弟思いのルアン
昔、あるところにとても仲のよい兄弟がいました。
お兄ちゃんの名前はルアン。弟の名前はカダインといいました。
ルアンはまだ小さなカダインをとても可愛がっていました。何をするにも一緒です。一緒に教会に行き、一緒にあそび、寝るときもおんなじベッドで眠っておりました。
ところが、ある日のことです。
「兄ちゃん、あたまがいたいよう…」
カダインがおもい病気にかかったのです。
ひどい頭痛を訴え、何かたべても、すぐに吐いてしまいます。やがて高い熱がでて、とうとう起き上がれなくなってしまいました。
「カダイン、しっかりしろ!絶対によくなるよ。治ったらまた遊ぼう、な」
「うん、よくなったら、ね…」
カダインは苦しい息の下から言いました。でも、
よくなる日など、もう来なかったのです。
数日後、カダインは死にました。小さな棺に入れられたカダインを見て、ルアンは激しく泣きました。
あんまり泣くので周りの皆は、今度はルアンが病気になってしまうと心配しました。「ルアン、いつまでも泣いててはいけませんよ」
「ルアン、神父さまも、おっしゃっただろう。カダインはきっと、天国で幸せに暮らしているよ」
しかし、ルアンは納得できませんでした。
あんなに苦しんで死んでいったカダイン。水を一口飲んでも吐き出してしまい、苦しんで死んでいった…。
「…あんまりだよ。そんなの。カダインが何したんだよー!」
それからというもの、ルアンはカダインを想って、毎日、毎日泣き続ける日が続きました。ずっと部屋に閉じこもり、教会にも行きません。
そんなルアンをお父さんも、お母さんも心配しました。
「ルアン、少しは外で遊んできたらどうだい?」
「ハンナさんも心配しているわ。教会に行ってみない?」
ハンナさんというのは、教会で一番若い修道女さんです。子供好きで優しく、とりわけ小さなカダインをとても可愛がってくれた人でした。
ルアンはお母さんに連れられて、教会に行きました。もっとも、ルアンのむねの中は涙でいっぱいでしたので神父さまの話は届きませんでしたが。
帰り道、ルアンは修道女のハンナさんに会いました。
「久しぶりですね、ルアン。もう、悲しくはありませんか?」
ルアンは首を振ってこたえます。
「いいえ、ハンナさん。ぼくはまだ悲しいんです。カダインのことを思うとまだ泣いてしまうんです」
「それはいけませんよ、ルアン。残された者の悲しみがあんまり大きいと、亡くなった人は天国へ行けません。カダインはまだ、この世にとどまっているかもしれませんよ」
その言葉に、ルアンは飛びつきました。
「ホント?ホントにカダインはまだこの世にいるの?だったらぼく会いたいよ。カダインに会いたいよ」
「ルアン…」
ハンナさんは目を伏せました。そして、顔を上げると、
「今夜、遅くにお墓に行きましょう。いっしょに」
と、言いました。
その夜、ルアンはずっとにこにこ、そわそわしていました。カダインに会える。そう思うと嬉しかったのです。
「ルアンは教会に行ったら、すっかり元気になったわね。よかったわ」
「ハンナさんは優しいからな。あの子をずいぶん励ましてくれたんだろう」
二人とも、ルアンが元気になったので大喜びです。
「ねえ、お母さん。ぼく、後でカダインのお墓に行ってくるよ」
「まあ、こんなおそくに?いけません!」
「ハンナさんといっしょだから大丈夫だよ。それに、兄ちゃんは元気にしてるよってカダインに言っておきたいんだ」
ルアンがどうしても行くと言うし、ハンナさんもいっしょなら、と、二人とも渋々承知しました。
「気をつけるのよ。すみません。ハンナさん、わざわざ」
お墓へ向かう途中、ハンナさんが言いました。
「ルアン…あなたに見せるべきかどうか、迷ったのですが…あなたにとっては多分、つらいものですから」
ルアンは答えます。
「カダインがいなくなった以上に、つらいものなんてないよ」、と。
お墓が見えてきました。
「あれが、カダインのお墓ですよ」
ハンナさんが指差す先には、たくさんの鳥が集まっていました。
青白くふくらんだ体に、血いろにひかるまん丸な目、ぎゃあぎゃあと鳴く声はまるでけもののよう。
「ふくろうだ」
いつか森で見たことがあります。ただ、いま見ているものは、森で見たふくろうよりずっと禍々しく、不吉で恐ろしいものでした。
不吉なふくろうたちは集団で何かをつついています。爪で引っ掻くものもいます。
皆、ぎゃあぎゃあと恐ろしい声をあげていました。
ルアンは震えながら目をこらすと、
「あ!カダインだ。カダインがつつかれてる!」
ふくろうたちの中心に、カダインがいたのです。
「このっ…!カダインからはなれろ!」
ルアンは走り寄って、ふくろうたちを追い払おうとしました。ところが上手くいきません。ルアンがいくらふくろうを打っても、その手がふくろうを突き抜けてしまうのです。
「こいつら、お化けなんだ。そうか。こいつらがカダインを病気にしたんだな」
ルアンが更に拳を振り上げたそのときです。不意にハンナさんに腕を掴まれ、ルアンは転びました。
「おやめなさい、ルアン」
睨みつけるルアンにハンナさんは続けます。
「このふくろうたちはあなたの『悲しみ』です。あなたがカダインを思って、かわいそうだと泣くたびに、これらはカダインの魂を引きとめるのですよ」
よくみると、カダインは足をばたばたさせていました。背中には羽がありました。天国へ向かう途中なのです。
ふくろうたちはカダインを引き留めようと、つついたり、引っ掻いたりを繰り返しています。ぎゃあぎゃあと鳴く声を、よく聞いてみると「カダイン、カダイン、カダイン…」と言っているようにも聞こえました。
「痛いよ、いたいよう、上にいきたいよー…」
カダインは泣いていました。その泣き声は、病気で苦しんだときよりも、もっとか細いものでした。
「兄ちゃん、ごめん。ごめんなさい…」
その声に、ルアンが叫びます。
「カダイン!兄ちゃんは、…泣いてないぞ!ほら、見ろよ。もう兄ちゃんは泣かないから」
ルアンは、精一杯の笑顔を作りました。カダインを安心させるために。
いつの間にか、ふくろうたちは消えていました。
カダインの姿も、もうありませんでした。
呆然として立ち尽くすルアンに、ハンナさんが言いました。
「つらかったでしょう。ルアン…でも、カダインはきっと天国へ行きましたよ」
「ぼくは、カダインをずっと苦しめてたんだ…」
ハンナさんは優しくルアンの頭をなでました。
「私も小さなころ、母をなくして毎日、毎日悲しんでいたの。そして、さっきあなたが見たものと同じような光景を見たのですよ。ルアン…死んだ人をいつまでも忘れないというのは悪いことではありません。けれど、『悲しい』のと『淋しい』のは違うのですよ」
ルアンは顔をあげ、しっかりとうなずきました。