サラ編“魔弾の射手”
私の名前はサラ・ミューラー。ドイツ政府機関で働く魔法学者だ。夫の名前はマルクス・ミューラー。研究室で知り合い、結婚した。私達は世界中のアークを調査し、研究を重ねてきた。当時はまだアーク自体が、火力、水力、風力、原子力の代わりになる万能のエネルギーと見なされていた。ロシアを筆頭に、そのエネルギーを兵器利用する国が殆どだった。アークは万能であったが、そのエネルギー量には個体差があった。アークは世界中に散らばっており、各国政府は発掘隊を世界中に派遣していた。一攫千金を狙ってアークの発掘に乗り出す輩も増えた。中でもかなりの量のアークを保有しているのはロシア、アメリカ、ドイツである。元々軍事力があった三国は、各国からアークの収集を積極的に行っていた。しかし、アークは簡単には見つからなかった。
ある日、政府よりアークから発生するエネルギーを何とか探知出来る事は出来ないかと相談を受けた。研究室のリーダーであった夫は、私と他数名を連れて、新チームを編成した。政府より研究予算や、充実した設備を提供され、私達のモチベーションは上がった。
私達は当初、アークが持つエネルギーを探知出来る機械の研究をしていたが、アーク本体をエネルギー分解させる必要があった為、まだ見つかっていないアークに対しては効果を得られないと判断した。では、人間の精神エネルギーはアークが持つエネルギーに反応するのかどうか。早速テストをした。アークをエネルギー分解した状態でラットの精神エネルギーと同調させてみたが、ラットの脳が破壊され死んでしまった。これは人間であっても同じ結果になると結論付けた。
数年が経ち、私は28歳になった。そんな時、夫がある魔術書を研究所に持ち込んだ。それは悪魔メフィストフェレスが封魔されていると言われている五芒星が描かれた魔術書だった。メフィストフェレスは召喚者の魂と引き換えに願いを叶える悪魔と伝承されていた。
「なぁ、サラ。この悪魔と契約して研究を終わらせられないかな?」
マルクスは上からの催促と研究の行き詰まりによって精神的に疲れ果てていた。
「…あなた、そんなもの唯の伝承じゃない。きっとまだ方法があるわ。もう少し頑張りましょ!」
「あ、あぁ…。すまないサラ。キミがいてくれるだけで、まだワタシは踏ん張れていれるよ。」
「あなた…。」
マルクスは微笑んでいたが、精神は限界に達していた。その日を境にマルクスは研究室から失踪してしまった。研究所は解散し、私は夫の帰りを待った。幸か不幸か、私は妊娠していた事が分かった。
夫の失踪から半年が経った。私は妊娠中でも独自に研究を続け、ついにアークの法則を見つけた。個々のエネルギー数値が個体によって微妙に数値が異なる事が分かった。よって、人間の精神エネルギー数値が対象のアークのエネルギー数値と近ければアークと人間の融合は可能になる、という事だった。そう、後にアメリカの猪瀬博士が証明する仮説である。先に結論を言うと、私がこの仮説を発表する事はなかった。その日、突然フラッと夫が帰ってきたのだった。
「あなた!この半年、どこに行っていたの?私、妊娠してたのよ!私達、子供を授かったのよ!」
「サラ…。それはちょうど良かった。これから研究所に来てくれないか?」
「な、何を言ってるの?研究所は解散したわ。もう私達の居場所は無いのよ!」
「フフフ、ワタシは研究所にずっといたさ。半年間、この魔術書を研究していた。もちろん上は認めなかったらがね。」
