変わり始める気持ち ⑤
好き、なのかもしれない。
アリアは彼のことを異性として意識し、恋愛感情を抱いてしまったのではないだろうか。
たしかに、予兆はあった。ディートハルトのことを、真面目で優しい家族思いな人だと思い始めていた。いつの間にか、それが彼を慕う気持ちに変わっていたようだ。
自分は、彼に恋している。初めて気が付いた感情に戸惑い、アリアは胸を押さえたまま黙り込む。
そんなアリアを心配してか、ディートハルトは「アリア?」と名前を呼んでくる。
返事をできずにいると、彼はぐいっとアリアに近づき、顔を覗き込んできた。
突然の接近に、アリアは慌てて彼から距離をとる。するとその際、砂に足をとられて後ろに倒れそうになってしまった。
「わっ……」
「アリア!」
流石は騎士団長といったところか、彼は妻の身に迫る危険を見逃したりはしなかった。
ディートハルトはアリアの腕を引き、自分の胸の中にしまいこむ。アリアを抱きしめる彼が、安心したように小さく息を吐くのがわかった。
「……大丈夫か?」
少しだけ身体を離されてそう問われる。彼の端正な顔立ちがすぐそばにあって、アリアは息をのんだ。
いたく真剣な彼からは、下心など微塵も感じられない。ただただアリアが怪我をしないよう、ずぶ濡れになったりしないようにと咄嗟に動いてくれたのだろう。
「だっ、大丈夫、です……」
彼の胸に手を置きながら、アリアが答える。どちらかが少しでも顔を動かしたらキスしてしまいそうだ。
彼への恋心を自覚した今、こんな距離に、彼に触れられることに、耐えられそうにない。
けれど離してほしいとも言えなくて、彼のほうから離れてくれることもなくて、両者見つめ合う。
それから、どれだけの時間が流れたのだろう。一瞬だったかもしれないし、何分もそうしていたのかもしれない。
寝起きはともかく、互いにはっきりと意識があるときにこうして触れ合うのは初めてだった。アリアはもう、彼から目が離せない。時が止まってしまったようにも感じられる。
ディートハルトも同じだったのか、熱くアリアを見つめ続ける。
「……アリア」
「っ……」
彼の大きな手が、アリアの頬に触れる。くすぐったくて、彼女はぴくりと身震いした。
(身体が、熱い……。もっと、触って、ほし……)
期待交じりにアリアがディートハルトを見上げる。すると、目の前の彼がごくりと唾を飲み込むのがわかった。
彼は意を決したように表情を引き締めると、徐々にアリアに顔を近づけてくる。二人の唇が重なるまであと少し……となったときだった。
「ひゃー……」
どこかからそんな声が聞こえて、二人は正気を取り戻す。
さっと身体を離して岸のほうを見れば、頬を染めたルカが口元を押さえていた。先ほどの声は、キス直前の伯父夫婦を前にして、思わず出てしまったものなのだろう。
(あ、危なかった……! 雰囲気にのまれて、つい……!)
ディートハルトを浅瀬に置き去りにして、アリアは足早に岸へ向かう。顔を真っ赤にしたままの彼女は、夫が名残惜しそうにしていることになど気が付かなかった。
その後は、釣りや湖畔の散策をした。釣りに関してはごく短い時間のみ真似事をしたに過ぎないから、何も釣れなかった。それでも、ルカはアリアと一緒に竿を持つだけでも楽しかったようだ。
散策中には、ルカが花をつけた木を見たがった。
ルカの身長ではよく見えないだろうとアリアが抱き上げたものの、ルカは不満なようで、「もっと高く」とディートハルトに抱っこをねだった。「いいよ」とも「ダメ」とも言えずディートハルトが困っていると、地面におろされたルカが俯く。
「……リアにいは、抱っこしてくれたもん」
その声は今にも泣きそうで、夫婦は顔を見合わせる。
ルカはディートハルトが呪われていることを知らない。母が伯父を呪ったなんて、まだ幼いルカに言えるはずもない。だから、彼は伯父が自分に触ってくれない理由だってわからない。
少し前に会ったリアムは気軽に抱き上げてくれたから、ディートハルトに対して「どうして」という思いが募っていたのだろう。
(……そりゃあ、寂しいわよね。心の距離は近づいても、物理的には避けられてるって、ルカだってわかってたはずだわ)
そうは思っても、呪われているディートハルトがルカに触れるのは難しい。撫でれば手が、抱き上げればそれに加えて腹部や胸部が焼けるような痛みに襲われ、痕も残る。
ディートハルトは騎士団の団長でもあるから、ルカを撫でたせいで手がまともに使えなくなり、いざというとき出動できなくなってもいけない。
伯父と甥でうかつに触れ合わないよう気を付けている今だって、時折アリアが彼の手当てをしているのだ。うっかり触れてしまった分だけでも、ディートハルトの身体には痛々しい痕が多々ついている。
「ルカ。抱っこなら、私が……」
アリアが腰を屈めてそう話しかけても、ルカの表情は晴れない。甥に触れない事実をまざまざと突き付けられたディートハルトも同様で、悲しそうに目を伏せてしまった。
結局、湖にいるあいだルカの機嫌が治ることはなかった。少しでもルカに笑顔になってほしかったのか、馬車に乗り込む際、ディートハルトがこう提案する。
「……帰りに、景色のいい丘にでも行ってみないか?」
既に馬車に乗り、席についていたルカはむすっとしながらも頷いた。




