大聖女と解呪のヒント
「ハルにい、あれはなあに?」
馬車の中から風景を眺めるルカが声を弾ませる。向かいに座るディートハルトは、「どれだ?」と自身も窓の外へ目をやった。
「えっとね、あれ」
ルカが指さすが、ディートハルトに伝わる前に風景が流れてしまった。伯父に答えてもらえなかったことが不満なようで、ルカはぷんぷんと頬を膨らませる。
「ハルにい、もっと近くに来てよ。ぼく、さわらないから。ハルにいが呪われてるの、ちゃんとわかってるもん」
「……そうだったな。すまなかった」
彼が甥の頭を触る真似だけすると、ルカは照れながらはにかんだ。
時は少し遡る。
アリアが解呪に失敗したあと、夫婦はまずこの地域で最も位の高い聖女を訪ねた。
その結果、ディートハルトにかけられた呪いは非常に力が強く、アリアどころかその聖女でも解呪が難しいことが判明した。
そもそも、聖女による葬儀を執り行ったのに呪われた時点で、相当に強力な部類となるらしい。
そのうえ、呪いの発生自体が稀な現代では、呪いを解くことよりも発生を防ぐことに重点が置かれていて、解呪に特化した聖女は少ないそうだ。
「アリアさんに指南して呪いを解くとなると、十年以上かかる可能性も……。いえ、それだけかけても、無理な場合もあるでしょう」
静かに伝えられた言葉に、二人は目を合わせる。十年かけても無理かもしれないと言われて途方に暮れかける二人に、彼女はこうも教えてくれた。
「……王都に、この国で最も解呪に長けているとされる大聖女がいます。その方なら、もっと詳しいことがわかるかもしれません」
二人はその大聖女に望みをかけ、仲介を頼んだ。
それからさらに、大聖女からの返答を待つ間、二人はルカに呪いについて打ち明けた。
これまでは、伯父が呪われているだなんて知ったらショックかもしれないと考えて、黙っていた。しかし先日の一件もあり、このまま隠しているほうがルカが傷つき混乱すると判断したのだ。
呪いのせいでディートハルトが自分に触れないのだと知ったルカの反応は、意外にもさっぱりとしたものだった。
「呪い……。だから、ぼくにさわらなかったの?」
「ああ」
「だから、ねるときアリアが真ん中だったんだ」
「……ああ」
三人でベッドに入る際は、いつだってアリアが真ん中だ。それはちょっと変じゃないかと、ルカも心のどこかで思っていたのかもしれない。理由を知って納得したようで、「そっかあ……」と呟いていた。
ルカは「じゃああのときも」「このときも」と伯父が自分に触れてくれなかった場面を挙げ、ディートハルトは「呪いのせいで触ることができなかった」と答える。
「……ぼくのこと、嫌いじゃない?」
「当たり前だ。俺がお前を嫌っているはずがない」
「……そっか」
小さくそう言うルカは、ほっとしたようだった。
彼らを見守っていたアリアは、これで誤解が解けただろう、二人はもう大丈夫なはずだと安堵する。しかし、安心していられたのも束の間だ。
「ハルにいを呪ったのは、おかあさん?」
ルカがまっすぐにディートハルトに問いかける。
彼の母・ステラはルカの前でもディートハルトを拒絶していたと聞いている。だから、ルカも呪うほど伯父を嫌っている人物に、見当がついたのだろう。
こうも簡単に言い当てられるとは思っていなかったのか、ディートハルトは一瞬、目を見開いた。そして苦しそうに目を伏せたあと、「そうだ」と頷いた。
「……そっか。おかあさんが、ハルにいを……」
俯いてしまったルカの前でアリアとディートハルトは顔を見合わせ、言葉を探す。二人とも、ルカになんと伝えるべきかわからなくなっていた。重い空気の中、ルカはぱっと顔を上げた。
「じゃあ、アリアが呪いをといてくれるの?」
「え?」
そうくるとは思わず、アリアは驚く。たしかにその予定だが、当然、ルカにはまだ話していなかった。
どうしてわかったのかというアリアの動揺など意に介さず、ルカはなんでもないことのように続ける。
「アリアって、聖女さまなんだよね。アリアが、といてくれるんでしょ? ぼくとハルにいが、前みたいに仲良くできるように。おかあさんも、アリアならいいよって言うと思う。アリアは、ぼくの新しいおかあさんだから」
「ルカ……」
笑顔を見せるルカを、感極まったアリアが抱きしめる。彼から信頼や期待を向けてもらえることが、ステラもアリアを認めるだろうと感じてくれていることが、嬉しかった。
ディートハルトも加わり、二人まとめて抱きしめた。普段はルカに触れない彼も、今だけは大事な甥の温もりを感じたかったのだろう。
「ハルにい、ぼくにさわっていいの?」
「……今はいいんだ」
ディートハルトは目を閉じたままそう答える。ルカもまた、今までの時間を取り戻すかのように、静かに彼に寄り添った。
こうして三人は、「ディートハルトにかけられた呪いをアリアが解く」という目標を共有した。その後、件の大聖女からも「協力してもよい」と快諾の返事が来て、ディートハルトのスケジュールの調整も終わり、彼らは王都に向かった。
ブラント領から王都までは、馬車で片道一週間ほどかかる。今回はまだ幼いルカに配慮して休憩を多くするため、さらに二、三日は追加で必要になるだろう。
そうなると、行き来するだけで三週間近くかかり、さらには大聖女から教えを乞う時間も見なければならない。合計すれば、一か月はかかるだろうか。
ディートハルトがそれだけの休暇を用意できたのは、部下たちのおかげだ。
みな、これまで身を固めることもせずに真面目に働き、ようやく結婚したというのに新婚旅行にも行っていなかった団長を快く送り出してくれた。
王都までの道中はこれといったトラブルもなく、観光も兼ねて和やかに時間が過ぎていった。
そうして、アリアたちは王都に到着した。手紙に書かれていた住所と地図を頼りに、彼らは大聖女のもとへと向かう。
「……ここ、でしょうか」
大聖女直筆の地図を持つアリアが、自分の手元にある紙と目の前の建物とを見比べる。
三人の前にあるのは、年季の入った土造りの建物だ。こぢんまりとしていて、到底、大聖女という地位のある者が住んでいるようには思えない。
蔦が壁を這っていて、意図してこの外観にしたのか、ただ放置しているだけなのかもよくわからない。
「大聖女様の家が、これ……?」
アリアは何度か視線を上下させてから、首を傾げた。




