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変わり始める気持ち ④

 午前中のうちには湖に到着し、アリアとルカは浅瀬で水遊びをする。

 アリアの足首ほどまでの深さで、水の動きも緩やかで安全だ。これなら、ルカが波にさらわれたりはしないだろう。

 ほとりには布が敷いてあり、ディートハルトはそちらに座って二人を見守っている。万が一のときルカを守るため、複数名の護衛も一緒だ。


「ハルにい!」


 ルカがディートハルトに向かって手を振ると、彼も手を振り返す。その姿は、はしゃぐ妻子を見守る父となんら違わなかった。


(旦那様、本当に変わったわよね……。結婚したころは、あんな冷たい顔してたのに)


 今の彼は、穏やかで、優しくて、ちょっと寂しがり屋で……。朝にはべったりとくっついてきたりもして、あの頃とは別人のようだ。

 もしかしたら、こちらが家族の前で見せる、本来のディートハルトなのかもしれない。


(ステラさんたちを喪ったばかりだったんだもの。あのときは、旦那様も平常心でなんていられなかったんだわ。……優しいこの人が笑えるようになって、よかった)


 そんなことを考えていると、アリアとディートハルトの目が合う。彼は、アリアに対しても手を振ってくれた。

 アリアが照れながらそれに応えると、先ほどまでぱしゃぱしゃと水で遊んでいたルカが「んー」と言いながら身体を左右に揺らし始める。


「ルカ? どうしたの?」

「なんか、つかれてきちゃった……」


 ルカは膝に手をつき、がっくりと項垂れる。どこか芝居がかるその仕草が可愛くて、アリアは笑みを漏らす。


「あら。じゃあ、ハルにいさまのところで休みましょうか」


 アリアがルカに向かって手を差し伸べる。けれどルカはその手を取らず、一人で岸へ向かう。


「んーん。アリアは遊んでていいよ」

「へ?」


 予想外のことにアリアが首を傾げる。「遊んでいていい」とはなんだろう。アリアだけで水遊びを続けていいと言いたいのだろうか。


(その気持ちはありがたいけど……。一人で続けるのは、ちょっと……)


 浅瀬で遊ぶのは楽しい。けれどそれは、水をかけあったりする相手がいるからだ。一人で水の中にい続ける気にはならず、自分も岸に戻ろうとした、そのときだった。


「ハルにい! アリアとあそんであげて!」


 ルカが珍しく大きな声を出し、ディートハルトを呼ぶ。まさか大人二人で遊ぶよう促されるとは思わず、夫婦は揃って「え?」と間の抜けた声を出した。

 ずんずんとディートハルトに近づいたルカは、ぺしぺしと伯父の肩に触れる。軽い接触でも呪いの症状が出ているようで、ディートハルトは「うっ」と渋い顔をしていた。


「ハルにい? アリアを一人にしちゃ、ダメでしょ? 行ってあげないと」

「わ、わかった……。お前はここにいるんだぞ」

「おとなしくしてるもんね」


 たじたじのディートハルトが立ち上がると、その代わりのようにルカが敷き布の上に座る。ルカは「どこにも行かないよ」「ちゃんと二人のこと、見てるから」と言って得意げだ。

 そうして、ディートハルトがアリアのもとにやってきた。二人とも、どうしたらいいかわからず、無言のまま浅瀬で見つめ合う。


(最近は柔らかくなったとはいえ……。二人で遊んだことなんてないわよ!? どうすればいいのよ! せめてルカも一緒なら……)


 アリアは助けを求めるような気持ちでルカを見やる。彼は見守るような瞳でこくこくと頷くだけだ。

 思えば、ルカは過去にアリアと弟のリアムを見て浮気ではないかと心配していた。きっと、継子のルカとしては伯父夫婦に仲睦まじくあってほしいのだろう。

 だから今も、ディートハルトと交代して夫婦の時間を作ろうとしているに違いない。


(ル、ルカっ……! 気遣いはありがたいけど、私たちの間に愛とかないのよっ……!?)


 しかも、夫婦で遊ぶには水深が足りない。

 まだ小さいルカなら、屈んでアリアに水をかけたりもできる。けれどアリアよりも身長の高いディートハルトが、足首までの深さで同じことをするのは無理だろう。

 どうしたものかと考えていると、ぱしゃぱしゃと水音が聞こえ始める。他でもないディートハルトが、その場で足踏みするかのように動き始めたのだ。


「だ、旦那様……?」


 アリアがおそるおそる声をかけると、彼はふわりと笑った。


「水遊びなんて久々だが……。足を水につけるだけでも、存外楽しいものだな」


 その表情が少年のようにも見えて、アリアはドキっとする。

 続けて、彼が沖を眺めながら「ボートに乗れば魚も見えるんじゃないか?」なんて子供みたいなことを言い出すから、アリアは胸をぎゅっと押さえた。

 彼の無邪気な行動や発言に、姉心をくすぐられてしまったのだ。


(どうしよう……。旦那様が可愛く見える……)


 結婚したその日に「勘違いするな」だとか「きみを愛さない」だとか言われ、冷遇されたというのに、随分と絆されたものだ。可愛いと感じるなんて勘違いだと、アリアは自分に言い聞かせる。

 だって、もしもアリアが彼を愛おしく思うようになったって……彼は、アリアを愛したりしないのだから。

 ディートハルトは、あの日の宣言を撤回していない。アリアを愛することはない、愛などもってのほかだという彼の考えは、変わっていないのだ。


(私たちは、あくまでもルカをともに育てるパートナー。家族ではあるけど、男女の愛はない)


 今まで幾度となくそう考えてきた。それでいい、なんの問題もないはずだと思っていた。

 家族として機能し始めているのだから、それで十分だ。

 男女の愛とか、夫婦の契りだとか、そんなものは必要ない。けど、どうしてか――。


(……あれ?)


 それだけでは嫌だと、思い始めている自分がいた。


(私、もしかして……。旦那様に、愛されたいの? 『家族』じゃなくて、妻として……女性として。それって、私、旦那様のこと……)


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