表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/51

思い出の場所で、きみに花を ②

 今度こそ、成功するかもしれない。そう期待するのと同時に、これまでのことも思い返される。

 今日のように何度も期待しては、失敗してきた。結局のところ、今日だってどうなるかわからない。


(でも……成功してほしい)


 アリアは祈るようにして、ディートハルトの前に跪く。

 そんなアリアの思いが伝わったのか、ルカもこれまで以上に真剣だ。二人に向かって花を差し出すと、亡き母に向けて訴えかける。


「おかあさん。お花だよ。ハルにいを許してあげて。ぼく、ハルにいとアリアと一緒にいたい。おかあさん、お願い」


 ルカの気持ちを乗せ、アリアは解呪のための言葉を述べていく。


「死してなお激情に焼かれる魂を、その怒りと悲しみから解き放たん。そなたの思いは、その行く末は、我らがしかと見届けよう」


 アリアの手から、眩い光が溢れ始める。その手をディートハルトの胸に当てて、願う。


「お願いします。ステラさん。二人を一緒にいさせてあげてください」


 しかし、光がディートハルトへ移っていかない。これでもダメなのかと、アリアは落胆する。


(でも、いつもと様子が違う……?)


 通常なら、アリアの手からディートハルトへ光が移動して吸い込まれて、黒くなって消える。けれど今日は、アリアの手にあるままだ。

 不思議に思っているとルカの「わあ……!」という声が聞こえてくる。

 何事かと目をやれば、ルカの持つ花が光を放ち始めていた。

 花はふわりと浮いてルカの手を離れ、アリアの手にあった光もそちらに移っていく。


「これ、は……?」


 アリアたちは、みな一様に花に目を奪われる。花はふわふわと高度を上げ、ディートハルトの頭よりも高い位置まで登っていた。

 ルカも、届かないとわかりながら花に向かって手を伸ばす。

 それとほぼ同時に、一か所に集まっていた光が弾け、アリアたちに降り注ぐ。

 月明かりの下、流星群のように光の粒が舞う。


「わあ……」


 見たこともない光景に、アリアは感嘆のため息をもらす。ルカは「きれい!」と喜び、ディートハルトも見入っているようだった。

 あまりの美しさに、解呪が目的だったことを忘れてしまいそうだ。

 事実、アリアは解呪が成功したかどうかなど、今は考えていなかった。それよりも、今はこの光景を目に焼きつけたかった。


「きれい……」


 アリアがそう漏らすと、どこかから女性の声が聞こえてくる。柔らかで、優しい声色だ。


「アリアさん。ありがとう」

「……え?」


 彼女は辺りを見回すが、周囲に自分以外の女性はいない。

 ディートハルトとルカには聞こえていないようで、急にきょろきょろし出したアリア見て不思議そうにしていた。

 そんなアリアがおかしかったのか、女性がくすくすと笑うのがわかった。


「ルカとお兄様をお願いね」

「ステラ、さん……?」


 ディートハルトを兄と呼ぶ女性はただ一人、ステラだけだ。


「……ステラの声が聞こえるのか?」

「ステラさん、だと思います」


 ディートハルトの問いに、アリアは頷いた。


「一緒に思い出をめぐって、とっても楽しかった。お兄様とルカが私たちのことを覚えていてくれて、嬉しかった」


 ステラの声からは、怒りや悲しみなど感じられない。むしろ、穏やかで慈愛に満ちていた。


(これが、ステラさんの思い……?)


 呪いとは、死者が残した情念だ。

 では、そこに本人の意思が今もなお宿っていたら? 自分が呪った相手の行く末を、すぐそばで見続けているのだとしたら――?


