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作者より。


本日2度目の更新です。


1度目の更新である前話『陸』をまだお読みになってない場合は、前話からお読み下さい。

「小鳥遊!」


 二人に御鷹山の山中に置いていかれてから暫く――という程時間も経っていないが――して、ここ最近になって聞き慣れた声が耳に入ってその声をのした方へ振り向けば、そこには山伏の格好に大きな翼を持った今井風香の姿があった。

 濡羽色の髪と翼、そして猛禽類を思わせる金色に輝く鋭い瞳――それを見て翔は思わず見惚れてしまう。

 そのせいで返事ができず、風香にしてみれば彼に何かあっただろうかと不安になり「おい、小鳥遊!」と声を荒げる。

 このタイミングで翔は正気に戻って「あ、ああ。大丈夫」と頷きながら返す。その返しによって漸く風香は安堵したのか「……よかった」とほっとした声を漏らす。

 一先ずは状況が落ち着いた、という事でこの段階になって翔は風香が先程口にした言葉を思い出す。


 ――コイツは私のものだ。


 思ってもなかった言葉を思い返した事で翔は思わず顔を赤らめながら風香から距離をとる。

 そんな翔の様子に「小鳥遊……?」と状況が呑み込めない様子の風香。

 とりあえず、翔は意を決して「あの、今井さん」と口を開く事とした。

 

「えっと、何?」

「さっきのその……私のもの、っていうのは一体……?」


 翔のその言葉を、風香が理解するのに数瞬。

 そうして数瞬後。

 風香の顔が赤らんで「忘れろバカ!」と軽くこずいて――翔にとっては軽くないが――翔の意識が飛ぶのであった。



 勢いで翔を伸してしまった風香は、その場に翔を放置しておくわけにもいかず、俵を担ぐかのように持ち、山を下りる。

 すると、そこにはいつかのようにスポーツカーが停まっていて、その前には師匠(せんせい)の姿。

 相変わらずのだらしない格好ではあるものの、移動のクルマを用意している点では好印象である。


 ――だたし、(ツー)ドアクーペで車体後部はロールケージ等のせいで乗員二名になっている事を風香は知っている。

 どうせ自分は乗せてもらえないのだろう、と半ば確信しながらも師匠の下へと向かう。

 すると、師匠は開口一番に「よ、お帰り。一発もらったか」と風香の顔を見て言う。師匠なりには心配していたのだろう、と思いながらも風香は「敢えてだって。そうしなきゃ隙見せないだろうなって」と返す。

 風香の言葉に「そうしなくても勝てただろう?」と師匠が口にすると風香は考え込む。

 あの場あの瞬間においてはそうする事で相手の隙を作りだした。

 それは事実だが、それをしなくても相手を倒せたのか、と改めて問われると風香としても考えてしまう。

 そんな風香に対して「……ま、今はそんな時間じゃないわな」と師匠はこの話題を切りあげつつ、風香が抱えている翔の方へと目を向ける。


「で、コイツが噂のお前の男か?」

「いや違うって」


 ノータイムで否定するが、風香の顔がやや赤らんでいるのを師匠は見逃さない。

 そして、意識を失っている翔の方を見ながら「ま、なんとなく察したが……大方恥ずかしくなって殴ったか?」と尋ねる。

 これに対し「う」と風香は声を詰まらせる。

 どこまで師匠には事情が筒抜けなのだろうか、と思いながらどのように返すのが適切かと考える。

 しかしながら、何を言っても誤魔化せる気がしないと判断して風香は「……はい」と諦めて肯定する。これに対し――。

 

「いやお前ばかだろ……」


 呆れたような師匠の言葉に「うぐ」と風香は声を漏らす。

 自覚はある。いくら恥ずかしくなったからといって暴力を振るうのは良くない。

 風香としては、咄嗟に出てしまったという形なので意識してやった事ではないが――いや、尚の事(たち)が悪いとも言える。

 だからこそ、こうして気まずくなって黙るしかないという訳だった。


「まあ、何はともあれ、だ。とりあえず、記憶の処理がまだならやっとけ。こっちはこっちで連絡するところがあるから」


 師匠はそう言いながら、咽喉無線のスイッチを入れてどこかとやりとりをする。

 その様子を目にしつつ風香は視線を翔の方へと向ける。


 記憶の処理。

 それは、怪異の類と接触したという記憶を消去する、という事。

 現代日本において、怪異という存在は秘されている。

 科学技術等が発展した現代において、それらで説明できない怪異なんて存在が世に広まれば、よくない事が起きるのは明白。

 怪奇現象だとかオカルトの四文字で済ませられる状態であるのが望ましい。決して、これが当たり前であってはならないのだ。

 

