肆
夜に風香を見かけた。それもコスプレ――実際には正装と自前なのだが――をしている姿で。
という翔からの追及に対し、風香は苦し紛れながら「違うよ?」と否定した。
大分無理のある返答に感じたのか、翔は「いやだって大分――」と言葉を続けようとするが――。
「大前提として私がコスプレとかすると思う? 絵に描いたような地味な学生なのに」
――と風香が被せるようにそう口にする。そのように言われると翔としてもどう答えたものか、となる。
地味かどうかは脇に置いておくとして、である。
風香はそこまで派手というか、自己主張の強い女子生徒ではない。
その事自体は、翔もよく知っている。学校では帰宅部で、学校での成績はどれも中の上から上の下程度とやや優秀。
気だるげではあるものの、提出物や課題については真面目そのもので、そんな風香に対して悪い印象を抱くような生徒はいないように翔には感じられていた。
そんな彼女が実はコスプレをしてました、というのはどうにも現実味が薄いように翔には感じられる。だからこそ、これ以上はどう追及しようか、という事となる。
翔がどう次の追及をしようか、と頭を悩ませている内に「それじゃ、私は用事があるから」と風香は踵を返して帰宅しようとする。
それに対して翔が「待って」と声をかける。
無視してそのまま帰ってしまえばいいのに、風香はつい足を止めてしまう。その上で「何?」と首を傾げながら問いかける。
「今井さんは地味なんかじゃないよ。……綺麗だろ、その髪とかさ」
「――え?」
地味なんかじゃない。
そんな言葉を掛けられて風香の頭は一時停止した。いや、実際に身体も停止していた。
風香としては、目立たずに地味に平穏な日常を過ごしたい、と考えていた。
これは、自身が烏天狗としての力に目覚めるよりも前からの願望。生まれ持っての願望と言って良い。
何事にも安定する生活を。そのような願望を持つのは現代の少年少女では特に珍しい事ではない。
大きな夢よりも、安定的な目標を。失敗のない人生を。
風香がそう思うのは別に、風香が特別だからでも何でもない。ありふれた願望に過ぎない。
とはいえ、だ。
異性から“地味なんかじゃない”だの“綺麗だろ”等と言われて動揺しない訳がなかった。それも、端正な顔立ちの異性に、である。
「ば、ばか言わないで! 私は地味に生きてるでしょ!」
「……その容姿で地味は無理があるだろ。……くそ、こっちまで恥ずかしくなってきた」
顔を赤らめながら風香はそう言って翔の言葉を否定する。そんな彼女につられて翔の顔を赤らんでいく。
翔にしても、口にした時は意識していなかったものの、こうして僅かながら時間が経った事で自身の発した言葉が口説いているかのような文言である事に気が付いて、恥ずかしくなってしまったのである。
そんな二人の心情はともかくとして、である。
客観的に言えば、この場では翔の方が正しいと言える。濡羽色の髪にすらっとした体型の風香は決して地味とは言えない。
いや、派手ではないと言う意味では地味かもしれないが、あくまでも主張が強くないというだけであり、その容姿の良さは隠し切れない。
だからこそ、この場においては翔の方が真に迫っていた訳だが――。
「――帰るッ!」
顔を赤らめたままの風香がそのまま公園を立ち去る。
そんな彼女に対して翔は「おい待てって!」と声をかけるが、今度こそ風香は止まらない。
走ればまだ追いつけるかもしれない、と翔は一瞬考えるも、それはそれで絵面としてどうなのか、と考えて思いとどまる。
「……あぁ、もう、くそっ!」
風香とうまく話せなかった、という事実に翔はそのように悪態をつく。
公園には翔一人だけ。風の音だけが翔の耳に入ってくる。暫くぼうっとしてから、翔も帰路につくのだった。
翌日。
風香の日常は一変した。
ことある毎に、翔が風香へと話しかけるようになった。
流石に学校ではコスプレの四文字を出す事はなく、そのあたりは翔にも分別はあるらしい、と風香は翔に対してそう評する。
しかしながら、容姿端麗で野球部でも主力な小鳥遊翔が風香に積極的に話しかける構図というのは風香にとってはあまり好ましい状況ではなく、クラスメートからは「ねぇ、小鳥遊君とはどうしたの?」等と追及される始末。
小鳥遊翔、という男子生徒が学内では思った以上に人気があり、異性からの評判も高いという事を風香はこの段階で認識する。
曰く、一年生の頃から四番でピッチャー、エースである。
曰く、強豪校からも声がかかっていたが、家庭の都合で地元の公立校に進学した。
曰く、投げては球速一五○キロメートル、打撃では柵越えを連発する二刀流。
曰く、プロ野球のスカウトからも注目されている。
