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モンスターパーティ

狼と吸血鬼

作者: 夏野ゆき

 さして狭くもない寝台の上で、長い髪の少女がもぞりと動く。

 ああもう起きてしまったのかと男はため息をつき、少女の元へと近寄った。明るい部屋の中では少女の 置かれている状況がいかに異質であるかがはっきりと分かる。


 目隠し、手錠、足枷、口に巻かれた布。


 まるで少女を縛り付けて離さないかのように、少女の首元からは鎖が延びている。男はそっと少女の頬に触れたが、少女は反応を返さない。

 ただ、苦しそうに呼吸するだけ。


「こうするしかなかったんだ」


 微笑みながら囁いた男は、少女の口元の布と目隠しをゆっくりとほどく。


 深海のような蒼い目が、男の血のような紅い目を捉えた。


 口に詰められていた布を取り出された少女はほっとした顔で息を深く吸い込み、直後に噎せる。


「あまり急ぐ必要はないよ」


 少女の髪を撫でながら、男は愛しそうに少女に笑いかけるが、少女の顔は恐怖に凍り付く。

 二人の関係が、歪であることは明白だった。


「何の、つもりなの」


 恐怖に歯をかたかたと震わせ、やっとの思いで口にした少女の言葉はひどくあっさりと無視されてしまう。


「……やっぱり、君には白じゃなくて黒が似合うよ」


 滑らかな布で出来た少女のワンピースの裾を摘み、 くすくすと優雅に笑って見せたその男を、少女は畏怖の目で見つめていた。


「そんなに怖がることもないだろうに。ねぇ?」


 整った顔を影のある笑みで彩った男は、少女の顎のラインをゆるゆるとなぞる。

 少女の体はぴくりと強ばったが、男はそんな事は気にしていないようだった。


「大丈夫。総て解っているんだ。――君が人でない事も、それを忌み嫌っているのも」

「……貴方は、私をどうしたいの」


 からからの声で少女が紡げば、男はひどく楽しそうに笑う。

 狂っているのだと、少女は思う。


「何、俺は狂ってなんていないよ。ただ、君が欲しいだけ」

「――貴方が何なのかは私には計り知れない。けれど、私を手に入れて貴方に何の特があるって言うの…」


 少女の問いに、男はしばし考え、言葉を紡ぐ。


「君は人狼。俺は吸血鬼――言いたい事はわかるよね?」

「……私を消すのね」


 吸血鬼と人狼。互いにしか互いを消す事のできない怪物。

 吸血鬼を滅ぼす為には人狼を。人狼を滅ぼす為には吸血鬼を。


「――いや、違うよ」


 男は、とても綺麗な笑みを浮かべる。魅惑的なそれは、少女の青の目を捕らえて離さない。


「俺と、」



**



「狂ってるわ!」


 苛立たしく壁を蹴った少女は、 先程の男の提案を思い出し、苦々しい顔で首もとから延びる鎖を睨みつける。例えば、あのような申し出をするのであれば、その相手には出来うる限り礼儀を払うべきであり、決してこのような――首輪をつけて寝台に放置、等という無礼な真似はするべきでない。

 対等な立場でする提案だからこそ相手にも受け入れやすくなると言うのに。


「なめられてるわ」


 幾ら人狼の首長の娘と言っても、長く生きてきた狡猾な吸血鬼には取るに足らない相手と言うことか。

 首輪で力を封じられていなかったら喉笛を噛み切ってやるのに、と少女は臍を噛む。


(誰があんな男の言いなりに成るものですか)


――恋をしないか、なんて。


 馬鹿らしいを通り越して、気が違えていると言われてもおかしくはないのだ。

 怒りに身を任せ鎖を引きちぎろうとしたが、力を押さえられている今、少女の手は鎖に負け、食い込んだ金属に紅い雫を垂らすしかない。

 ぎりぎりと奥歯を噛みしめれば、先程出ていった部屋の主が急いで少女の元へとやってきた。


「あまり無理をしてはいけない。君の愛らしい手に傷がつくからね」

「首輪を取りなさい。鎖も」

「それは駄目だ。君は逃げるだろう?」

「当たり前――な、何するのっ」

「傷口を塞いでいるんだよ」


 血の滴る白い手を口元に持ってきた吸血鬼は、吸血鬼らしく丁寧に血の雫を嘗め取っていた。


「や、めて、気持ち悪いっ」

「おや――嘘はいけないよ。本当は快楽に溺れそうな癖に」


 吸血鬼の唾液には傷を塞ぐ作用と、もう一つ。快楽を引き起こす作用があった。

 にやりと意地悪く笑った男は、力の抜けた少女を抱え、その首筋に牙を当てる。


「宿敵の血だけあって本当に美味しい……」

「や、やめて――」


 ふるりと震えた人狼に、吸血鬼はくすくすと笑う。


「誇り高き人狼ともあろう者が、これほどで涙声とはね。……時代は変わったね」


 牙を立てる代わりに、首筋に舌を這わせた吸血鬼は涙を浮かべた人狼に優しく微笑んだ。


「今日はお休み、お嬢さん」


 ぱちん、と彼が指を鳴らせば、少女の体は力なく寝台に横たわった。



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