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大聖女と解呪のヒント ④

 翌日以降、アリアはマルガレーテの指導を受けつつ解呪にも挑戦していった。


 王都滞在中のアリアのスケジュールは、大体こういった形だ。

 宿で朝食をとったら、マルガレーテの家へ向かう。王都にはブラント家のタウンハウスもあるが、今回は行き来しやすいよう近くに宿をとっている。

 彼女の家に着いたらキッチンを使わせてもらって、朝に弱いマルガレーテが起きる前に朝食を用意し、彼女が起きてきたら多少無理にでも食べさせる。

 指導を受ける合間に家の掃除をして、徐々に部屋を綺麗にしていく。昼食もやはりアリアが用意して不摂生な大聖女様に食べさせた。


「私がいる間は、栄養失調で倒れさせたりしませんからね!」


 アリアがぷんぷんと怒ってそう言うと、マルガレーテは「ずっといてほしいぐらいだよ~」と笑った。

 日によって前後するが、暗くなる前にはディートハルトもやってくる。彼は主に解呪に捧げる品探しを担当し、そのついでに買い出しなども済ませている。

 彼が用意したステラの好きなもの――アクセサリーだったり、花だったり雑多だ――を使って、解呪を試みるのだ。

 ルカはその日の気分によって、午前中からアリアと一緒に行動していたり、ディートハルトにくっついて王都を見て周っていたりと、色々だ。


 解呪に挑戦しては、毎度失敗して……。その後は、がっかりしながらも夕食をとる。夕食については、ディートハルトが買ってきた食材を使ってマルガレーテの家で済ませたり、四人で外食したりとその日その日で異なる。

 そんな時間の中で、マルガレーテは見るからに健康的になっていった。

 滞在期間も終盤に差し掛かった日の午前中、朝食をとるマルガレーテを眺めながらアリアはぼうっと考える。


(大聖女っていうから、お堅い人かと思ってたけど……。イメージと違ったわね。なんというか……どちらかというとダメな人のような……。倒れてるところを見つけたときは、何事かと思ったわ)


 アリアのそばで、マルガレーテは「朝食をとる暮らしなんて何年ぶりだろう」「食事はしっかり摂るべきなんだねえ。身体の調子が違うよ」と大げさに感動していた。


(でも、知識も勉強量も桁違い。お堅い大聖女様ではなかったけど、『天才』と括るなら、たしかにそれっぽいわ)


 家を出入りするようになってからわかったが、マルガレーテの家にある大量の本は、聖女として呪いへの理解を深めるためのものだった。

 アリアも目を通したような基本的な教書から、呪いの歴史、異国の呪い事情など、様々な文献が揃っている。

 呪いは死者の心から生まれるものだからと、心理学から冒険譚や恋物語まで、心の動きに関するものはなんでも読み漁っているようだ。

 異国の言葉で書かれた本も多々あり、語学にも精通していることがうかがえる。


 また、大聖女であるにも関わらず、マルガレーテは仕事に忙殺されず自由に過ごしている。きっと、そうさせたほうが良い成果を得られると国や教会が判断しているのだろう。

 さらには、どうにもマルガレーテのことを放っておけない。

 今にして思えば、ルカも出会う前から彼女に惹きつけられていたようだ。勝手に家に入ったのも、なにかを感じ取っていたからだろう。

 マルガレーテはちょっと変わり者なだけの善人で、不思議な魅力のある人だった。


 その日の夕方は、ディートハルトによって王都にある有名なパティスリーのケーキが用意された。彼が言うには、過去に王都を訪れたステラが「美味しい」と喜んで食べていたものらしい。


(……流石にこれは違う気がするわね)


 ディートハルトも、もうこの地で思いつく有力な品は出し尽くしてしまったのだろう。

 今回も無理だろうと思いつつも、アリアは祈りを捧げてディートハルトに触れる。その横では、ルカが真剣な顔でケーキを持っていた。


「ケーキ~。ケーキだよおかあさん~。おいしいよ~」


 ルカ自作の歌が流れる中、アリアは解呪を試みる。

 ルカが歌っている理由は、「息子の自分から頼めば、母が許してくれるかもしれないから」とのことだ。しかし、アリアの手元から発生していた光は黒く濁って消えてしまった。


「今日もダメかあ……」


 予想通りの結果ではあるが、がっかりはする。ディートハルトも同じように思っていたらしく、いちいち落胆する様子はない。

 彼はさっと立ち上がると、へなへなと脱力するアリアに向かってケーキの箱を見せてきた。


「人数分あるぞ」

「やったー……」


 アリアは力なくそう返し、ルカとマルガレーテは「ケーキ!」とはしゃいだ。


(ケーキが目的になってない……?)


 そう思いながらも、アリアは言葉を飲み込んだ。

 なんとなくだが、ディートハルトもこれでは解呪できないのは承知していて、みんなにケーキを食べさせたかっただけのようにも思える。

 ほどなく飲み物の用意も済み、四人はおやつの時間を迎える。ディートハルトが買ってきたのは数種類のケーキで、見た目も華やかだ。流石は公爵家の娘が気に入った品といったところだろうか。

 アリアはオードソックスなショートケーキを選び、口に運ぶ。


「美味しいっ……!」


 正直、一口食べるまでは「王都の有名店っていっても、ショートケーキはショートケーキでしょ?」と思っている部分もあった。しかし、シンプルだからこそ違いが際立つのかもしれない。


「甘すぎないクリームに、ふわふわのスポンジ……。苺も新鮮だわ。今は苺の時期じゃないはずなのに、どこから運んできて、どうやって鮮度を保っているのかしら」


 アリアがそんなコメントをすると、別のケーキを選んだルカがじいっとこちらを見つめてくる。「一口どうぞ」と勧めると、彼もまた、アリアに一口分けてくれた。

 美味しいねと笑い合い、穏やかな時間が流れる。家族でこんな時間を過ごせるようになったことは、アリアにとっても喜ばしい。


(でも、遊んでいるだけになっていて、解呪には近づいてないような……)


 本当にこれでいいのかと、アリアは思い悩む。それが表情に出ていたのか、マルガレーテはアリアを見て上機嫌に笑う。


「大丈夫。方向性は間違ってないよ。おそらく違うだろうと感じる品でもいいんだ。どんどん試すといい」

「はい……」

「言っただろう? 大事なのは、心だって」


 マルガレーテは片手でフォークを振りながら頬杖をつく。意味深に微笑んだかと思えば、彼女は次の瞬間には「美味しいねえ」とケーキを口にしていた。


(大事なのは、心……。わかったような、わからないような……)


 大聖女が言うのだから、方向性は間違っていないという話は本当なのだろう。

 疑問や迷いの全てがなくなったわけではないが、アリアはマルガレーテを信じて進み続けることにした。


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