変わり始める気持ち ⑦
伯父が戦う姿を見て、ルカはすっかりパニックに陥っていた。アリアが大丈夫だと伝えても届きはしない。
ルカを宥めながら、アリアは過去にディートハルトが話してくれた内容を思い出す。
(そうだ、ルカのお父さんは魔物と戦って……)
ルカの父は、魔物との戦闘中にディートハルトを庇って亡くなった。ルカがどこまで詳細を知っているのかは不明だが、父が魔物と戦って戦死したことは聞かされていたのだろう。
(だから、旦那様が戦う姿を見て、怖くなったのね。また喪うんじゃないかって)
ルカの異常なほどの怯え方が痛ましくて、アリアも涙が出てしまいそうだった。
最近のルカは、今の暮らしにも慣れてきて元気に振る舞っている。今日なんて、ディートハルトに対して生意気な態度をとったりもした。
でもそれは表面上だけのもので、父母を亡くした痛みが、トラウマが、癒えているわけではなかったのだ。
「ルカ。大丈夫。大丈夫だから……。ハルにいさまは、絶対、無事に戻って来るから」
そう伝えても、ルカは叫び、暴れ続ける。アリアはそんなルカを必死に抱きしめ、その場に押さえつけた。そうしないと、ルカがディートハルトの前に飛び出していってしまいそうだった。
間もなく戦闘を終えて、ディートハルトがこちらにやってくる。ルカの前に跪く彼が持つ剣には、魔物の血がついていた。
「……ルカ」
「ハル、にい……」
涙を流すルカが、ディートハルトに向かって手を伸ばす。けれど、ディートハルトがその手を取ることはなかった。
「ハルにい、ハルにいさま」
ルカに何度も呼びかけられても、どれだけ手を伸ばされても、ディートハルトはそれに応えることはできない。
流石は騎士団長といったところか、剣に血がついていても、彼自身に返り血はついていない。それでも、ルカの手を取らない。
「どう、して。ハルにい。ぎゅってして。手を、つないで」
必死にそう紡ぐルカの声は、震えていた。ディートハルトは泣きそうに顔を歪めたあと、悔しそうに俯く。
「……すまない。すまない、ルカ。また、魔物が出るかもしれないから……」
「旦那様……」
ディートハルトだって、ルカに触れたいだろう。抱きしめて、安心させてやりたいだろう。けれど、今はできないのだ。
もしも衝動のままにルカに触れて、呪いの症状が出たら……彼は、剣を握れなくなってしまうかもしれない。いつも通りの力を出せなくなるかもしれない。
そうしたら、再び魔物が襲ってきたとき戦えない。ルカを守ることができない。
ディートハルトは、ルカを守ろうとしている。妹夫婦に代わり、ルカを守り抜こうとしている。だからこそ、触れない。
「なんでダメなの? ハルにい……。ぼくのこと、きらいなの? なんで? どうして?」
俯くだけのディートハルトの前で、ルカはわんわんと泣き続けた。
屋敷に戻ると、泣き疲れたルカは眠ってしまった。アリアはそっとルカの頭を撫でてから、部屋を出る。
するとドアの外で待っていたディートハルトに「話がある」と声をかけられて、二人は彼の私室へ向かう。
ローテーブルを挟んでソファに腰かけ、二人は向き合う。ディートハルトは、神妙な面持ちのまま語り始めた。
「俺は、ステラの……。亡き妹の遺志を優先すべきだと考えていた。俺がルカに触れることをステラが許さないのなら、それを受け入れるべきだと思っていた」
「……」
なんと言えばいいかわからず、アリアは目を伏せる。
「……少し前に、リアムくんがうちに来ただろう。そのとき、俺は羨ましかったんだ。なんのしがらみもなくルカに触れることができる彼を見て、自分もそうできればと思った。だが、それだけでは踏ん切りがつかなかった」
「旦那様……」
ディートハルトは自身の額を押さえ、苦しそうに話し続ける。
「俺は……善人ぶりたかったのかもしれないな。妹夫婦を死なせた自分でも、ステラにとっていい兄なのだと。妹の遺志を尊重できる人間なのだと、そう思いたくて、呪いを解かないと言い張っていたのかもしれない」
「そんな、こと……」
アリアは彼が誠実で家族思いな人だと知っている。善人ぶろうとしているのではなく、事実、善人なのだ。けれど、彼が思い至った可能性を完全に否定することもできず、言いよどむ。
ディートハルトは、そんなアリアに対して「大丈夫だ」とでもいうように首を横に振った。
「ステラの思いも、無下にしていいものではない。けど、それ以上に大事なものがあったんだ。今の俺が大切にすべきは……目の前にいる、ルカときみだ」
「……!」
アリアが目を見開く。彼がどう考え、なにを決断したのか、もうわかった。大切な人の中に自分もいれてもらえたことも、嬉しかった。
「……本当は、ずっと悩んでいた。このままでいいのかと。呪いを解かずに、ルカと過ごし続けることができるのかと。その答えが、今日わかった。呪われたままではダメなんだ。もう、意地を張るのはやめだ。呪いを、解こうと思う。きみたちと、ともに暮らしていくために」
「……はい」
アリアの目尻に涙が浮かぶ。自分でそれを拭ったとき、彼の目にも光るものが滲んでいたような気がした。




