新婚なのに、旦那様が愛人の子を連れてきた!?
教会の鐘の音が響き、柔らかな日差しの下を小鳥たちが軽やかに飛び回る。雲一つない快晴は、新しい門出にふわさしい。
この日は、ブラント公爵家嫡男のディートハルトと、伯爵令嬢アリア・アデールの結婚式が行われていた。
西方騎士団の団長でもあるディートハルトは騎士団の礼服を身に纏い、アリアは純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
神父に促され、二人は教会堂のステンドグラスの前で、誓いのキスを交わす。
アリアが人前でのキスに恥じ入っていると、ディートハルトは青い瞳を細めて見つめてきた。
「っ……」
彼の表情からは、妻となった女性への愛情が感じられる。
端正な顔立ちの彼にそんな顔をされて、心動かされない女性などいるだろうか。
新婦のアリアも例外でなく、とくんと胸を跳ねさせた。
まるで愛ある結婚のようで、アリアの頬がさらに熱くなる。
今の自分は、きっと顔を真っ赤に染め上げているのだろう。
そんな顔を夫や参列者に見られたくなくて、彼女は思わず手で口元を隠した。
ディートハルトはといえば、彼女のそんな行動を咎めることもなく微笑んでいた。
この新郎新婦が顔を合わせるのは、今日が初めてだった。
アリアとしては、一度も会わないままの結婚に不安もあった。けれど、顔合わせからここまで、ディートハルトは穏やかで紳士的だ。
(冷徹男とか、同じ部屋にいると体感温度が下がるとか、そんな話ばかり聞いてたけど……。そんなことないじゃない。優しい人だわ)
アリアも、結婚前に彼について調べるぐらいはした。そのとき、こういった話を知ったのだ。
けれど、目の前の彼は冷たい男になんて見えない。
それどころか、彼は優しく丁寧で穏やかな紳士だ。
さらには、姿絵が高値で取引されそうなぐらいの美丈夫でもある。
こんな殿方が自分の旦那様になるなんて、と嬉しくなるぐらい素敵な人にしか見えなかった。
(ただの噂だったのね。それか、お仕事のときは厳しいけど、プライベートでは優しいとか……)
きっとそうに違いない。噂は噂に過ぎないのだと、アリアは安心したまま式を終えた。
しかし、教会から公爵邸に向かう馬車の中で、その期待は裏切られる。
二人きりになった途端に、ディートハルトの態度が変わったのだ。
「あ、あのー……。旦那様?」
アリアが機嫌を窺うようにそう口にする。だが、正面に座る夫からの返事はない。
彼は腕を組み、足はやや開き気味で、眉間にはしわがよっている。
式の最中は愛情が滲んでいるように見えたアイスブルーの瞳も、今はきつく閉じられていた。
式の最中の彼は、参列者がほう、とためいきをつくぐらいに紳士的で上品だった。けれど、今はその面影すらない。
変わらないのは、やや青みがかったさらさらの黒髪ぐらいだ。
アリアはその後も彼に話しかけようとするが、返事は一切ない。代わりに、はあ、と聞こえるようにため息をつかれるのみだ。
(式のときの紳士は、どこに……?)
あまりの急変っぷりに、アリアも呆然とするしかない。もしもこれが彼の本性なら、冷徹男だのなんだのと言われるのも無理はないだろう。
(……いいえ、まだわからないわ! もしかしたら、私が彼を怒らせるようなことをしちゃったのかもしれないし)
そう思い直して、彼女は自分の行動や言動を振り返っていく。
アリアは伯爵家の長女だ。けれど家は貧乏で、礼儀作法といった面で他の高位貴族に劣る自覚があった。
そのために、彼の求めるレベルに達していなかった可能性はある。
公爵家の女主人として不適格な女だと、初日から思われてしまったのかもしれない。
(……でも、うちが貧乏だって知ってて結婚を申し込んできたのよね? なら、能力不足は承知していたはず。こんな態度を取られる筋合いはないわ!)
アリアは不満いっぱいにディートハルトを睨む。彼がずっと目を閉じているのも気に食わなくて、アリアは頬を膨らませた。
そもそも、この婚姻はブランド公爵家から突然申し込まれたものだった。
もちろん、アリアの家柄についても調べているはずだ。なのにこんな態度をとられるなんて、納得がいかなかった。
(なんなのよ、もう……!)
そんなことを考えていると、ようやくディートハルトが目を開けた。しかしその視線がアリアに向くことはなく、彼は無言で窓の外を眺める。少しだけ日の光が当たった彼は、なんとも物憂げだ。
(絵にはなるのよね……)
見た目だけはいい旦那様を、アリアは怒り交じりに見つめた。




