歓迎パーティーと、結婚の真相
「ルカ。改めて……ブラント家へようこそ!」
ルカと手を繋いだアリアが、ダイニングの扉を開く。
カラフルな飾り付けがされたその空間を見て、ルカは「わあ……!」と瞳を輝かせた。
オドラン夫妻との一件から一週間ほどが経ったこの日、ルカの歓迎パーティーが開かれていた。
養子縁組もつい先日完了し、彼は正式にブラント家の一員となったのだ。
ディートハルトの休暇に合わせて開催したために彼もいて、はしゃぐ甥を静かに見守っていた。
(正式に養子にしたっていうのに、ちょっと距離があるのよね)
ルカに「一緒にいたい」と言われたあの日以降、ディートハルトがルカを拒絶することはなくなった。
あの後、改めてアリアが養子の話を出したときも、「わかった」「それでいい」とあっさり了承してくれたのだ。
けれど、自ら進んでルカと遊んだり話しかけたりはしない。ルカから誘えば、応じてはくれるのだが……。ディートハルトなりに、まだ思うところがあるのだろう。
(まあ、仕方ないわね。亡くなった妹さんかその旦那さんのどちらかに呪われてるんでしょうし。故人の遺志を尊重したい気持ちも、わからなくはないわ)
アリアはちらりと夫を見やるにとどめ、ルカと遊び続ける。
このパーティーに参加しているのは、ブラント家の三人と、ヘレンや庭師を始めとするルカと親しい使用人数名だ。
ヘレンたちには「使用人の自分が参加するわけには」と遠慮されたが、ルカのために盛り上げたいのだと言えば応じてくれた。
庭師自作の絵を使ったクイズ大会も開催され、ルカは「はい!」と元気に手を挙げて楽しんだ。
二時間ほどが経つと、疲れてきたのかルカがうとうとし始める。お昼寝にもちょうどいい時間だからと、アリアはルカを連れてダイニングを出た。
二人は手を繋ぎ、ルカの部屋に向かう。これまでは客室を使っていたが、養子となったことを機に改められ、今は夫婦の部屋に近い一室がルカ専用となっている。
移動中、彼は眠気でぽやぽやとしながらもこう口にした。
「ねえ、アリア。ぼく、『ルカ・フランセル』じゃなくて、『ルカ・ブラント』になったの?」
「ええ。あなたはもう、私たちの家族よ」
「かぞく……」
ルカが噛みしめるようにそう言った。彼は両親を失い、その後も辛い目に遭っていた。
まだ幼いルカが発した「家族」というたった一言が、アリアにはとても重く感じられる。
ルカを守るためとはいえ、養子にして改姓させたことも、正しい選択なのかどうかわからなかった。
(『フランセル』は父方の姓なのよね。もしかしたら、ルカは元の姓のままでいたかったかもしれないけど……。正式に公爵家の一員になったのだと外部に示すには、養子にしてブラント姓にするのが一番だった)
ルカの父は伯爵家の三男で、既に亡くなっている。
フランセル姓のままでいたら、後ろ盾がないと判断されたルカが危険な目に遭う可能性もあった。それを防ぐための、養子縁組と改姓だ。
ルカの両親に悪い気はするが、きっとこれでよかったのだろう。アリアは自分にそう言い聞かせ、ルカをベッドに寝かせた。
ルカが眠りについたころ、なんだか部屋の外が騒がしくなってくる。ばたばたと足音がして、慌てるような声も聞こえた。
なにかしら、とアリアが外に出ると、たまたま通りかかった執事のウォルトが「奥様!」と呼びかけてくる。
「なんだか騒がしいけど……。どうしたの?」
「そ、それが……。急なお客様がいらして……」
「……お客様?」
まさかまたオドラン夫妻が来たのかと、アリアは眉を顰める。先日ディートハルトに追い返され、ルカに近づくなと命令されたのに懲りないものだ。
しかし、アリアの考えを読み取ったのであろうウォルトは首を横に振る。
「今回は、オドラン夫妻などではなく……。その……」
彼は汗をハンカチで拭い、困った様子だ。じゃあ誰かしら、とアリアはきょとんとする。それとほぼ同時に、背後に人の気配を感じて振り返る。
「やあ、アリアさん。実際に会うのは初めてだよね」
そこには、なんとも胡散臭い笑みを浮かべた金髪の男がいた。
(……誰?)
一つに括られた金の髪はキラキラと輝き、手入れが行き届いているのがわかる。
身に纏う衣服もどう見ても超がつくほどに上質で、到底、庶民の出で立ちではない。
さらにはアリアのことを知っているとなると、全く無関係の人間ではないのだろう。けれどアリアには心当たりがなく、訝しむ。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、男は「だよねえ」とへらへら笑った。
「俺はディートハルトの親友のアッシュ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……?」
アッシュと名乗る男が手を差し出してきたから、アリアも戸惑いながらもそれに応えようとする。
(名前を聞いても誰だかわからないけど……。使用人たちが追い出そうとしないんだから、旦那様の知り合いなのは確かよね)
しかし、二人が握手を交わす直前、どたどたと乱暴な足音が聞こえてくる。何事かと目をやれば、そこには珍しく慌てた様子のディートハルトがいた。
「おい、アシュリー! いきなりやってきて勝手に屋敷の中をうろつくな! 少しは自分の立場を、考え……」
そこまで言って、彼はアリアがいることに気が付く。足早に近づいてくると、謎の男とアリアの間に入り、妻を自分の背に隠した。
彼に守られているような状態だが、アリアには何がなんだかわからない。
(……アシュリー? さっき、本人は『アッシュ』って名乗ったけど……)
アリアが首を傾げている間、ディートハルトと男は「何をしにきた」「そんな邪険にしないでよ」などと会話している。
「……あの、旦那様。この方は……」
アリアがディートハルトの服を摘まみ、問いかける。すると彼は、嫌々といった様子で振り返る。
「こいつは…………」
彼はそこで一度言葉を切り、咳払いする。それから姿勢を正し、手のひらで謎の男を示す。
「この御方は、ラテース王国第一王子、アシュリー殿下だ」
「だっ、だいいち、おう、じ……?」
思いがけない返答に、アリアは驚きで硬直する。第一王子がなんの連絡もなくいきなり現れるなんて、なんの冗談だろう。けれどディートハルトはこんな嘘をつくタイプではない。
王子に自分から挨拶すべきだとわかっているのに、アリアはあまりのことに言葉を失う。
貧乏伯爵家で育ち、王都に行く機会もほとんどなかったアリアにとって、第一王子など一目見たことがあるかどうかも怪しい、雲の上の相手でしかなかった。
「あーあ、バレちゃった。どこぞの貴族の『アッシュ』としてお話しさせてもらおうと思ったのになあ」
対するアシュリー王子は、いたずらが成功した子供のように無邪気に笑っていた。




