アリサ編“母と娘と来訪者”
「ただいま。」
ドイツから帰還したわたしは喫茶ガスパールの扉を開ける。扉はカランコロンと音を立て、珈琲豆の良い香りがした。わたしはカウンター前の椅子に腰掛け、アイスコーヒーを注文した。
「おかえりなさい、アリサちゃん。ご無事でなによりです。」
ブラックマンはそう言うとグラスにアイスコーヒーを注いだ。
「なーにがご無事よ。どうせ護衛か監視を付けてたんでしょー。白々しいなぁ。」
ブラックマンからアイスコーヒーを受け取りストローで指差した。
「いえいえ滅相もない。アリサちゃんなら大丈夫だと、爺は信じていますゆえ。」
「…ふーん、どうだか。それとそろそろちゃん付けも勘弁してよね。」
わたしは意地悪そうに明後日の方向を見ながら言った。
「あ、そうそう、今日はマスターがいらっしゃってますよ。」
ブラックマンは話を逸らすように切り出す。
「えっ!!ママが!いつから?!」
「今朝方です。まだ学校にいらっしゃいますので会ってきたらどうかな?アリサちゃん久しぶりでしょ。」
「そうね!ありがとうブラックマン!…あ、あとこれ報告書と指輪。」
わたしはアイスコーヒーを飲み干してスカイボードで学校に向かった。ママが帰って来るのは2か月ぶり。早く会いたいなぁ。逸る気持ちに胸を躍らせてわたしはスカイボードを駐め、水原先輩に見つからないように理事長室までダッシュした。
「…向かわれましたマスター。」
「ありがとう、ブラックマン。今日はもうゆっくりしてね。」
「畏まりました、マスター。」
ブラックマンはサラに報告すると、お気に入りのブルーマウンテンを淹れ、アリサの報告書に目を通すとすぐに燃やした。
サラは娘が来る間に溜まっていた書類の山に目を向けると淡々と事務処理を始めた。
「かわいい私のアリサ。早くいらっしゃい…。」
理事長室を勢いよく開けたわたしはママを確認すると飛びついた。
「ママ!おかえりなさい!!!」
「こら、アリサ。校内ではマスターと呼びなさいとあれほど言っているでしょう。」
「ごめんなさいマママスター。会いたかったよぅぅ。わたし、任務を遂行したよ。スカイボードも乗りこなしてるよ!それと…。」
弾丸のように話すわたしにママは頭を撫でて聞いてくれた。小一時間ほど喋ったところでママが口を開いた。
「ふふ、色々あったのねアリサ。元気で良かったわ。」
ママはそう言うと指輪を取り出した。
「アリサ、新しい任務よ。詳しくは指輪で確認してちょうだい。」
わたしはムスリとした顔をした。
「えー!任務終わったばっかじゃん!たまにはさ、二人で買い物でも行こうよー!」
「アリサ。」
ママの顔が真剣になった…。
「…分かったよマママスター。」
わたしは渋々指輪を受け取る。
「偉いわよアリサ。今日は家に帰るから久しぶりに夕食を一緒に食べましょう。」
「わぁ!ありがとうママ!!じゃあ後でね!」
わたしは理事長室を後にすると水原先輩にバッタリ出くわした。ヤバい…。
「やぁアリサ。部活も授業もほったらかして何をしているんだい?」
「あ、先輩すみません!部活は明日から行きますので!すみません〜!!」
わたしはそう言うとダッシュで逃げた。水原先輩は苦手だ。何というか、クールなんだけど、なんか、苦手だ。駐めていたスカイボードまで走ると同級生の霧島万音さんが立っていた。
「こんにちは、アリサさん。」
霧島さんと話すのは初めてだ。
「こんにちは、霧島さん。もしかしてわたしを待っていた?」
「…えぇ。少しアリサさんとお話がしたくて。」
霧島さんは少し間があいて答えた。
「あぁ、うん。どうしたの?」
霧島さんは周りをキョロキョロと見渡して光の中から琴を取り出した、と同時にわたしのアークと共鳴を起こした。この感じ…先月ローマに修学旅行に行った際に感じた共鳴と同じだった。
