ハンナ前編“金髪と豚野郎”
シンガポールのホテルに隣接している植物園にはスーパーツリーと呼ばれる人工の高さ35メートルはあろうか、大樹が何本もそびえ立っている。普段は観光名所として賑わうこの場所にアリサはいた。
「ハァハァ…こんなの聞いてないわよ…!どうしよう…。」
ハンネちゃんも心配だけど…。とにかくこの状況は非常に非常にバッドだわ!撃てる弾はあと2発。7発目はまずい!わたしは大樹に身を潜めヤツの動きを観察する。
…いた。動きはトロいのが救いだけど困った。何せ物理攻撃が効かない。ソロモンの魔術書を発動させようとするとアークの共鳴にいち早く察知し攻撃してくる。でも逃げようにも出れないし。…一か八かわたしはソロモンの魔術書を発動させた。
「出でよ!グラシャラボラ…」
パォォォォォン!!!!!
瞬間、わたしは凄まじい雄叫びに体が動かなくなった。ヤバぃ!!ヤツが剣を構えて突進して来る。もはやこれまでか。ガネーシャが剣を振り下ろし…目の前が真っ暗になって。
二時間前シンガポールセントーサ島にて
霧島万音はアラブの大富豪サダムとともにいた。サダムは万音を乗せて猛スピードで車を走らせる。
「どうかね?振り切ったかね?」
「ま、まだです!むしろ追いついて来てます!」
「おいおいおいおい!この車はアストンマーチン DB10ボンドカーだぞ!?そんな馬鹿な…。」
2人を追跡するバイクはそんなことはお構い無しにグングン差を詰めていった。ライダーが拳銃を構えると、それを確認したサダムは勢いよくブレーキをかけた。急減速したアストンマーチンをライダーはウィリーをして車体に乗り上げこれを躱す。驚いたサダムはハンドル操作を誤りそのままクラッシュ、アストンマーチンは大炎上した。
「…悪いね。ワタシの隼の方が早かったのさ。さ、リングは渡してもらうよ。死体の指からね。」
女は隼から降りフルフェイスを取る。長いブロンドの髪が風になびいた。女は燃えるアストンマーチンに近づくが、直ぐに銃を構えた。
「こいつは驚いた…。」
炎の中に白く光る球体があった。その中には光の琴を持つ万音と気を失ったサダムがいた。「フーガの護り。」
万音は手を振ると炎は消し飛んだ。それを見た女は万音に向けて発砲するも弾丸は球体に入ると運動をやめた。
「…なるほどなるほど。やはりソーサリオンが護衛していたか。」
女は髪をかきあげると銃を捨て、グローブを装着した。瞬間、万音は共鳴を感じ取る。
「これは…共鳴?その手袋がアークなの?」
「ご明察。これはマルクス博士が開発したアーク適合者ではなくても能力のみを抽出して装備できるソーサラーウェポンさ。」
そう言うと女は万音に殴りかかった。フーガの護りを突き抜けて万音は琴で受けるも強い衝撃にサダムごと吹き飛ばされた。
「ふふ、凄いだろう。私は特に超能力的な力は必要なかったんだ。ただただ身体能力を格段に引き上げるこの“ヘカトンケイル”のアークの能力が欲しかったのさ。結局のところ殴り倒すのが一番ハイになれる。」
女は再び万音に襲いかかった。万音が琴を鳴らすと光の中から楽器が現れ兵隊達の姿に変わる。
「闘いのロンド。」
万音が指揮棒を振ると兵隊達は女の突進を止める。更に万音は指揮棒を振る。兵隊が槍を女へ向けた。女は攻撃を止め退がる。
「…へぇ。見かけによらず情熱的じゃないか。」
「退いてもらえませんか?」
「まさか。」
女は再び構え、兵隊一体を殴り倒した。万音は呼吸を整えた。
「悪魔のレクイエム。」
サラは歌い、楽器達は女を取り囲む。
「灰は灰に…。塵は塵に…。土は土に還れ…。」
「…これはマズいね。ヘカトンケイル!!」
女は地面に拳を叩きつけた。地面は砕け、万音の足下にまで地割れが伸びた。たまらず歌を止め、体制を立て直す。その隙に女は再び構えるが、万音が指揮棒を振ると兵隊達が守った。この攻防は数回続き、失神していたサダムが目を覚ました。
「おいおいおいおい、お嬢さんに姉ちゃん。これは一体なんだ?夢か?生きているぞ俺は?」
「やぁお目覚めかね豚野郎。さっさとソロモンリングをこっちに渡すんだ。なかなかお嬢さんは融通が効かなくてね。」
女は髪をかきあげた。
「誰が豚だ。しかしながら美女に罵られるのも悪くないな。」
