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大聖女と解呪のヒント ③

 その後、アリアはマルガレーテの身の回りの世話をした。

 彼女の髪や身体を洗い、服も洗濯しほつれも直した。長すぎる前髪もサイドに分けて、前が見えるようにした。

 アリアとしては、本当は部屋の掃除もしたかったが、それには時間が足りないからマルガレーテ本人だけを綺麗にした。


「おお~」


 出会ったときよりも格段に綺麗になり、マルガレーテは感嘆の声を上げた。


「すごいねえきみ! とても貴族のお嬢さんとは思えない手際のよさだ!」

「あはは……」


 貴族とは思えない暮らしをしていましたから、とも言えずアリアは苦笑するにとどめた。


「さてさて、それじゃあ本題といこうか。ああ、きみたちの顔がよく見えるよ」


 マルガレーテは踊るように動いて、どこかから椅子を一つ運んでくる。自身のベッドの前に置くと、ディートハルトにその椅子に座るよう促した。


「まずは、呪われた経緯について教えてもらえるかな? 先に手紙である程度聞いてたけど、さらに詳細を聞きたい。強力な呪いを解くには、そういったヒアリングも大事でね」

「それは……」


 ディートハルトがちらりとルカを見やる。両親の死にまつわる話を、甥に聞かせたくないのだろう。ルカが再びパニックを起こす可能性だってある。

 そう察したアリアは、ルカと手を繋いで一旦は部屋を出た。

 十分ほど待っていると、「きみたちもおいで」とマルガレーテから声がかかる。


「これから『診察』に移るから、中に入っておくれ」


 寝室から顔を出して、マルガレーテが手を振る。アリアは彼女に従い、ルカとともに寝室へ戻った。


「どんな具合か確認していくからね」


 立ち上がったマルガレーテが、ディートハルトの両肩に触れて目を閉じる。


「あー……。うんうん、なるほど」


 彼女はなにやらぶつぶつと呟きながら、ディートハルトの頭や顔にも触れていく。

 通常、聖女がその力を使うときには、真っ白な眩い光が発生する。けれどマルガレーテにはそれがなく、まるで医師の診察のようだ。


「うん。大体わかった」


 マルガレーテはディートハルトから手を離すと、にこやかに笑った。


「本当ですか!?」

「ほんと!?」


 アリアとルカの問いかけにも、穏やかにうんうんと頷いて答えてくれる。


「まず……そうだな。大前提として、この呪いそのものもかなり強い。聖女による葬儀を執り行ってなお、呪いとなっているのだから当然だけどね。けど、ある理由でさらに力を増している」

「ある理由、ですか」


 アリアの言葉に、マルガレーテが頷く。


「ディートハルトくん。きみは、妹さんの思いを……自分にかけられた呪いを、受け入れているだろう」

「……」


 ディートハルトはなにも答えないものの、彼女の言う通りだとアリアも知っている。呪いを解くと決めた今だって、妹の気持ちを蔑ろにする気はないだろう。


(……今考えることじゃないけど、旦那様のことを『ディートハルトくん』呼びなのね……。大聖女様ってすごいわ。王族相手でも変わらなさそう……)


 ルカに至っては彼女の真似をして「ディートハルトくん!」と口にしているが、マルガレーテは特に気にせず続ける。


「そうするとね。被呪者と呪いがより強く結びついて、解呪が困難になるんだ。逆に、被呪者が『お前の気持ちなんて知るか』『消えてなくなれ』と思っていると、解呪しやすくなる。……どうかな、ディートハルトくん。妹さんに対して、『お前の気持ちなんて知らない、消えろ』と思えそうかい?」


 ディートハルトが無言で首を横に振る。それを見て、マルガレーテはけたけたと楽しそうに笑った。


「そうだろうねえ。だから、この呪いは力任せに解くのは難しい。けどね、条件を満たせばアリアさんにも解呪できそうな感じがするんだ」

「その条件とは……?」


 ディートハルトが真剣にそう尋ねる。しかし、マルガレーテはへらりと首を傾げるのみだ。


「さあねえ」

「……」


 その答えにアリアとディートハルトは顔を見合わせ、ルカはマルガレーテの真似をして一緒に首を傾げる。夫婦の間に、さっき「大体わかった」と言ったではないかという空気が流れた。

