思い出の場所で、きみに花を ②
今度こそ、成功するかもしれない。そう期待するのと同時に、これまでのことも思い返される。
今日のように何度も期待しては、失敗してきた。結局のところ、今日だってどうなるかわからない。
(でも……成功してほしい)
アリアは祈るようにして、ディートハルトの前に跪く。
そんなアリアの思いが伝わったのか、ルカもこれまで以上に真剣だ。二人に向かって花を差し出すと、亡き母に向けて訴えかける。
「おかあさん。お花だよ。ハルにいを許してあげて。ぼく、ハルにいとアリアと一緒にいたい。おかあさん、お願い」
ルカの気持ちを乗せ、アリアは解呪のための言葉を述べていく。
「死してなお激情に焼かれる魂を、その怒りと悲しみから解き放たん。そなたの思いは、その行く末は、我らがしかと見届けよう」
アリアの手から、眩い光が溢れ始める。その手をディートハルトの胸に当てて、願う。
「お願いします。ステラさん。二人を一緒にいさせてあげてください」
しかし、光がディートハルトへ移っていかない。これでもダメなのかと、アリアは落胆する。
(でも、いつもと様子が違う……?)
通常なら、アリアの手からディートハルトへ光が移動して吸い込まれて、黒くなって消える。けれど今日は、アリアの手にあるままだ。
不思議に思っているとルカの「わあ……!」という声が聞こえてくる。
何事かと目をやれば、ルカの持つ花が光を放ち始めていた。
花はふわりと浮いてルカの手を離れ、アリアの手にあった光もそちらに移っていく。
「これ、は……?」
アリアたちは、みな一様に花に目を奪われる。花はふわふわと高度を上げ、ディートハルトの頭よりも高い位置まで登っていた。
ルカも、届かないとわかりながら花に向かって手を伸ばす。
それとほぼ同時に、一か所に集まっていた光が弾け、アリアたちに降り注ぐ。
月明かりの下、流星群のように光の粒が舞う。
「わあ……」
見たこともない光景に、アリアは感嘆のため息をもらす。ルカは「きれい!」と喜び、ディートハルトも見入っているようだった。
あまりの美しさに、解呪が目的だったことを忘れてしまいそうだ。
事実、アリアは解呪が成功したかどうかなど、今は考えていなかった。それよりも、今はこの光景を目に焼きつけたかった。
「きれい……」
アリアがそう漏らすと、どこかから女性の声が聞こえてくる。柔らかで、優しい声色だ。
「アリアさん。ありがとう」
「……え?」
彼女は辺りを見回すが、周囲に自分以外の女性はいない。
ディートハルトとルカには聞こえていないようで、急にきょろきょろし出したアリア見て不思議そうにしていた。
そんなアリアがおかしかったのか、女性がくすくすと笑うのがわかった。
「ルカとお兄様をお願いね」
「ステラ、さん……?」
ディートハルトを兄と呼ぶ女性はただ一人、ステラだけだ。
「……ステラの声が聞こえるのか?」
「ステラさん、だと思います」
ディートハルトの問いに、アリアは頷いた。
「一緒に思い出をめぐって、とっても楽しかった。お兄様とルカが私たちのことを覚えていてくれて、嬉しかった」
ステラの声からは、怒りや悲しみなど感じられない。むしろ、穏やかで慈愛に満ちていた。
(これが、ステラさんの思い……?)
呪いとは、死者が残した情念だ。
では、そこに本人の意思が今もなお宿っていたら? 自分が呪った相手の行く末を、すぐそばで見続けているのだとしたら――?
「ステラさんは、ずっと私たちを見守っていたの……?」
だとしたら、きっと呪いを解くための行程そのものに意味があったのだろう。
解呪に失敗し続ける間も、ステラはそばにいた。
王都でケーキを食べたときだって、苦し紛れに人参を捧げたときだって、彼女は自分たちを見守っていた。
今までとは全く違う現象が起き、ステラの声まで聞こえてくる。この状況を前にして、アリアはある答えに行きつく。
「旦那様。ルカに触ってみてください」
「あ、ああ」
ディートハルトはそっとルカの頭に触れる。一瞬、驚いたように目を見開いた後、彼はわしゃわしゃとルカの頭を撫でた。
「……なにも、起きない。呪いの症状が、出ない」
「……!」
呪いが、解けたのだ。
ディートハルトは泣きそうになりながらもルカを抱き上げる。ようやく伯父に抱っこしてもらうことの叶ったルカは、嬉しそうにきゃっきゃと笑った。
(もしかしたら、ステラさんはもうとっくに旦那様を許していて……)
ステラがずっと自分たちを見守っていたのなら、兄がどれだけ真摯に呪いに向き合い、ルカを想っていたかも知っているはずだ。
呪いを解き、二人を触れ合わせてあげたいと思うようになっていても、不思議ではない。けれど、呪いは残り続けた。
その理由は、きっと――。
「実はね、ルークを異性として意識したのは、ここでお花をもらったときなの。ルカにも同じ景色を見てもらえて、よかったわ」
ステラがいたずらっ子のように笑う。それを聞いて、アリアは確信した。
ステラは、ルカに少しでも自分たちの欠片を残したかったのだ。
解呪に挑戦するという形で、思い出に触れてほしかった。ルカの中に、両親がいたという記憶を残してあげたかった。
「そっか……。そういうこと、だったんだ」
アリアは涙を拭う。
きっと、解呪のための明確な正解があったわけではない。もしも最初の解呪をこの季節のこの場所で行ったとしても、変化はなかっただろう。
一つ一つの積み重ねがステラの心をほぐし、既に彼女の許しを得ている状態でここに来たからこそ、呪いを解くことができたのだ。
「ステラは、なんと?」
ルカを抱き上げたままのディートハルトにアリアが説明すると、彼は「そうか」と短く答えた。言葉が少ないのは、今にも泣いてしまいそうだからだ。
三人に降り注ぐ光の粒が、だんだんと減っていく。間もなく、ステラは呪いごと消えてしまうのだろう。
「おかあ、さん」
ルカもそれを感じ取ったのか、空に向かって手を伸ばす。すると残り少ない光の粒が、ルカと手を合わせるかのようにして集まった。
「……そろそろお別れね。ルカ、そばにいられなくてごめんね。あなたを置いていく不甲斐ないお母さんでごめんなさい。でも、お兄様とアリアさんが、あなたを守ってくれるわ。どうか、幸せになって。あなたの幸せを、一番に願っているわ」
これが、ステラの最後の言葉だった。
「……ステラさんが、ルカの幸せを一番に願っていると言っていました」
「……そうか。そう、だろうな」
「おかあさん……」
周囲に舞っていた光も消えて、辺りを照らすのは月明かりだけだ。
静寂の中、三人がすすり泣く音だけが響いていた。でもこれは、悲しみの涙じゃない。
ディートハルトは片手でルカを抱いたまま、もう片方の手をアリアの肩にまわした。
「ありがとう、アリア。呪いを解いてくれて。ステラの言葉を、俺たちに届けてくれて。俺は、ルカを……きみたちを、幸せにすると誓うよ」
「はい」
アリアは自身の涙を拭い、ディートハルトに笑みを返した。
これまでも、彼らは仲のいい家族だったといえるだろう。
けれどこれからは、より強く結ばれて、心から笑い合うことができる。自分たちはルカを託されたのだと、胸を張ることができる。
「家族として、一緒に幸せになりましょうね」
アリアは二人の前に移動し、ディートハルトとルカの手を取る。しっかり手を繋いだ三人は、互いに頷き合った。




