伍
作者より。
本日2度目の更新です。
1度目の更新である前話『肆』をまだお読みになってない場合は、前話からお読み下さい。
あれから暫く。
少なくとも翔が学校で風香に声をかける回数というのは明確に減った。
状況的に話しかけないと違和感のある場面で話しかける、という事はあるものの積極的に話しかけてきた時期と比べたら減っているのは間違いなく、それもあってか他の女子生徒からのやっかみというのも減っていった。
少なくとも、これで学校での平穏は確保されたと風香は胸を撫で下ろした。
撫で下ろしたのだが、それに反比例するかのように学校外――それも、夜間に翔の姿を見かける事が増えていった。
風香の事が気になって追いかけている――と言わんばかりの行動。
怪討や怪異といった世界はあくまでも秘するべき事項であり、一般人は出来る限りそれらから引き離さなければならない事を考えると、風香からすれば頭の痛い出来事である。
翔から見つからないように烏天狗の怪討として怪異を討伐する夜が増え、風香の心労は普段より数割増しと言った所。
これについて翔に文句を言おうものならば、コスプレ――ではないが翔してんではそうとしか見えない――をしている事を認める事となる。それは、風香としては避けたかった。
その為、風香は黙って増えた負担を受け入れて怪異を討伐していくのだった。
一方、翔はと言えば、風香を見かけた場所――御鷹山近辺を夜間にジョギングしていた。
昇陽高等学校ではスターのように扱われている翔だが、実態としては苦学生である。父は既に他界し、母と兄弟姉妹と暮らしている。
母の稼ぎで日々を暮らしているものの、その分弟や妹の面倒を翔が見なければならないといった事情があった。
プロのスカウトが注目するような野球選手にも関わらず、私立の強豪高校に進学していないのはそういった事情である。翔が入寮してしまえば、弟妹の面倒を見る人間がいなくなってしまうからだ。
夜間にジョギングするのはそんな弟妹の面倒を見る際に少しずつ溜まるストレスの発散や、少しでも足しになればという新聞配達のバイトに向けての準備運動を兼ねている――のだが、風香との一件があってからは風香を一目見たいという気持ちの方が勝っていた。
「……くそ、ストーカーか自分は……」
不名誉極まりない言葉であるが、今の翔はストーカーであると言われたら否定できない。
これまでの翔は誰かから追いかけられる事はあっても、自分から誰かを追いかけるといった経験をしてきていない。
幼い頃から容姿端麗で運動神経抜群。小学生はかけっこが速ければ自然と周囲からは注目され、人気になると考えれば、翔が人気者になるのはごく自然な事と言えよう。
それに加えて容姿端麗で学校の成績も悪くないと来れば、そんな彼に執着するような女子生徒が身の回りに現れるのもまた自然といったところ。
そんな存在に辟易しながらも、翔は自らの夢――プロ野球選手になりたい――へひた走り、こうして高校ではスターとして扱われるようになった。それに比例するように翔に執着する女子は増えていったが。
――そこに現れた翔を追いかけない女子。
――そもそも、翔にとっては生涯見た女子の中で最も美しい容姿の持ち主。
今井風香という一人の少女の存在によって、翔の心は大きく乱されていた。
「……今日もいないか……」
こうやって夜間に風香の姿を探し始めて既に数日。
夜間に翼の生えた風香の姿を見た日から、夜間にその姿を見たのは一度もない。
今日も空振りに終わった、と落胆しながら新聞配達のバイトへ向かおうとして――。
「あら、こんな時間にどうしたの坊や?」
ふと、そのように声をかけられる。
高校生は果たして『坊や』なのかはともかく、自分の事だろうかと考えた翔はその声のした方を見る。
そこには、翼の生えた女性がいた。容姿は風香とは異なるものの、翼の形状はあの夜に見た風香のそれと酷似していて、それが天狗であると翔は一瞬で察する。
だが、その直後に女性は一瞬で翔との距離を縮めて翔の頭にぽんと手を置くと、翔の意識はその時点で失われて倒れそうになるのを烏天狗の女性は「ふふ」と笑みを浮かべながら受け止める。
「こんなにかわいい子、持ち帰らなきゃ損よねぇ」
そう言いながら、女性は翔を抱えてその場から立ち去るのだった。
翌朝。
風香はいつものように登校した。昨晩は翔の姿を見なかった事もあり、穏やかな心持ちであった。
しかしながら、その穏やかな心は長続きしない。普段ならホームルームの時間が近づけば翔は教室の中にいて、教室内が賑やかになるというのに、翔はいつまで経っても現れない。