言ってしまえば、小鳥遊翔は昇陽高等学校においてスター候補として扱われているのである。
そんな彼によく話しかけられるという構図は、彼を狙っ――慕っている女子生徒からすれば面白くない。その為――。
「ねぇ、小鳥遊君に絡むのやめてくれない?」
――こうなるのである。
昼休み、教室で無為に時間を過ごそうとしていた風香は突然、上級生を含む複数の女子生徒から呼び出されて廊下に呼び出され、人目につきにくい場所へと連行されて――というのが現状である。
上級生、同級生、下級生――どちらであっても風香にとっては面倒な構図としか言いようがないのだが。
「……私からは絡んでないですよ」
「どうだか。あなたが小鳥遊君を誑かしてるんでしょ?」
「そうよ。そうでなきゃ小鳥遊君がアンタなんかに話しかけるわけないでしょ」
風香としては自分からは翔に話しかけていない以上、そのように答える他ないのだが、相手は聞く耳を持たない。
上級生の言葉に同級生が同意するようにそう口にする。どうやら、都合の良い耳しか持ち合わせないらしい、と察して風香は内心でため息をつく。
――これだから容姿端麗の異性とは絡みたくなかったんだ。
平穏無事な学生生活。それを望んでいる風香にとって、このような出来事は望んでいる事ではない。
面倒な事になった――と思いながらぼんやりと侮蔑の視線を自身に向ける女子生徒たちの容姿を見やる。
パッと見でクラスカースト上位の雰囲気を風香は感じ取る。
如何にも陽の者といった見た目で、ただしその根っこには陰湿さも併せ持っている。
今の出来事を周囲に相談したところで、自身の言い分の方が疑われるだろう、という想像に風香は至る。
「とりあえず、私としては小鳥遊さんに話しかけたつもりはありませんし、何もしていません」
「どうだか」
「泥棒猫の言う事なんて信じられるわけないでしょう?」
相も変わらず風香の言い分を認めようとしない女子生徒たち。
どのように言えば納得してもらえるだろうか、と考えを巡らせながら風香は口を開く。
「嘘は言ってないよ。……そんなに疑うなら、当人の小鳥遊さんに聞けばいいでしょ」
風香のその言葉に「うっ」と言葉を詰まらせる女子生徒たち。
厳密に言えば、風香に圧をかけている女子生徒たちも厳密に言えば仲間とは言い難い。互いに小鳥遊翔というスターを狙うある種の敵同士。今回、風香という外敵がいたからこそ休戦を結んでこうして風香を排除しようとしていたに過ぎない。
風香という存在がいなければ、本来ならばこの女子生徒同士こそがバチバチにやりあっている間柄である。
だからこそ、小鳥遊翔本人に風香の事について尋ねる、というのも誰が尋ねるかという点がネックとなる。尋ねた者がそのまま抜け駆けをする可能性もある以上、そう簡単に風香の事について尋ねる事ができない――という状況にあった。
その事を理解して――という訳ではないが、結果として女子生徒たちの連携を崩す事に至った風香は「それじゃあ、そろそろ移動教室なので失礼しますね」と言って、戸惑っている女子生徒たちを置いてその場を去ったのだった。
女子生徒たちを撒く事ができ、無事に自身の教室に辿り着いた風香は「はぁ……」と大きなため息をつく。
こんな事が続いては堪ったものじゃない、とげんなりしながらも机の中から教科書等を取り出して教室を移動しようとすると「――今井?」と聞きたくない声が風香の耳に届く。
より強い疲労感を感じながら風香はその声の主の方を向く。
「何?」
「何、ってなんか辛そうに見えたから」
純粋に気遣っているのだろう――というのは風香にもわかる。
わかるのだが、風香視点では残念ながらそう口にしている彼こそが元凶と言って差し支えない。
沸々と怒りの感情が増してくるのを感じて風香は大きく深呼吸する。
その怒りを彼にぶつけた所で状況は好転しない。その事に気づいての事故対処であった。
「……大丈夫。なんでもない」
怒りが漏れ出そうになるのを堪えながら風香がそう言うと「もしかして、俺のせい?」と翔は察する。
心の底から申し訳ない、と思っている顔であると風香には感じられた。
だが、そう思うのならもう少し自身にとって良い方に行動して欲しい――と風香は感じて思いをそのまま口にする。
「だったら、もう私に話しかけないで」
そう言って、風香は翔を置いてその場を去る。
そんな風香に対して翔は「ちょっ――」と声をかけようとして、思い留まるのだった。
作者より。
本作と同じ世界観の前作も、もしよければ是非。
▽怪討のツルギ-コスプレ少女は今夜も怪異を斬る-
https://ncode.syosetu.com/n7037kr/
次話は9/27 12:10に更新予定です。