マルクスはどこにも行っていなかった。研究所を解散後、勝手に研究所に隠し部屋を作り、悪魔の魔術書を研究していた。私は気の毒過ぎて返す言葉も生まれてくる娘の話も出来なかった。私は研究所に連れて行かれ、隠し部屋に案内された。私はその異様な光景に驚愕した。
「な、何よこれ!」
部屋の床には大きな五芒星が描かれ、黒ミサを連想させるような大量の書物と蝋燭、おびただしい量の血痕が散乱していた。
「フフフ、サラ…。ソロモンの鍵って知っているかい?」
「…えぇ。話だけは知っているわ。」
「かつてソロモン王は神のアークと融合し、神になった。その力は地獄の王達を自在に使役出来るといった力だった。時は経ち、王は死に、一冊の書物に自身の魂が宿った。使役していた悪魔達は指輪に姿を変え、世界中に散らばった。」
「ま、まさかあの魔術書は…!」
「フフフ、そう!悪魔メフィストフェレスではなく、ソロモンの魔術書であり、ワタシは第二の王となるのだ。」
「第二の…王?」
「ワタシが持つ魔術書はソロモン72柱の悪魔を操れる。その為にはワタシがこのアークと確実に融合する必要がある。その為に、あの悪魔メフィストフェレスを召喚したのさ。」
「こ、この魔法陣は…ソロモンではなく、悪魔の召喚に!?」
「あぁ、実際この男はワタシの召喚に成功したよ。」
「あ、あなたは…誰?」
「フフフ、ワタシは悪魔メフィストフェレス。この男の魂は一つの願いを叶えてもうすぐ死ぬ。その願いがまた、滑稽でな。」
悪魔は研究室に置いていた弓矢を持って私に向けた。
「そ、そんな…。そんなぁ!」
バスッ!!
悪魔が射った矢は、私の心臓を貫いた。
「フフフ、この男の願いは、研究を成功させ、妻と平穏に生きる事!フフフ!実にくだらない。己のプライドとカスみたいな愛の為に、自身の命を差し出すのだからな!」
「ぐ、ゆ、許さないっ!」
「だからワタシがお前達二人を殺してやろう。魂だけは二人まとめて冥界に送ってやるさ。ワタシはその後にこのソロモンの鍵を使って、世界中で戦争を起こすとしよう。フフフフフフ!!」
私は矢が刺さったまま、かつて働いていたの研究室に逃げた。
「フフフ、瀕死で何処に逃げる?今ならワタシがトドメを刺してやるぞ。」
私は扉をロックし、かつてラットの実験を行ったアーク融合機を起動させた。
「何をしている!」
私は覚えていた。私を射抜いたあの弓矢は私達が研究に使っていたアークである事を。私は胸に刺さったアークを抜き、魔法分解にかけた。そして可能性はゼロに近かったが、自身の精神エネルギーとアークを同調させた。悪魔が扉を破ると同時に私の心臓は完全に停止した。
「フフフ、夫婦揃って愚かな。…さて、冥界に連れて行ってやろう。」
その時の時間は覚えていない。夢に近い世界の中で誰かの声が聞こえた。
(サラ、私の声が聞こえますか。)
(あ、貴女は…?)
(私は女神アルテミス。今、世界の均衡が崩れようとしている。)
(アルテミス…?あの弓矢は貴女の弓矢だったのね。)
(そう。お前達人間は我ら神の世界に近づきすぎた。予言によると、この後、あの下級悪魔によってラグナロクは引き起こされ、世界は滅ぶ。)
(あ、あの男、主人を助けてください!!!)
(…お前が死なない限り、あの男はまだ死なない。サラ。お前があの悪魔を殺すのだ。)
(わ、私が…?)
(サラ、お前には資質は無い。だが、特例に我の力を与えてやる。)
(…あぁ。やはり私は死んでいたのですね。…ありがとうございます!私は必ず、主人も世界も救ってみせます!)
(契約だ。使命が果たされた時、お前は死ぬ。)
(…構いません。一度は死んだ身です!)
(…グッドよ!)