「ステラさんは、ずっと私たちを見守っていたの……?」


 だとしたら、きっと呪いを解くための行程そのものに意味があったのだろう。

 解呪に失敗し続ける間も、ステラはそばにいた。

 王都でケーキを食べたときだって、苦し紛れに人参を捧げたときだって、彼女は自分たちを見守っていた。

 今までとは全く違う現象が起き、ステラの声まで聞こえてくる。この状況を前にして、アリアはある答えに行きつく。


「旦那様。ルカに触ってみてください」

「あ、ああ」


 ディートハルトはそっとルカの頭に触れる。一瞬、驚いたように目を見開いた後、彼はわしゃわしゃとルカの頭を撫でた。


「……なにも、起きない。呪いの症状が、出ない」

「……!」


 呪いが、解けたのだ。

 ディートハルトは泣きそうになりながらもルカを抱き上げる。ようやく伯父に抱っこしてもらうことの叶ったルカは、嬉しそうにきゃっきゃと笑った。


(もしかしたら、ステラさんはもうとっくに旦那様を許していて……)


 ステラがずっと自分たちを見守っていたのなら、兄がどれだけ真摯に呪いに向き合い、ルカを想っていたかも知っているはずだ。

 呪いを解き、二人を触れ合わせてあげたいと思うようになっていても、不思議ではない。けれど、呪いは残り続けた。

 その理由は、きっと――。


「実はね、ルークを異性として意識したのは、ここでお花をもらったときなの。ルカにも同じ景色を見てもらえて、よかったわ」


 ステラがいたずらっ子のように笑う。それを聞いて、アリアは確信した。

 ステラは、ルカに少しでも自分たちの欠片を残したかったのだ。

 解呪に挑戦するという形で、思い出に触れてほしかった。ルカの中に、両親がいたという記憶を残してあげたかった。


「そっか……。そういうこと、だったんだ」


 アリアは涙を拭う。

 きっと、解呪のための明確な正解があったわけではない。もしも最初の解呪をこの季節のこの場所で行ったとしても、変化はなかっただろう。

 一つ一つの積み重ねがステラの心をほぐし、既に彼女の許しを得ている状態でここに来たからこそ、呪いを解くことができたのだ。


「ステラは、なんと?」


 ルカを抱き上げたままのディートハルトにアリアが説明すると、彼は「そうか」と短く答えた。言葉が少ないのは、今にも泣いてしまいそうだからだ。

 三人に降り注ぐ光の粒が、だんだんと減っていく。間もなく、ステラは呪いごと消えてしまうのだろう。


「おかあ、さん」


 ルカもそれを感じ取ったのか、空に向かって手を伸ばす。すると残り少ない光の粒が、ルカと手を合わせるかのようにして集まった。


「……そろそろお別れね。ルカ、そばにいられなくてごめんね。あなたを置いていく不甲斐ないお母さんでごめんなさい。でも、お兄様とアリアさんが、あなたを守ってくれるわ。どうか、幸せになって。あなたの幸せを、一番に願っているわ」


 これが、ステラの最後の言葉だった。


「……ステラさんが、ルカの幸せを一番に願っていると言っていました」

「……そうか。そう、だろうな」

「おかあさん……」


 周囲に舞っていた光も消えて、辺りを照らすのは月明かりだけだ。

 静寂の中、三人がすすり泣く音だけが響いていた。でもこれは、悲しみの涙じゃない。

 ディートハルトは片手でルカを抱いたまま、もう片方の手をアリアの肩にまわした。


「ありがとう、アリア。呪いを解いてくれて。ステラの言葉を、俺たちに届けてくれて。俺は、ルカを……きみたちを、幸せにすると誓うよ」

「はい」


 アリアは自身の涙を拭い、ディートハルトに笑みを返した。

 これまでも、彼らは仲のいい家族だったといえるだろう。

 けれどこれからは、より強く結ばれて、心から笑い合うことができる。自分たちはルカを託されたのだと、胸を張ることができる。


「家族として、一緒に幸せになりましょうね」


 アリアは二人の前に移動し、ディートハルトとルカの手を取る。しっかり手を繋いだ三人は、互いに頷き合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