変わり始める気持ち ③
ある日の朝も、アリアはディートハルトに抱きしめられたまま目を覚ます。一緒に眠りついたはずのルカはベッドにおらず、二人きりだ。
(ここ最近は、朝一番に見る光景が旦那様の顔でも、驚かなくなってきたわね……)
ぼんやりしたまま、アリアはそんなことを考えた。試しにぺちぺちと夫の頬に触れてみると、彼は「うう……」と眉間に皺を寄せた。ディートハルトは朝に弱いタイプなのだ。
「だんなさまー。起きてください、だんなさまー」
同じく、アリアも朝に強いほうではない。この家族の中で、起きてすぐに動けるのは幼いルカだけだった。
ぼうっとしたままの二人は「おきてください」「もうすこし……」とふわふわした会話を続ける。
「旦那様がはなしてくれないと、うごけないんですよお……」
アリアが夫の腕の中でもがく。すると、離れないでほしいかと言うようにより強く抱きしめられる。
それでも彼女が「はーなーしーてー」と弱く抵抗を続けると、彼は少し考えたあと、アリアの額に唇を落とした。
「……え?」
抱きしめられるのはよくあることでも、キスされるのは初めてだった。
彼女が呆然とディートハルトを見上げると、彼は愛おしそうに青い瞳を細めた。寝起きだからか、瞳がとろんとしていて普段よりも色気が増している。
「きみを、はなしたくない……。一緒にいたいんだ……」
「~~っ!?」
こんなことを言われて朝を過ごすなんて、まるで愛し合う夫婦のようではないか。彼のせいでアリアの体温は急激に上がり、心臓もどくどくと音をたてる。眠気なんて、一気に吹き飛んでしまった。
「だ、旦那様、それって……」
彼の気持ちを知りたくなって、アリアは期待交じりにそう口にした。もしかしたら、彼に求められているのかもしれないと思ってしまったのだ。
しかし、彼はといえばアリアの心など知らず、うとうとしたままだ。
「もう少し寝よう……」
ディートハルトはアリアの質問になど答えることはなく、二度寝を決め込んだ。アリアの一撃が顎に決まり、寝坊助が目を覚ますまで、あと十秒。
(まったく、なんなのかしら。最近の旦那様、なんか変よ!)
朝の支度を済ませたアリアは、食堂へ移動する。そのときには既にルカとディートハルトが食卓についていて、アリアを待っていた。
結婚したころは食事も別々だった。ルカを養子に迎えたことを機に変わり、今では三人一緒に食卓を囲むのが当たり前になっている。
「おはようございます。旦那様、ルカ」
「おはよー、アリア」
「おはよう」
アリアが席に着くと使用人が食事を運んできて、三人揃っての朝食がスタートした。
まだフォークを上手く使えないルカが口元を汚すと、使用人が拭く。それに対して、ルカは「ありがと!」と笑いかけていた。
(ルカも、もう大丈夫そうね)
屋敷に来たばかりのルカは、他者を恐れて一人で食事をとっていた。けれど今は、使用人が出入りしても気にする様子はない。
自分はこの家の子で、使用人にとっても大切な存在なのだと思えるようになっているのだろう。
(変わったといえば……。旦那様もよね)
アリアはちらりとディートハルトへ視線をやる。それに気が付いた彼は、柔らかく微笑んだ。「どうした?」と優しく聞かれたような気分だ。
「っ……!」
起床時のことを思い出してしまい、アリアは彼から目をそらす。
ディートハルトはといえば、そんな彼女を見てきょとんとしていた。どうしてそっぽを向かれたのかわからず、不思議なのだろう。
二人のやりとりを見ていたようで、ルカがディートハルトを慰める。
「ハルにい、アリアにむしされちゃったの?」
「されちゃった、な……」
「んっ……」
彼らしからぬ言動に、アリアの食事の手が止まる。ディートハルトが困ったように眉を寄せ、しゅんとしているのもポイントが高い。
(されっちゃった、されちゃったって、なに!?)
ルカに合わせてそう言ったのはわかる。わかるけれど、イメージが違いすぎる。
(『されてしまったな』とかじゃないの!?)
普段は堅い男のお茶目な一面に、アリアは悶えた。そんな彼女の状態を知ってか知らずか、ディートハルトはカップを置いて穏やかに話し出す。
「そうだ。アリア、ルカ」
「は、はい」
「なーに?」
アリアとルカがほぼ同時に返事をすると、ディートハルトは続ける。
「今日の休暇なんだが……。よければ一緒に湖にでも行かないか? 水遊びや釣りもできるし、ボートにも乗れるぞ」
「水あそび!? つり!? ボート!?」
ルカが瞳を輝かせると、ディートハルトは優しく頷く。
「いく! アリアも一緒にいこ!」
「え、ええ……」
ルカにそう言われてしまっては、アリアも頷くしかない。もちろん、一緒に行くのが嫌だと思っているわけではない。ディートハルトが自らそんな提案をするようになったことに、驚いていたのだ。
アリアが「行きましょう」と答えると、ルカはご機嫌に食事を再開した。




