思い出の場所で、きみに花を
その後の話し合いの結果、残りの期限を一か月とした。
一か月以内に呪いを解くことができなければ、マルガレーテを頼り解呪してもらう。ルカも含めて、彼らはそう合意した。
では、その一か月間はどうだったのかというと……。やはり、苦戦していた。
寒い季節になったから、この季節ならではのものも多々用意した。
けれど状況は変わらず、三人でお揃いのマフラーを使うことになったり、温かいぶどうジュースを飲んだルカが「ぷはー!」と大人の真似をしたりするだけだ。
そんなことをしているうちにあっという間に時は過ぎ、彼らが決めた期限に近づいていた。
(これでいい、はずなんだけど……。やっぱり、少し寂しいわね)
期限が間近に迫ったある日の晩、アリアははしゃぐルカを見守りながら小さくため息をつく。
今日の捧げものは、過去に三人で行った丘に生息する、夜にしか咲かない花だ。これは、ディートハルトが部下に頼んで採集してきてもらったものだった。
ディートハルトとしては、この花にはそこそこ自信があったらしい。けれど今回もダメで、彼は寂しそうだ。
それとは反対に、ルカは母にとって思い出深いものだと聞いて喜び、花を持ったまま家の中で遊んでいる。
ルカは窓の前に立ち、花を高く持つ。月と並べて視界に入るようにすると、満足そうにした。
それから、ぱたぱたと早足でアリアとディートハルトのもとへやってくる。
「ねえ、ハルにい。このお花、見にいきたい」
「……ダメだ。この季節はもう寒いし、夜の外出は危ない。ここで花を見るだけにしよう」
「えー……」
ルカは唇を尖らせ、わかりやすく拗ねた。そんなルカを見て、夫婦は苦笑する。
「旦那様の言う通りよ。私も実際に咲いているところを見たいけど……。今は、ハルにいさまに従いましょう?」
アリアまで反対したからか、ルカは頬を膨らませてさらにむくれた。
「おかあさんは、ぼくに見てほしいって言ってるとおもうけどなー……」
「……それでもダメだ。お前がもう少し大きくなってからにしよう」
「むー……」
ルカはぶすっとしたまま二人に背を向け、離れていく。
その途中ちらちらと振り返り、「おかあさんも、見たがってるきがするなー」「おかあさん、見たいよね?」「おかあさんも、見にいったんだよね?」と花に話しかけ続ける。
「ぼくも、おかあさんと同じけしきが見たいなー……」
ちらっちらっと様子をうかがいながらそう言われて、ついにディートハルトが折れた。
「……わかった。けど、今日はダメだ。きちんと準備してから、明日行こう」
「やったあ!」
ルカは、打って変わって青い瞳を輝かせた。
翌日の晩、彼らは花が咲く丘に向かった。
あれだけ行きたいと言っていたルカはもうおねむで、馬車の中でうとうととしている。夜の方が魔物が発生しやすいから、護衛を乗せた馬車もあとからついてきている。
目的の丘には、一時間もかからずに到着した。しっかり防寒をしたアリアが馬車を出ると、目の前には見事な光景が広がっていた。
「きれい……」
丘一面に白い花が咲き、風にたゆたっている。月明かりに照らし出されて、なんとも幻想的だ。
ルカも同じ感想を抱いたようで、「わあ……!」と感激している。
実は、解呪に挑戦する中でこの丘も訪れていた。
そのときも失敗したから、この場所とこの花は解呪の決め手にはならないかもしれない。
それでもディートハルトが危険を押してまでここに連れてきてくれたのは、ルカの願いを叶えてあげたかったからだろう。
はしゃぐルカが駆けだそうとしたのをアリアはいち早く察知し、彼と手を繋ぐ。
「私たちから離れちゃダメよ」
「そんなにはなれないもん。近くにいるから、だいじょーぶ」
いまいち信用ならないと思いながらも、アリアは彼の手を離してあげた。
いざとなれば、自分たちだけでなく護衛もいる。ルカがアリアたちからあまり離れないようにしてくれれば、守れるだろう。
解放されたルカは、アリアたちからはちょっとだけ離れた場所でくるくると踊り出す。踊りはルカの今のマイブームで、お空にいる両親に見せて「僕は元気だよ」と伝えているらしい。
そんなルカを見守りながら、夫婦は敷き布の上に座る。ディートハルトは感慨深そうに、ぽつりと言葉を零す。
「……ステラも、あんな風にはしゃいでいたな」
「ステラさんが?」
「ああ。ステラとルーク、俺の三人でここに来たことがあった。親に言えば反対されるからと、内緒で計画を進めてな。使用人を巻き込んで、この花を見に来たんだ」
「わあ、使用人泣かせ」
「本当にな。両親には、あとでこっぴどく叱られたよ。次期当主としての資質を疑うとまで言われた」
「わ、わあ……」
なんとなく察してはいたが、やはりディートハルトの両親は厳しい人なようだ。どれだけきつく叱られたのかを想像し、アリアは苦笑した。
「……危ないことをしたのはわかっている。でも、三人でこの景色を見ることができてよかったと思っているよ」
そうして、ディートハルトは妹たちとの思い出について語り出す。
幼い頃のステラは身体が弱く、日常生活すらも制限されていた。けれど十代になってからは少しずつ元気になってきて、ディートハルトも幼馴染のルークも安心していた。
ちょうど、そのくらいの時期のことだった。
ルークがブラント家の屋敷に泊まった日、彼女は「夜に咲く花が見たい」と言い出した。
ディートハルトは「そんなの許可されるはずがない」と宥めたが、ステラはどうしても見たいのだと言ってきかない。
そんなとき、ルークが「連れて行ってあげよう」と言い出したのだ。彼はようやく自由が利くようになってきたステラを、外に連れて行ってやりたかったのだろう。
彼女を好きにさせてあげたい気持ちは、ディートハルトだって同じだった。
二人に「行こう」と言われてしまっては折れるしかなく、彼らは使用人を巻き込んでこの丘にやってきた。
「ステラは誰かからこの丘の花のことを聞いて、ずっと来てみたかったらしくてな。今のルカと同じように、それはもうはしゃいで……。無理してでも、連れてきてよかったと思ったよ」
彼の話を聞いたアリアは、肖像画に描かれていた女の子がこの場所で踊るように喜ぶ姿を思い描く。きっと、そのときの彼女は綺麗だったのだろう。
「そんなとき、ルークが花を一輪とって、ステラに手渡した。彼女は嬉しそうに笑って、ルークも照れて……。俺はそんな二人を見て、少し嫉妬した。俺もいるのに二人の世界を作るなと」
妹カップルに嫉妬するお兄ちゃんが可愛くて、アリアがくすくすと笑う。
「あの二人がいつから愛し合っていたのかはわからない。けど、あれは二人にとって大事な瞬間だったんじゃないかと思う」
ディートハルトの語り口は穏やかで、昔を懐かしんでいるようだった。彼にとって、大切で美しい思い出なのだろう。
ここまでの話を聞いて、アリアはふと、こんなことを思った。
「……それじゃないですか? 夜、この丘に咲く花を大切な人からもらった……。今解呪を試したら、成功するかも」
「だが、同じ花はもう試していて……。この丘もだ」
「花や場所単体ではなく、組み合わせる必要があるのかもしれません! やってみましょう!」
アリアはすっかり解呪に乗り気になり、ルカを呼ぶ。ルカにもステラたちの思い出を簡単に説明し、花を一輪とってきてもらった。
「……では、いきます」




