新婚なのに、旦那様が愛人の子を連れてきた!? ②
アリア・アデールは、腰まで届く赤みがかった茶髪に、緑の目を持つ、由緒正しき伯爵家の令嬢だ。
幼いころは貴族の娘らしい生活をし、淑女としての教育だってしっかり受けていた。けれど彼女が十歳のころ、雲行きが変わった。
アデール伯爵家の領地で、魔物が大量発生してしまったのだ。
魔物の討伐には成功したものの、事態の収拾にかかった費用と、残された影響は甚大なものだった。
そこで、伯爵家当主の父は私財を投げうち、領地の再興に乗り出し、民の生活も援助した。
その結果、アデール伯爵家は貧乏になり、没落したのだった。
使用人の給金も出せなくなり、アデール伯爵家に残ったのは執事とメイドが一人ずつだけだ。
アリアには弟が四人いるが、二人しかいない使用人に彼らの世話を任せることもできず、弟の面倒を見たのは彼女だ。
そんなことだから、家事に炊事に裁縫に……と家庭的なスキルは高まったものの、貴族のご令嬢らしさには欠けていた。
お淑やかにしていてはやんちゃな弟たちを渡り合えないから、彼女自身もお転婆になっていった。
家は没落し、身だしなみを整える余裕もないから、アリアは社交の場にもほとんど出られない。
本人も淑女というよりはお転婆娘。そうなると、アリアが年頃になっても良い縁談などなかった。
十代半ばになっても浮いた話の一つもなかったとき、アリアは焦った。
少々特殊な環境だったとはいえ、アリアだって貴族の娘だ。
いつかは誰かに嫁ぐことになると思っていた。なのに「会ってみたい」と異性に言われることすらほとんどなくて、彼女なりに悩んだりもしたものだ。
しかし、十八歳の誕生日を迎えて少し経ったころ、転機が訪れる。
なんと、十八になった女性を対象に行われる能力検査で、聖女としての素質があることが判明したのだ。
教会の女性に「あなたには特別な力があります」と言われたとき、彼女はこう思った。
(これなら、結婚できなくても、聖女としてお勤めして家計の助けになれるわね!)
アリアは方向性を切り替え、聖女として働くことを決めた。
そうして「これからどんどん修業して、ばりばりお勤めしちゃうわよ!」なんて思っていたところで、またまた展開が変わった。
ある晴れた日のことだった。家庭菜園の世話をするアリアの元に、父が慌てて駆けてきた。
何事かと思えば、手紙を持った父は「お前に結婚の申し込みがきた!」なんて言っている。
息が上がっているのに、顔はどこか青ざめて見えて、そのときの父の慌てようときたら大変なものだった。
「ディートハルト・ブラント……?」
父から手紙を受け取り、アリアは首を傾げる。
結婚を申し込んできた相手は、ディートハルト・ブラントだった。
このラテース王国の西方地域を束ねる公爵家の次期当主で、西方騎士団の団長でもある。
アデール伯爵家も西方地域に属しているため、流石に名前ぐらいは知っている。
けれどアリアからすればディートハルトは雲の上の存在すぎて、言葉を交わしたことなどない。
没落前に姿を見たことぐらいはあるかもしれないが、昔のことすぎて記憶にはなかった。
「我が家への支援もしてくれるそうだが……。会ったこともない、七つ上の男だ。返事は今すぐにでなくとも……」
娘思いの父は、ハンカチで汗を拭いながらそう言ってくれた。だが、当のアリアはこの結婚話に乗り気だった。
(実家への支援つき!? しかも次期公爵様!? 年だって七つしか違わない。これ以上ない縁談だわ!)
彼女は目を輝かせ、はっきりとこう口にした。
「……します! 結婚、します!」
農作業中だったアリアの服にはどろがつき、傍らには収穫した野菜がのったかごもある。そんな状態のまま、彼女は結婚を即決した。
公爵家によるアデール家への支援という条件が、アリアにとってはこれ以上ないほど魅力的だったのだ。
彼女自身、近々働きだすつもりではあった。
けれど、小娘一人の稼ぎと公爵家の財力、そのどちらが家のためになるかといえば、答えは明白だ。公爵家の支援を受けるほうがいいに決まっている。
こうして、没落伯爵家の娘、アリア・アデールと、公爵家次期当主ディートハルト・ブラントの婚姻話はとんとん拍子に進み、手紙の到着から二か月後には挙式をあげることになったのだった。




