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「ねえ、これはどういう事?」


 翌日。登校するや否や、女子生徒数名によって問い詰められる風香。

 その女子生徒が手にしているスマホの画面には、風香と翔が抱きしめ合っている姿が映し出されていた。

 内心では「――なッ!?」と叫びたくなるのをぐっと堪えながら「それが何?」と平然を装って風香は逆に尋ね返す。


「ねえ、小鳥遊君には手を出さないって言ったわよね?」

「そうよ、あの言葉は嘘だったって訳?」


 甲高いヒステリックな声を耳にしながら風香はどうしたものか、と考える。

 当時は本当に翔に対してはそこまで思い入れがなかった為に、“こちらからは手を出していない”と断言し、彼女らを追い払ったのだが、今となってはその言葉に偽りありとなってしまっていた。

 とはいえ、当時は本当にそのつもりであったために、あの時点では真実――なのだが、それを相手が理解するとも思えない。

 わーきゃーと文句の声をBGMに思案していると「この泥棒猫ッ!」と唐突に拳が飛んで来てそれをまともに頬に食らう。

 不意を突かれた形であり、これには「ちょっと暴力はやり過ぎなんじゃ……」「わ、私は手を出してないから!」と女子生徒たちの中でも意見が割れている中で、風香はこれ幸いと鋭い視線を女子生徒たちに向ける。


「今、何やった……?」


 ギロリという擬音語が相応しい眼光に対して、殴った当人は「な、何よッ!」と当初は反抗する様子を見せたものの、風香が彼女を掠めるようにパンチを繰り出した事で怯えて尻もちをつく。

 これには周囲で我関せずのつもりでいた女子生徒もビクリ、と身体を振るわせる。空気の切るような音も聞こえていて、そのパンチが普通ではないと言う事が、彼女らにも伝わったからである。


「そっちがその気なら、ここで全員伸してやろうか……? いい加減、うるさいなあと思ってたから」

「じょ、冗談に決まってるじゃないの……!」

「殴ったのはコイツだけなんだし……!」

「ちょ、お前ら! 私を売るつもりかッ!」


 この手の女子というのは薄情である。

 その時その時は仲間として認めてはいても、状況が変われば仲間ではなくなる。

 殴りかかって虎の尾を踏んだ者等、仲間ではない――見事なまでも尻尾切りである。

 数の利等、風香には通用しない。

 それをこの一瞬で感じ取ったからこそ、これ以上は無駄だと彼女らも悟った訳である。


「そ、それじゃあね!」

「ば、ばいばい!」

「おいまてこら!」

 


 そうして、この場に残されたのは風香と、風香に殴りかかった女子生徒の二人だけ。女子生徒は「な、なぁ……悪かったっッて……!」と必死に謝り倒し、なんとか身の安全を確保しようとする。

 これに対して「……いや、別に怒ってないから安心しなって」と風香は返す。

 そんな風香の様子に拍子抜けした女子生徒は「え?」と困惑の声を漏らす。

 だが、そんな彼女を更に困惑させる事を風香は口にする。


「代わりと言ったらなんだけど。私と翔が付き合ってるって噂をもっと広めてもらってもいい?」


 これには「は?」と女子生徒の声が漏れる。

 なぜそのような事をしなければならないのか。

 そもそも、小鳥遊翔というスターを好いているからこそ、こうしてその彼に近づいた風香に対して攻撃的な態度をっていたというのに、それがどうしたら風香に協力しなければならないというのか。

 しかし、そんな彼女に対して風香は「やってくれるよね?」と念押ししつつ鋭い眼光で彼女を見やる。

 心なしか金色に輝いているように見え、その圧に女子生徒は思わず「は、はい……」と返事をしてしまう。


「よかった。あなたが親切な人で助かったよ」


 そう言いながら笑みを浮かべる風香に対し、彼女は内心で「どうしてこうなった」と呟く。

 地味で大人しい少女、という第一印象はとうに失われ、現在は関わりたくない女という印象に塗り替えられていた。

 だが、もう逃げられない。その事を悟った彼女は「はぁ……」と小さくため息をつくのだった。



 風香が所用――小鳥遊に付きまとう女子生徒を蹴散らす――を済ませて教室に戻るとクラスメートからは「大丈夫だった?」と心配の声をかけられる。

 これに対し風香は「うん、大丈夫だよ」と何事もなかったかのように返しながら自分の席につく。

 そうしてから、先程の自身の言葉を思い出して机に突っ伏す。


 ――何やってんだ、私……!?