「霧島さん、あなた、ローマで…?」
「えぇ、先月ローマで融合したわ。この子はオルフェウス。」
「オルフェ?…となるとスーパーアーク…。」
「私はあの時死んでいたわ。でもこの子と生きることにしたの。だから、その、。」
「えぇ、これからよろしくね、霧島さん!」
わたしはモジモジする霧島さんの手を握りながら言った。彼女は緊張が解けたのだろうか笑顔で手を握り返した。
「よろしくね、アリサさん!」
「こちらこそ、きり…いや、ハンネちゃん!」
彼女はその呼ばれ方に一瞬戸惑ったが、すぐ笑ってくれた。
わたしはハンネちゃんと別れて、指輪を嵌めた。パチリと音が鳴り声が流れ込んでくる。
シンガポールにてソロモンリングを確認。富豪のサダム氏がオークションで落札したとの事だが、アメリカが動いている。サダム氏の護衛とソロモンリングを引き取れ。
んー。グッドね。ママと夕食が最優先だけどチャチャっと終わらせるんだから!わたしは駐めていたスカイボードで自宅へ帰宅した。
自宅に着くとかすかにアークが共鳴したのが分かった。かすか、だ。この共鳴はメアに近い感じがしたが違う。わたしは銃を構えてゆっくりとドアノブを回した。
カチャ。
回った。鍵は閉めたはず。ママはまだ理事長室にいたし、何かが家に侵入している。そろりと中に入るが、気配がない。
「誰かいるの?」
問いかけるも反応が無い。どうする?一度体制を整えるか。…いや、もし敵がいるなら捕えるチャンスだ。わたしは気配を消し、慎重にリビングへと進んだ。誰もいない。しかし共鳴がある以上気のせいではない。二階に向かおうとしたその時
「ひぁ!」
何かがわたしの足に触れた。やはりリビングに何かがいる!わたしはソロモンの魔術書を出した。すると背後から男の声が話しかけてきた。
「おーっと〜!待ってくれお嬢ちゃ〜ん。こんな街中でアークなんて発動するもんじゃないよ〜。」
「あなたは誰?わたしの家で何をしているの?…よくも足を触ってくれたわね!」
「謝るよ〜。この通りだよ〜。」
姿が見えない上に頭に来る話し方。
「ちょっと探し物でねぇ。ねぇお嬢ちゃん、アダマスって知ってる〜?」
「…知らないわ。」
「ふぅん。本当に知らなさそうだね〜。まぁいいや。サラ博士に伝えてくれるかな〜。」
ガァン!
わたしは声のする方へ発砲したが、手応えがない。
「アイギスの覚醒は近い。」
「えっ?」
「じゃあよろしくね〜。」
声も気配も消えた。なんなのよ。アイギスってアテナの盾よね…。なかなかバッドな予感がするわ。
暫くしてママが帰ってきた。壁に空いた弾痕や透明男の話と伝言を伝えてた。
「そぅ…。急がないとダメね。」
「ママ、なんなのアイツ。」
「彼は…クロノス…。敵ではないわ。」
わたしは驚愕した。クロノスと言えばゼウスの父でありガイアの息子…。
「彼は自身のスーパーアーク、アダマスの鎌で聖盾アイギスを破壊するように求めているの。来たるラグナロクを予知してね。」
「待って、ママ。彼がクロノスならアークは彼が持っているんじゃ…?」
「ちょっと複雑だけど、彼は彼の意思で顕現しているわ。…アリサ。」
神妙な顔つきでわたしを見る。
「今日はハンバーグにしましょう。」
ズッコケそうになった。世界の危機を話してからのハンバーグはなかなか平和じゃないか。わたしはキッチンに立ち夕食の準備をママとした。
「…アリサ。あなたは明日、霧島さんと一緒にシンガポールに飛びなさい。」
「ハンネちゃんと?それは、しめしめだわ!任務が終わったらベイサンズから夜景を見てショッピングね!」
「ふふ…。楽しみね。」
ママもわたしも久しぶりの親娘のひと時を過ごした。ママはやっぱり、わたしのママだ。
「アリサ、それ、砂糖じゃないかしら?」
「…ゲー!塩と間違えちゃった…!」
「ふふ…。かわいい子…。」