朝青龍のいない大相撲
2010年大相撲九州場所2日目、横綱白鵬の連勝記録は63で止まった。
連勝記録を止めたのは前頭筆頭の稀勢の里だった。彼は茨城県出身の若手力士で、次の大関候補と言われて久しい期待株の一人である。この日の相撲は、あの強い横綱白鵬が何ら良い所を見せることができず、バタバタと浮足立ってあっさりと土俵を割った。
確かに、白鵬の63連勝は途方もない記録である。今の角界の顔ぶれでは、白鵬本人でなければこの連勝記録を破れまい。また今回は惜しくも双葉山の69連勝を越えることはできなかったが、まだ若く心身ともに充実している白鵬であれば、再び挑戦することも不可能ではあるまい。
しかし、現在の白鵬にはライバルと呼べる横綱はいない。大相撲はこれまで2人以上の横綱が互いに強さと技を競い合った時代が多いに盛り上がってきた。栃若(栃錦・初代若乃花)しかり、柏鵬(柏戸・大鵬)しかり、輪湖(輪島・北の湖)しかり。しかし白鵬にはそういった存在がいない。事実上ただ一人で大相撲を支えている。私は土俵上の白鵬を見るたびに思うのだ――今この場に朝青龍がいたなら、どれほど面白くなっていたかを。
朝青龍こそ、白鵬に対抗できるほぼ唯一の横綱だった。お世辞にも横綱らしいとは言えない土俵外の態度を差し引いても、彼は近年稀にみる優れた横綱だった。貴乃花・武蔵丸が引退してから白鵬が台頭するまで約4年間一人横綱として大相撲を支え、数々の記録を作った。白鵬が横綱になってからも、朝青龍と白鵬のモンゴル出身横綱同士の対戦は土俵を盛り上げた。朝青龍と白鵬はそれぞれ個性も取り口も対照的で、それがまた面白かった。
今年の初めに朝青龍が土俵外トラブルで引退した後、白鵬にはこれまでにない重圧がのしかかったのではないだろうか。朝青龍の引退は相撲ファンにとってはもちろん、白鵬にとっても、大相撲全体にとっても、大きな損失だったように思う。人間というものは、失われて初めて、失ったものの大切さに気付かされるものなのだ。
白鵬の63連勝は他の力士が弱すぎたから達成できた記録にすぎないという意見も、最近あちこちで聞かれる。もし朝青龍がいたならば、白鵬の強さはもっと輝いていただろうに。そう思うと、今更ながら朝青龍の存在を惜しまずにはおれない。