 確かに、風香は翔の事を大事に思っている。相手にとられたくない、とも思っている。

 とはいえ、所かまわずイチャイチャとするつもりはなく、付き合っている等の噂を流すのもどちらかと言えば否定的――の筈だった。

 しかしながら、ああやって多くの女子生徒――要は小鳥遊翔を狙う敵である――から敵視され、囲まれた事によってスイッチが切り替わり、小鳥遊翔を独占したい――という感情に突き動かされてああなっていたという訳である。


「なぁ、今井。大丈夫か?」


 そんな風香の様子に気づかないまま、机へ突っ伏す彼女に声を掛けたのは小鳥遊翔本人。

 思わす風香はガバ、と大きな音を立てて顔を上げながら「い、いや、大丈夫だよ!?」と返す。

 どう考えても普通じゃない彼女の様子に「逆に大丈夫に見えないんだけど……」と翔は素直な感想を零す。

 これには風香は何も否定できず「あ、あはは……」と目を逸らしながら乾いた笑みを浮かべる。

 

「はぁ……とりあえず、無理とか無茶はするなよ」

 

 ため息をつきつつ、翔はそのように言って風香を気遣う。

 翔は翔なりに風香のことを想っていての発言。

 それを聞いた風香はちらりと彼の耳を見てみれば、僅かに赤らんでいて恥ずかしがっている事が察せられる。

 二人は付き合って早々で――というより、付き合うという事をよく理解しないままに付き合い始めた為、どういう事をするのが付き合うという事なのかをイマイチ理解していないのである。

 結果として、翔の場合はとりあえず心配に思ったら相手を気遣うという形になっているのだった。

 そんな彼の様子に気を良くした風香はくすりと笑みを浮かべる。


「お、おい。笑うなって」

「いやだって……耳が真っ赤だから」

「――なッ!?」


 風香の指摘を受けて耳に手をやる翔。耳は僅かに熱くなっていて、それを自覚した途端に顔全体がやや赤らんでいく。

 それを見て更に風香は笑みを浮かべ、これを受けて「今井……!」と翔は抗議を声をあげる。

 流石にやりすぎ、と感じて風香は「ごめんって……少しくらいからかいたくなって」と謝罪を口にする。


「……ほんと、知れば知るほど風香って平凡じゃないよな……」


 ポツリ、とそう零す翔に対して風香は「失敬な。私ほど平凡な女子生徒はいないでしょうに」と返すが、これには翔は「いや……無理があるって……」とピシャリ。

 記憶の処理もあって、怪異関係の記憶は殆どなくなっている翔ではあるが、微かに覚えている風香の言動や姿から風香が平凡ではない事をよく理解しているつもりであった。

 そんな翔に対して「何か言った?」と風香が尋ねるが、翔は「なんでもない」と返す。

 平凡とか平凡じゃないとかは関係ない。

 いつの間にか翔の心の内に今井風香という少女がいた。

 たったそれだけの話なのだから。



 その日の放課後、午後六時。

 いつかのように今井風香の姿は守館公園にあった。

 ふんふーん、と上機嫌に鼻歌を歌っていると「ごめん、待った?」と待ち人――小鳥遊翔の姿が現れる。


「ううん、待ってないよ」

「……いや、制服姿でそれは無茶があるって……」


 小鳥遊翔は野球部の練習があり、対する今井風香は帰宅部故に一緒に下校するというのは現実的でない。

 また、どこかにデートに行くというのもまた現実的でない以上は、公園で待ち合わせて一緒に帰るといった形で疑似デートにでもしなければ気が済まない、という風香のアイデアによるものであった。

 ともあれ、帰宅部の下校時刻と野球部の下校時刻では大きな隔たりがある。

 それこそ最低でも一、二時間と言ったところ。待っていない訳がない。

 にも関わらず、制服姿――それも鞄を持ったまま――で公園にいたという事は帰宅せずに公園で待ち続けていたのでは、と考えるのは自然な事。

 そんな翔の指摘に対して「そんな細かい事は気にしないでよ」と言いながら、翔の手を握る。


「ちょ、おい……」

「さ、帰ろ」


 果たしてこれが平凡なカップルの下校姿かはさておき。

 今井風香という烏天狗にとっての平穏な日常はこれからも続いていく。

 

 何らかの障害が立ちはだかるかもしれないが、それはそれ。

 人らしく、当たり前のように誰かを好きになって、その誰かを大切にする。

 それこそが、彼女の望む平凡というものだろう――。

作者より。

これにて『JK烏天狗は平凡な生活を望む』完結となります。

短い間でしたが、お付き合い頂き、本当にありがとうございました。


本作と同じ世界観の前作も、もしよければ是非。


▽怪討のツルギ-コスプレ少女は今夜も怪異を斬る-

https://ncode.syosetu.com/n7037kr/


本作の登場人物も登場する後日譚はこちらから

https://kakuyomu.jp/works/16818093094772936259/episodes/822139836466233621

(時系列は両作品本編終了後)

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― 新着の感想 ―
ラストまで一気に読んじゃいました! 怪異と青春の掛け合いが絶妙で……最後の恋する乙女の一面はニヤニヤしながら読んでました(笑) 掛け合いも面白く、戦闘シーンも迫力満点! 本当に面白かったです!
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