そうして迎えたホームルームの時間は、先生がやや遅れて教室に入って来た始まったのだが、その際の先生の言葉に風香は言葉を失う。
「小鳥遊君が行方不明になりました」
それ以降、先生による現状説明等があった筈だが風香の耳には届かない。
教室内の風香以外の反応も似たようなものなのか、反応としては鈍い。
ただ、クラスの中心人物――学内のスターである筈の小鳥遊翔はその姿を消してしまった、という事実がこの場で共有された。
その後、ポッカリと心に穴が開いたかのような錯覚に襲われながら、その後の学校生活を送りながら風香は考える。
――行方不明。
他の生徒とは異なり、風香には怪異というものを知っている。
だからこそ、翔が行方不明になった件には怪異が関わっているのではないか――という可能性に思い至る。
更に、翔がここ最近夜間に外出していた事も知っていて、そこを怪異によって攫われた、あるいは襲われたのではないかと考える。
下校時刻になった風香は普段ならゆっくりと帰宅する所を、早々に帰宅してから師匠に電話をかける。
「もしもし、師匠?」
『――どういう風の吹き回しだ? 儂に電話をかけるなんて』
師匠は風香がこうして電話をかけてきた事に対して驚きつつもの、真面目な声色でそう言う。
そんな師匠に対して「人攫いについての情報はある?」と風香が尋ねると、師匠は『ふむ……』と考え込む。
暫しの間の後、師匠は『お前がやる気になるなんて、何があったよ?』と逆に尋ねる。
その問いに対して、風香は考え込む。
どうして、自分がここまで前のめりになっているのか。その事実に風香自身が未だに理解できていなかった。
そんなに翔に対して思い入れがあっただろうか、と考えるが結論は出ない。だが、少なくとも――。
「そんな事はどうでもいいでしょ。で、情報は?」
風香がそう言うと『……まぁ、そういう事にしといてやる』と師匠がそう返す。
何か含みのある言い方に風香は思う所こそあれど、一旦この話題が切り上げられる事に安堵していると『天狗だ』と師匠が口にする。
「え?」
『だから、今この御鷹山で人攫いをやってるのは天狗なんだよ。探知札で探知した奇力的には地元の天狗じゃないどこかの天狗が山を出入りした事がわかってる。……元々、夜に依頼しようと思ってたやつだ』
探知札、と呼ばれる札がある。あらゆる怪異に関するものは少なくとも奇力と呼ばれるものを発していて、それは個々人によって異なる。人間でいう所の指紋のようなものとして扱う事ができる。
そんな中、人攫いの情報がある中で、地元の天狗以外の御鷹山への出入りがあったとなれば、その存在こそが怪しいとなるのは自然な話であった。
「わかった。天狗討伐、やるよ」
『……相手は同じ天狗だ。まぁ、儂の教え子とお前が遅れを取る事はまずないだろうが、気をつけろよ』
師匠の言葉に「うん」と返して風香は電話を切る。
そして、夜間に外出――天狗対峙をする目的が出来た以上、可能な限り今の内に寝ておこうと風香はせっせと着替え始め、あっという間に布団へ大分してそのまま仮眠をとるのであった。
そして数時間後。
午前二時前。
丑三つ時、という言葉があるがこれは寝静まり怪異の類が跋扈する時間帯として知られる時間帯。
例に漏れず、烏天狗として目覚めている風香にとっても本調子が出せる時間帯であり、目覚めはばっちり。
いつものように山伏の格好に着替えていると「風香?」と呼ぶ声。――風香の母である。
着替える物音で起こしてしまったか、と感じた風香は「ごめん。起こした?」と尋ねると「いや、元々寝られてなかったし大丈夫」という返し。
それもそれでどうなんだ、と思いつつ風香は着替え終える。
烏天狗の象徴とも言える翼もしっかりと出ていて、今の風香はどこからどう見ても烏天狗であると言えよう。
そんな彼女を見ながら「うーん」と母が声を漏らす。これに対し「何?」と風香が尋ねる。すると――。
「――いや、いい顔してるなって。好きな人でもできた?」
「なっ!?」
思わぬ言葉を母が発して風香は驚きながら顔を赤らめる。
思い浮かべた顔は一つ。
それを振り払うように顔を横に振りながら「い、いないってッ!」と返すがそれを見た母は「へぇ……」とニヤケ顔。
「と、とにかく! 行ってくる!」
そう言って風香は母からの言葉を待たずに家を飛び出す。
彼女の姿を見送りながら母は「いってらっしゃい」と口にするのだった。
作者より。
本作と同じ世界観の前作も、もしよければ是非。
▽怪討のツルギ-コスプレ少女は今夜も怪異を斬る-
https://ncode.syosetu.com/n7037kr/
次話は9/28 0:10に更新予定です。