悪魔メフィストフェレスの顔が引きつる。私がゆっくりと起き上がったからであろう。
「な、貴様!何故生きている!胸の矢はどこに行った!?」
「主人を返してもらうわ。」
私の身体は光で包まれた。髪も目も金色に染まり、手には金色の弓矢を持った。
「し、神魔契約だと…!?貴様如きか弱い人間が!」
「まずは、その魔術書を返してもらうわ!」
私は矢を射った。矢は真っ直ぐにメフィストフェレスに向かっていく。
「当たるかよ!」
メフィストフェレスは持っていた魔術書で矢を跳ね除けた。だが、矢は再び向かってメフィストフェレスの左手を吹き飛ばした。
「グワァァァ!」
矢は私の元に魔術書と一緒に戻った。
「マジックバレット。私の射程距離内で標的は外さないっ!」
「ぐ、舐めるなよ小娘が!」
メフィストフェレスは自身が出てきた魔法陣の部屋へ逃げ込んだ。
私は弓矢を構え研究室から壁に向かって矢を射った。矢は壁をすり抜け、向こうの部屋で悲鳴が聞こえた。
「く、これは想定外だ…!」
私は魔法陣の部屋に駆け込んだ。そこには腹部に矢が刺さったまま、メフィストフェレスがこちらを睨んでいた。
「観念なさい。人の魂を操るしか能の無い下級悪魔が。主人を取り返し、再び冥界に落としてあげるわ。」
「フフフフフ、想定外だよ、サラ・ミューラー。まさか貴様が神と契約するとはな…。ここは一時退却させてもらう!」
メフィストフェレスの両目が赤く光る。強い衝撃波が私に向かってきた。
「観念なさぁぁぁい!」
私は左手で強引に衝撃波を跳ね除け、矢を射った。
「フフフ。ワタシはこの男の知識と身体を使い世界を混沌に落としてやるさ。だが、貴様は必ず殺してやるぞ…。」
床の魔法陣が青白く光り、メフィストフェレスは消えた。最後の矢は一緒に消えてしまったが、メフィストフェレスのどこかを貫いているはずだった。
(取り逃がしたわね、サラ!)
(ごめんなさい、アルテミス…。まさか魔法陣から逃げられるなんて…。)
(…はぁ、バッドね。まぁ魔術書だけでも取り返したから最悪の事態は避けれたわ。)
(…ごめんなさい。)
(サラ。貴女はこれからやるべき事が沢山あるわ。…まず、あの男を悪魔の支配から助けたければ、冥界王ハデスのアークを探しなさい。彼の力は必要不可欠です。)
(…はい。)
(次に貴女の娘にアークを継承させます。)
(この子にですか!?)
(私の力は狩猟だけでは無いわ。生命の誕生を司り、私に仕える者達の力も借りれるのよ。)
(…はい。)
(後は仲間を集めないとね。私の力を持ってすれば、アークさえあれば神魔契約をしてあげれるわ!あんなめんどくさいエネルギー分解なんてしなくても、良いわよ!)
(…はぁ。)
(何よ。返事が薄いわね!何か文句あるの?ねぇ?死にたいの?)
(…無いわ。でも、貴女ってお喋りなのね。神話では激情の女神って言われてるけど…?)
(はぁぁ。バッドね!私は最強にして最高の神、ゼウスの娘よ!みんな私にひれ伏してきたわ。激情でも何でもいいのよ!)
(フフ、分かったわ。これからも宜しくね、アルテミス。)
(ふん。人間風情が。…まぁいいわ。まずは仲間を増やしなさい。アイツは必ずこの世界に混沌を巻き起こし、悪魔による支配を始めるわ。預言書によるとラグナロクによってガイアは死ぬ。それは絶対に阻止するのよ!)
(…まずは仲間を集めないとね。)
私はその後ドイツ政府機関を脱退し、娘を出産した。アルテミスは生まれてすぐの娘にソロモンの鍵のアークを契約させた。娘は生まれてすぐに宿命を背負わされる事になった。
そしてドイツを拠点に私はアークと同士を探し、必ず追い詰める決意を込め、組織“フライクーゲル(魔弾の射手)”を結成した。