 ――つまるところ、今晩の出来事を翔から消す必要がある、という事。


 翔の前で“私のもの”と宣言した事実は恥ずかしく、消しておきたいという気持ちも確かにある。

 しかしながら、こうして彼から記憶を消す段階になって風香は翔のことを大分意識しているという自覚が芽生えていた。

 そうなると、今晩の彼との出来事を全て消すというのは彼女にとっては勿体なくも感じてしまう。

 どうしたものか、と考えながらも意を決して彼の頭に手を当てて、彼から今晩の記憶を丁寧に消す。

 怪異と出会った記憶なんてあっても仕方がない。それに、自らの失態に近い出来事も消せるのなら一石二鳥である。


 そう言い聞かせながら。

 そうして、記憶の処理を終えた風香は翔を師匠に預け、一人で帰路についた。



「ただいま」

「おかえり」


 もうそろそろで陽が昇るという頃合に帰宅した風香を待っていたのは、母だった。

 どうやら寝起きだったのか、着ているのは寝巻で寝ぐせもついている。

 そんな中起きて我が子――風香を出迎えた、という事実に風香は感謝しつつも「寝てなって……」と母の睡眠時間を気遣ってそう口にする。これに対し「どうせ起きる時間だからいいのよ」と母は返す。

 母の言葉が本当かは風香にはわからない。わからないが、とりあえずは「……ありがと」と出迎えてくれたことに対する感謝を口にしつつ、家の中に入る。


「で、何かあった?」


 着替え始めた風香に対して母がそう尋ねる。

 これに対して「何もないよ」と風香は返すが「嘘ね」とノータイムで母は口にする。


「そう見える?」

「見えますとも。私は風香の母なんだから、それくらいわかるわよ」


 所謂どや顔とも評される表情で母がそう言うと、風香はため息をつく。

 平常心を保ちながら帰宅したつもりでいても、母から見れば明らかに平時の状態ではなかったらしい――と悟った風香だったが「……勿体ない事したなって、思って」とポツリと口を開く。

 そんな風香の様子に母は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。


「……ちょっと……ちょっとだけ、気になった男子を、今晩助けたんだ」


「でも、怪異に関する事だから、記憶を消さなくちゃいけなくって」


「……残せたらいいのに、って思っちゃった」


 ポツリ、ポツリと言葉を零していく風香。

 それを母は黙って聞く。


「ねえ、母さん」

「なぁに?」

「……これって()(まま)かなあ?」


 風香がそう尋ね、母は「そうね……」と考える素振りを見せる。

 我が子の真面目な話である、という事を念頭に入れれば、これに対して茶化して返すなんて事はあり得ない。

 だからこそ、うーん、と暫し考え込む。


 風香の母は、怪異については知っている。

 烏天狗としての力には目覚めなかったにしても、怪異を視る目だけは備わっていた事もあって、仮にも怪異を討伐する者――怪討に名を連ねているが、実際に怪異を討伐した事はない。

 怪討の中にも戦闘能力があるものとないものというのがあり、母は後者。戦闘力のある怪討が、怪異を討伐する為のサポートに徹する支援要員、という訳である。

 そんな母にとって、風香の悩みを正確に理解するというのは難しい。

 母からすれば、自分の手で誰かを助けるなんて経験は想像の中の世界でしかなかったのだから。

 だからこそ、ゆっくりと考えてから母は口を開く。


「いいんじゃない、それで」

「え?」

「誰だって、欲張りたくなる時はあるもの。私だって、力があれば自分で誰かを助けたいって思うもんね」


 そう言いながら、母は風香の背に生えている翼を優しく撫でる。

 その言葉に風香はハッとさせられる。

 母からすれば、自身の悩みは贅沢なものなのだという事を察して「なんか、ごめん」と謝罪を口にするが「いいのよ」と母はそれを制する。


「とにかく、そうやって欲張るのは別に悪い事じゃないの。この世界って欲張りな人が道を切り開いていくものなんだから」

「そうなの?」

「そうよ。何かしらの技術や文明の発展には大体“もっと良くしたい”っていう欲があるの。だから、欲張る事自体は当たり前の事なんだから」


 母の言葉に風香は確かに、と内心で頷く。

 誰だって無から何かを生み出す事はできない。そこに何かしらがあって初めて何かを生み出す。

 その何かしらこそが、その当人の欲である、と。

 母の言葉に納得しながら、母の愛に甘え母の胸に顔を(うず)めるのであった――。

作者より。

本作と同じ世界観の前作も、もしよければ是非。


▽怪討のツルギ-コスプレ少女は今夜も怪異を斬る-

https://ncode.syosetu.com/n7037kr/


次話は9/29 8:10に更新予定です。

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