「…ちょっと、サダムさん!気持ち悪いですよ。」
万音はジトリとサダムを見た。サダムは照れ笑いながらヘリコプターが三人の元へ近づくのを見つける。
「おいおいおいおい、援軍かよ!」
「状況は最悪ですね…。」
「私知らないわよ。」
女の言葉に万音とサダムは顔を見合わせる。
「じゃあ…あれは…?」
「ティーガー。フランス軍の豚野郎さ。」
ティーガーの機関銃から三人へ攻撃が始まった。万音はサダムと女を白く光る球体に入れ守る。女は驚いたが、万音は銃を防ぎ続けた。
「フーガの護りは長く持ちません…!」
「…驚いたね、お嬢さん。私の事は見捨ててもいいだろうに。」
「そ、そうだぞ嬢ちゃん!こいつは敵じゃないか!俺のボンドカーをお釈迦にしやがって!」
「い、今は…味方ですよね…!」
女は一息吐くと髪をかきあげた。
「あーあ、仕方ないね。私の負けだよ。」
「軍人さん…!」
「私はアメリカ陸軍SMFGのハンナ・モルガン大尉だ。これでも表ではちょっとした有名人なんだぞ。」
「私は霧島万音です!ハンナさんと少し名前が似てますね。ふふ。」
「あぁそうだな。フフフ。」
「おいおいおいおい!お二人さん!仲良くなったのはいいが、どうするんだよこれ!」
サダムがティーガーから発射されたミサイルを指差す。
「…無理かも!」
万音が泣き笑いながら護りを強める。するとハンナは2人を抱えて走り出した。
「舌噛むんじゃないよ!!」
ハンナは停めてあった隼にサダムを乗せその上に万音と跨りアクセルを回した。あっという間に時速300kmに到達し、後方のミサイルの爆風に耐えながらあっという間に逃走した。お尻に敷かれたサダムは嬉しそうだ。
「…逃げ切ったようだな。」
ハンナはセントーサ島からマーライオンが有名なマリーナベイまで走り隼を止めた。
「助かりました!ありがとうございます。ハンナさん!」
「…おいおいおいおい、油断させてまだ指輪を狙っているんじゃないだろうな?」
ハンナはフッと笑うと髪をかきあげた。
「そんな格好悪い事はしないさ。もう任務は失敗、諦めたさ。仲間もおそらく全滅したしね。」
「そういえばハンナさんはあの時どうして一人だったのですか?」
「ベイサンズで、かい?私の任務はそこの豚野郎が闇オークションで競り落としたソロモンリングを奪還する事。二年前、我々はとある筋からソロモンリングを受け取りその輸送中に襲撃にあってね。リングを盗まれてしまったんだ。それがどういう事か、闇ルートを転々としてオークションに出されていたのさ。」
「おいおいおいおい、俺は競り落としただけで何も奪っていないぞ。」
「あぁ、それも調査済みだ。で、我々は更にリングが日本に売られたと聞いて奪還しに来たが、君たちがガネーシャと戦闘になり逃げ出したところを追跡した訳さ。」
「そうだったのですね。私達も突然襲われて、アリサちゃんが残ってくれたけど、心配で…。」
「…ふん。あのガネーシャは本体ではない。あれを操っているソーサリオンを叩かなければ止まらないぞ。」
「…ハンナさん、サダムさん、どうかガネーシャを止めに一緒に行っていただけないでしょうか…?」
「おいおいおいおい、せっかく逃げて来たのにまたあの象のとこに戻るってのか??」
ハンナはジロリとサダムを睨む。
「おい豚野郎。てめぇは私達が護衛しないとこの国から生きて出ることも出来ないぞ。」
ハンナに言われ押し黙るサダム。
「ハンネちゃん、それで?私のメリットはなんだい?」
万音は少し考え、
「わ、私達の仲間になりませんか!ハンナさんは任務を失敗してお仲間さんもいなくなったのですよね?私達の飛行艇なら無事にこの国から脱出が出来ます!わ、私の今回の報酬も全部差し上げます!」
ハンナも少し考え、
「フフフ。とんでも無い事を言うじゃないか。」
「す、すみません…。」
「オーケー。取引成立だ。私は陸軍を辞めてそっちにつくよ。元より傭兵上がりさ。」
「ありがとうございます!!」
万音は満面の笑みを浮かべた。
「おいおいおいおい。とんでもねぇな。」
「じゃ、お友達を助けてサッサとズラかろうじゃないか。」
ハンナは髪をかきあげ、ブロンドの髪が風になびく。
三人はマリーナベイサンズを見上げた。