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【長編版】男装皇女の逆転劇 ~双子の兄に変装して結婚する相手は隣国王女――と思いきや女装した超絶美形王子!? 私の男装は初めから見抜かれ、溺愛されていたなんて聞いてません!~  作者: 綾森れん
第四幕:皇女ヴァイオラの逆転勝利

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39、最後の砦、皇帝の執務室へ

 残った近衛兵たちと宮廷長官の部下が、魔法医を連行して階段を降りてゆく。私たちも彼らに続き、足元が暗くなった螺旋階段を用心深く下まで降りた。


 宮殿の廊下へ戻って来るなり、若い騎士たちに囲まれていたミシェルが駆け寄って来た。


「僕のいとしいヴァイオラ、ばっちいほうのセザリオにいじわるされなかった?」


「相変わらず腹の立つことばかり言う兄だったけど、なんとか耐えたわ」


 つい冷ややかな声が出てしまう。ミシェルは、廊下の燭台に灯をつけて回る使用人を横目に見ながら、


「あくどいほうのセザリオのうなじに、熱い蝋を垂らしてやりたいよ」


 かわいらしいお姫様の姿には不釣り合いな、恨みのこもった声を出した。


「ミシェル、安心して。あの兄はもう二度と、宮殿に足を踏み入れないから」


 だまされたと知ってジョルダーノ辺境伯領から戻って来ようにも、彼に同行した侍従も近衛兵も我々に賛同する者ばかり。護衛と見せかけた監視役だ。


 だがミシェルは、皇帝の執務室へ向かって歩きながら、不安そうに眉根を寄せた。


「でも、悪いほうのセザリオが、辺境伯領の私兵を束ねて帝都に進軍してくる、なんてことはないだろうか?」


「人心掌握術に長けたミシェルならできるでしょうけれど、兄は皇子として甘やかされて、わがまま放題に育ってきたから無理よ」


 宮殿の回廊を歩くうち、足を止めて(こうべ)を垂れる使用人たちの様子が、いつもと違うことに気が付いた。伏せたまつ毛の下、瞳に期待と決意を秘めている。誰もが変革を望んでいたのだと改めて実感する。


 私たちの足音が近づくにつれ、宮殿内は水を打ったように静まり返った。まるで全ての者が息を潜め、運命の瞬間を待っているかのようだ。


 大理石の柱の陰に立っていた若い侍女が、わずかに唇を引き結んで一礼した。彼女は私のために戦うことこそできないが、忠誠心で支えてくれるだろう。私は微笑を浮かべ、小さくうなずいた。


 広間まで来ると、宰相が侍従たちを従えて待っていた。


「騎士団の取り調べはうまくいったようですぞ」


 魔法医ファルマーチの件について報告してくれる。


「ミシェル殿下が手に入れてくださったノートが、何よりもの証拠となりましたからな」


 人体実験を書き記した証拠品が騎士団の手に渡っては、ファルマーチも言い逃れできぬだろう。


「我々の望み通り、診断書を書いてくれそうですか?」


 私の問いに、宰相は満足げに目を細め、口髭をピンと張った。


「ほぼ確実でしょう。言うことを聞かなければ殺人罪で死刑だと、騎士団長が脅していましたから」


 計画の成功を確信して胸が高鳴った。


 騎士団長たちの到着を待っていると、重厚な柱時計の秒針が規則正しく時を刻むのが聞こえる。いつもと変わらぬその音が、かえって張り詰めた空気を際立たせていた。


 やがて騎士団長とドラーギ将軍が部下をつれて現れた。


「お待たせいたしました、ヴァイオラ殿下」


 騎士たちに取り囲まれているのは、両手をうしろで縛られたファルマーチだ。騎士に突かれながら、不満そうに顔を歪めて歩いている。


「さあ、父の執務室へ参りましょう」


 皇帝の執務室前に、見張りの衛兵はいなかった。代わりにドレス姿の女性が立っていた。いつものローブを着ていなかったから一瞬分からなかったが、占い師だ。


「そこをどけ、女」


 騎士団長が低い声でうなる。


 占い師はふわりと蝶のように動いた。私たちの横を通るとき、


「陛下はすっかりお休みになっておりますわ」


 歌うようにつぶやいた。


 彼女が視界から消えると、私は執務室の大きな扉を押し開いた。むっとするような強い酒のにおいに襲われる。従者が仕事を放棄したためか、燭台の明かりは灯されておらず、暖炉の火もほとんど燃え尽きていた。


 侍従の一人がランプをかざす。ゆらめく黄色い光の中に、執務机に突っ伏していびきをかく父の姿が浮かび上がった。肩には藍色のローブがかけられている。占い師のものだろう。


 昔、父上が夜中まで仕事を続け、そのまま寝入ってしまったとき、母上が自分のガウンを優しくかけていたのを思い出す。


 もしかして占い師は、諜報活動のために足を踏み入れた宮殿で、亡くした夫を皇帝に重ねているのだろうか?


 私は想像を振り払うように首を振った。彼女が貴族の未亡人だというのも私の勝手な空想だ。今は感傷に浸るべきではない。


「診断を」


 私は縛られたファルマーチに、有無を言わせぬ口調で命じた。


 騎士たちが魔法医を引っ立て、父の横まで歩かせる。


 拘束を解かれたファルマーチが、懐から水晶のついたペンダントを取り出し、薄くなった皇帝の頭にかざした。口の中で小さく呪文を唱えると、水晶が淡く発光し、魔法文字が浮かび上がる。


「泥酔しておりますじゃ」


「皇帝陛下に政務能力は?」


 私は打ち合わせた通りの質問を投げかける。


「ないものと断言できますのじゃ」


 ファルマーチの素直な答えに、その場の空気がふとゆるんだ。


 宮廷長官が、用意していた書類を執務机に置いた。


「ではファルマーチ先生、診断書の記入と筆頭魔法医の署名をお願いします」


「了解しましたのじゃ」


 ファルマーチは机に乗ったインク壺から、羽根ペンを手に取る――はずだった。


 彼の右手は再びローブの懐に差し込まれた! その手に握られていたのは――


「魔法薬の小瓶ですって!?」


 私が声を上げたときには、ファルマーチはガラスの蓋を開けていた。執務机に突っ伏していた皇帝を抱え起こし、その口元に小瓶をあてがう。


「飲みなされ、陛下!」


 ファルマーチを羽交い絞めにしようと、騎士たちが走り寄ったとき――


 ガンッと衝撃音が響いて、ファルマーチの手から小瓶が跳ね飛んだ。


「ミシェル!?」


 私の隣にいた彼が、履いていた靴を脱いで投げたのだ。


「チィッ」


 悔しそうに舌打ちしたファルマーチは、複数の騎士たちに取り押さえられていた。


「クソジジイ、この()に及んで!」


 血気盛んなドラーギ将軍が、ファルマーチの老いた腕をひねり上げる。


「くっ、陛下の地位を脅かす反逆者どもめ!」


 中身を盛大にぶちまけ半分以上、(から)になった小瓶が、大理石の床を転がってきた。


「なんの薬だ、これは?」


 拾い上げた騎士団長が、ラベルのない小瓶をしげしげと見つめる。


 のぞき込んだ宮廷長官が(あお)いで匂いを確認した。


「即効性のある特別なポーションと似ていますな」


「それこそが、わしの研究している不老不死の魔法薬なのじゃよ」


 再び縛られたファルマーチが、勝ち誇った声で答えた。

やはりファルマーチは反撃を用意していた!? ヴァイオラたちの皇女即位計画はどうなる!?

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