 マルガレーテもそれに気が付いているだろうか、「あっはっは」と愉快そうにするだけだ。


「……私なら、面倒な条件など無視して今すぐ解呪することもできるけど、どうする?」


 彼女は笑みを深めてディートハルトを見つめる。


「……結構だ。妻の手で解いてもらいたい」

「おお~。お熱いね~。奥さんのことが大好きなんだね~」


 一切の迷いもないディートハルトの言葉に、マルガレーテはぱちぱちと手を叩く。「お熱い」「大好き」などと言われたアリアは気まずそうに頬を染め、ルカはやっぱりマルガレーテの真似をしていた。どうやら、ルカは彼女を気に入ったようだ。


「じゃあ、そうだな。アリアさんに解いてほしいなら、条件付きの解呪に挑戦するといい。力任せにやろうとすると、何年かかるかわからないからね」

「でも、肝心の条件がわからないのでは……?」

「私には、ね」


 アリアの質問に、マルガレーテは意味深に笑って見せた。やっぱり意味がわからなくて、アリアとディートハルトはまたしても顔を見合わせる。


「きみに呪いをかけたのは、妹さんだったね。元々はかなり仲がよかったみたいだけど……妹さん、相当怒ってる感じがするよ。ちょっとやそっとじゃ許してくれそうにない」

「では……」


 ディートハルトが目線を落とす。妹の許しを得ることはできないのだと思い、気落ちしているのだろう。そんな彼の前で、マルガレーテは得意げに指を振る。


「あのねえ。解呪っていうのは、心なんだ。まず、呪いそのものが死者の残した思いなんだからね。どうして妹さんがそこまで怒っているのか、残された者たちに対して何を望んでいるのか、死者に寄り添って考える必要があるんだよ」

「死者に、寄り添う……」


 アリアが確かめるように呟く。たしかに、嫁入り後に修業をつけてもらったときも、死者に寄り添う気持ちが大事だとは言われた。

 けれどそれはあくまで心構えの話だ。「解呪は心」だなんて話を聞いたのは初めてだった。きっと、大聖女たるマルガレーテの持論なのだろう。


(でも、寄り添うって具体的にどうすれば……? 気持ちの話でいえば、旦那様はもう十分すぎるほどにステラさんを尊重してる。それ以上、なにを……?)


 アリアが難しい顔をして考え込んでいると、マルガレーテはけたけたと笑う。


「なあに。そう難しいことじゃない。妹さんが好きだったものや思い出の品でも用意するといい。彼女が喜びそうなものを捧げて、願うんだ。三人で一緒に暮らさせてほしい、甥に触れることを許してほしいと」

「好きだったものや、思い出の品……」


 ディートハルトの言葉に、マルガレーテがうんうんと頷く。


「場所の可能性もあるね。妹さんの趣向なんて、私にはわからないだろう? だから、きみたちが見つけるんだ。彼女がなにを願っているのか。どうしたら、亡き彼女の心が安らぐのか。自分の息子をきみたちに預けてもよいと思えるのか。……探してごらん。ヒントは、自分たちの中にあるはずだよ」


 マルガレーテがディートハルトを指さし、胸のあたりにとん、と触れる。それから彼女は、「きみも、心当たりがあれば伯父さんに教えてあげるといい」とルカの頭を撫でた。


「さて、今日の話はこれで終わりだが……。アリアさん、明日もうちに来るといい。解呪についてレクチャーしてあげるよ。すぐさま西方に帰るわけじゃないんだろう?」


 マルガレーテは、これで仕事は終わりだと言わんばかりに身体を伸ばす。

 彼女に「どうだい?」と言われて、アリアはこくこくと激しく首を上下させた。アリアからすれば、大聖女直々に指導を受けることができるなんて、願ってもない機会だ。


「は、はい! よろしくお願いします!」


 アリアがお辞儀をすると、マルガレーテは「明日からよろしくね~」とひらひらと手をふり、別の部屋へ向かっていった。きっと、書斎に戻るのだろう。

 アリアはそれを見送ると、明日からの指導に向けて意気込んだ。



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