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変わり始める気持ち ① sideディートハルト

 ブラント家を出発したディートハルトは、騎士団の本部へと向かう。

 これから演習があり、それを第一王子のアシュリーが見に来る予定なのだ。演習の指揮は副団長に任せていて、今回のディートハルトの仕事はアシュリーの相手をすることだった。

 道中の馬車の中、ディートハルトはついつい先ほどのアリアとのやりとりを思い出してしまう。


(ルカのため、か……)


 二人の結婚生活は、現状、ルカのために維持されているといっても過言ではない。

 本来は、アリアに子を産んでもらわなければならなかった。けれど公爵家の血を継ぐ男児なら、既にルカがいる。

 ルカを後継者とするなら、二人は子供を作る必要すらないのだ。アリアの役目は、後継ぎを産むことからルカを育てることに変わったといってもいいだろう。

 だから、アリアの答えはなんら間違っていないはずだ。ルカを放っておけないという彼女の言葉そのものは、ディートハルトにとってもありがたいことだった。

 そのはずなのに、それだけでは満足できなくなっている自分がいた。


(……少しは彼女に好かれていると、思いたかったんだろうな)


 ディートハルトは自嘲気味に笑う。そう、彼は妻に好かれたいと思い始めていたのだ。


(俺のような人間が他者に期待してはいけない、愛など求めてはいけないと……思っていたんだがな)


 元々、ディートハルトはアリアになんの期待もしていなかった。よき妻になることを求めるつもりもなかった。

 何故なら、彼女は公爵家の次期当主に縁談を持ち込まれて、断ることなどできない立場だったからだ。家の支援をする、と金の話も持ち出して、ディートハルトは彼女の逃げ道を断った。

 それでも断るなら、王命だと明かすつもりだった。そうして無理やり嫁がされた女性に、妻として優秀であれと求めることなどできるだろうか。


 それに、ディートハルトも結婚に乗り気ではなかった。

 妹夫婦が自分のせいで亡くなったというのに、自分だけ幸せになろうと思えるはずもない。愛し合う温かい家庭を築くなんて、望めなかった。

 こういった事情から、彼はアリアを突き放した。

 いつか子供だけは儲けねばと思っていたが、それ以外は何も求めないつもりだった。

 愛のない結婚生活を強いる代わりに、不自由のない生活を送らせればいいと思っていた。


(彼女に対する見方が変わったのは、初めてルカを連れてきた日だったか)


 高熱を出したルカを屋敷に連れ帰ったあの日、アリアは迷うことなくルカの治療を行った。あのとき、ディートハルトは彼女がルカを迎え入れてくれたことに大層驚いたのだ。

 以降も、彼女はルカと積極的に関わってくれた。呪いについても、無理に詳細を聞き出そうとはしなかった。

 彼女からすれば他人の子のはずなのに、ルカを引き取りたいと言ってくれた。オドラン夫妻がやってきた時にも、共にルカを守ろうとしてくれた。ルカと家族になってくれた。


(ルカが笑顔でいられるのは、他でもない彼女のおかげだ。お節介で、強引で……。なんだこの女はとも思ったが、いつしか、彼女の存在に救われていた)


 妹夫婦に不幸があってからのディートハルトは、家に帰りたいとは思えなくなっていた。仕事に没頭しているほうが、楽だった。だから、無理な働き方をしている時期もあった。

 けれど、今は違う。アリアとルカのいる家に帰りたいと思う。彼女に「旦那様」と声をかけてほしいと思う。この先も、二人と一緒に過ごしたい。

 そして、できることなら……。彼女がブラント公爵家で暮らす理由に、自分も加えてほしかった。ルカだけでなく、あなたのそばにいたいのだと、言われたかった。

 そこまで考えて、彼は盛大な溜息をついた。


(あんな突き放し方をしておいて、よくもそんな風に思えたものだな……)


 結婚から二か月と少しが経った今、彼は自分の過去の言動を後悔し始めていた。

 アリアだって、あの頃は新しい生活に不安もあったことだろう。だというのに、ディートハルトは彼女にひどいことを言った。

 事情があったとはいえ、人様の家の娘を強引に娶っておいて、よくもあんな態度がとれたものだと自分でも思う。


(……彼女の中では、夫婦の愛など今までもこれからも存在しないものになっているかもしれないな)


 結婚初日に、ディートハルトは「夫婦の愛などもってのほかだ」と彼女に告げた。もはや、過去の自分があの発言をする前に殴って止めたい気分だった。


「あんなことを言わなければ、彼女も、少しは……」


 自分を意識してくれたのではないだろうか。そんなことを考えても、時が巻き戻ったりはしない。ディートハルトは、人の目がないのをいいことにがっくりと項垂れた。



 本部に到着し、アシュリーを出迎える。ディートハルトを見つけると、彼は「やあ」とにこやかに手を振った。

 アシュリーはルカの歓迎パーティーの日に顔を出して以降、西方地域に滞在している。各地を視察し終え、そろそろ王都に帰るつもりだそうだ。

 軽くお茶をしてから二人は演習場に移動し、上部に設けられた特別席から団員たちを見おろす。


「それでさあ、奥さんとはどう? 上手くやってる?」

「……演習の見学にいらしたのですよね?」

「まあまあ。みんなが頑張ってるところも、ちゃんと見てるよ」


 この男は一体何をしに来たのかと、ディートハルトは彼に聞こえるよう息を吐く。するとアシュリーは、「相変わらずお堅いなあ」と軽薄に笑った。


「そんなんじゃ、アリアさんとも上手くやれないんじゃないか?」

「……」


 図星をつかれて、ディートハルトは黙り込む。にやにやするアシュリーをひと睨みしてから、彼は重い口を開いた。


「……俺は、堅いか」


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