスカントリーだった。富士樹海って普通に方位磁針が使えるんだね。場所によっては少し狂うらしいけど。
さすがにヘビは食べなかったけど、密かにカレー粉も買ってきました。
ちなみに、この時点で三割が落伍した。
その後は、語学研修……もちろん、英語とソス・ベーシック。
ソス・ベーシックってのは、異世界での使われる簡易言語らしくって、ほとんどすべての異世界人との会話ができる……らしい。調査員の間ではソベと略して呼んでいる。
地球人どうしは基本英語で会話だ。
向こうの習慣やらタブーとかの研修もあったな。
基本は、地球と変わらないけど。
予防注射を一ダースほど打って、人間ドックで精密検査されて……気分はモルモットだよ。
そんなこんなで3ヶ月が過ぎて、やっとで異世界へのゲートへと辿り着いた。
「なんだ……これ……」
それの原型は洋上石油掘削プラットフォームだと思うのだが……無秩序な増築の上に魔改造を施されたようで……
「終末世界アニメ?」
なんだか『世界が破滅した後の人類に残された数少ない生存拠点』みたいな、中二病的発想で建造された設備のように見える。
「わあ、カッコイイね! ワクワクしないカナちゃん」
僕の横には、いつの間にか有馬美紀さんが来て無邪気に喜んでいる。
まったく不本意な事に、カナちゃんと言う愛称は、すでに部隊内で定着しつつある。
基礎訓練を終えた僕らは、輸送船に便乗して『異世界門』と呼ばれる洋上基地へ着いたところ。
一番近い陸地でも二〇キロは離れている--ちなみに、その陸地は無人島--海のど真ん中だ。
「おお、戦艦だ! すごい」
美紀さんは喜んでいるが、輸送船がすれ違った船は巡洋艦だと思う。しかも、かなり旧型だ。
その船は白地に『UN』と国連軍を示す塗装だが、元は旧ソ連製なのか、やたら大きな電子兵装やらミサイル格納塔が目立つ。
「こんな旧式で大丈夫かな?」
だが、考えてみると。
異世界から何かが侵攻してくるとして、それは電子的不可視性よりも打撃力を優先すべき敵だろうから。
「案外に合理的かも」
などと考えていたら。
「なに、ブツブツと独り言を言ってるかな?」
いきなり美紀さんの声が耳元でした。
どうやら、考えが口からこぼれていたらしい……気をつけないと。
「美紀さん、近いですよ」
有馬美紀と言う女性は、基本的に美人で気さくで好感が持てるのだが。なんだか、やたら距離感が近くて困ってしまう。
しかも美紀さんのファッションは『どこのリゾートですかココは!』と言いたくなるような、ビキニにビーチサンダルだ。
手に持っているのがスポーツドリンクのボトルでなくトロピカルドリンクのグラスでないのが不思議なくらい。
しかも、ショートボブの髪に均整のとれたスリムだが出ている所は十分に出ているスタイルに良く似合うから始末が悪い。
「おお、似合っているねえお嬢ちゃん」
声をかけてきたのは同じ日本からの調査団員である等々力敦さんだ。
「あれ? あっちゃん、昼間からビールなんか飲んでダメだよ」
「ノンアルコールだよ」
美紀さんの指摘に、敦さんは手に持ったアルミ缶を振って答える。
「なら、ジュースでイイじゃん」
「へっ、子供にゃあ分からねえよ」
「分からないけど、子供じゃないぞ!」
「体はな」
「バカ! エッチ!」
ニヤニヤと笑う敦さんの指摘に、美紀さんは急に恥ずかしくなったのかテーブルからジャンパーを取って急いで羽織った。
「隠すくれえなら、最初から出すんじゃねえよ。なあ、カナ坊」
と、僕に話を振ってきた。
「いや、なんと答えていいか……」
この質問には、イエスと答えてもノーと答えても地雷が待っているような気がする。
「真面目だねえカナ坊は」
カラカラと笑いながらノンアルコールビールを飲む敦さんは、以前は海外の工場で現地の人に金属加工を教えていたらしい。異世界調査団へは2回目で、前回の教訓を生かして新しい金属加工機械を造っての再参加だ。
そんな会話をしている内に、貨物船は洋上基地に到着。
僕らは桟橋を渡って基地に入ったが、なんだか慌しい。
「ああ、こりゃあ開いたな」
と、敦さんが呟いた。
「開いた?」
「何が」
僕と美紀さんの質問に。
「ソス・ゲートがだよ。こいつは急がされるかもしれねえなあ」
敦さんの言葉が終わらないうちに、アナウンスが流れた僕と美紀さんは呼び出された。
行った先には、ケーブルに繋がれた金色に鈍く光る巨大な金属球体があり。そのハッチが開いて、荷物が運びこまれていた。
「急がしてすまないが……」
案内の職員が言いながら僕らを金属球のハッチへと案内して。
「空席が出来たので、すぐに向こうへ行ってもらう。荷物はこれだけか?」
職員の質問に僕らは首肯で答えると。
「結構」
と言って、僕らを金属球の中にあるジェットコースターの座席のようなハーネスつきのシートに固定すると。
「レクチャーは受けただろうが、異世界に突入するときは上下の感覚が狂うがリラックスしていてくれ」
まあ、騒ぐなとの注意だろう。
「では、よい旅を!」
言うと、名前も知らない職員はハッチを閉めた。
一瞬、室内の気圧が上がったような気がした。
「ちょっと緊張するね」
美紀さんが呟く。
「僕もだよ」
と言った瞬間に。
「うっ……」
内臓が持ち上げられるような感触に襲われ、思わず呻いた。
しばらく球体は不規則に揺れたが、すぐに安定して一定の速度で下に移動しているようだ。
そのまま十秒ほどしてから、急に横に引っ張られるような感触が起る。
「うぇっ、これか?」
「おわぁ、なにこれ、たのしい」
いやいや、たのしいって……美紀さんの感想には同意できないな。
体がクルクルと回されて上がどちらか分からなくなったように感じたが、僕の体は座席に固定されていて金属球体も回転しているようには思えない。
そんな感じがしばらく続いたと思えたが、もしかしたら一瞬だったかもしれない。
回転する感覚が消えて直ぐに球体に振動が起って移動が止まった。
そして、ハッチのレバーが動いて室内の空気が音を立てて漏れてゆく。
「イザ・エレムダス。ベレヲ・ソス・ウデア……」
尖がった耳の金髪イケ面青年の顔が現れた。
うわ、本物のエルフだ。
「ブレア・イザ!」
美紀さんがソス・ベーシックで挨拶を返した。
「ブレア・イザ・イ」
僕も慌てて返事をする。
エルフ青年は笑顔になり。
「ようこそぉ、ソスへ、いらっしゃったよぉ」
と、ちょっと変な日本語で答えてくれた。