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【長編版】男装皇女の逆転劇 ~双子の兄に変装して結婚する相手は隣国王女――と思いきや女装した超絶美形王子!? 私の男装は初めから見抜かれ、溺愛されていたなんて聞いてません!~  作者: 綾森れん
第四幕:皇女ヴァイオラの逆転勝利

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38、本物のセザリオ、愛の巣へ旅立つ

 眉を吊り上げて振り返った兄に、宮廷長官は顔色ひとつ変えずに説明する。


「ええ。皇太子殿下と妃殿下がクーデターを起こしたため、皇女ヴァイオラの身に危険が迫っている。ゆえに皇太子夫妻を処刑し、城内に平和が訪れるまでかくまってほしいと書いてあるのです」


 理解が追いつかない兄は眉根を寄せているが、宮廷長官は私に頭を下げた。


「ですからヴァイオラ様。申し訳ございませんが、もう一度男装し、皇太子殿下として宮殿に残って下さい」


 苦汁をにじませた表情で懇願する彼に、私も覚悟を決めたように目を伏せる。


「承知しております。私が兄上の代わりに処刑されましょう」


 兄はようやく意味が分かったらしい。


「な、なるほど。皇太子である俺様を守るために――」


 状況を呑み込むなり、私を見下すように眺め、唇の端をつりあげた。


「ヴァイオラ、お前の死は無駄にはせん。最期に帝国の役に立てることになって良かったではないか」


 いちいち腹の立つ男だ。父上とそっくりな言い草に苛立ちが募るが、私は毅然とした口調で言ってやった。


「帝国のために命を捧げられるなら本望です」


 これは嘘ではない。皇女とはそういうものだ。皇帝だろうが皇太子だろうが、国――つまりは(たみ)のために生きるべきだと私は思っている。


「兄上さえ生きていらっしゃれば、帝国はまた復活できますから」 


 と、心にない言葉を付け加える。


「うむ、さすが父上だな。名案だ。クーデターを起こしたのは婚礼の儀に出た偽皇太子で、本物の俺様は辺境伯領に逃げ延びていたというわけか」


 兄がニヤニヤしているところへ、ニーナと侍従長、それから彼の息子や同僚の侍従たちが入って来た。ニーナたちが両手にうやうやしく掲げているのは、私が辺境伯令息ユーグとの婚礼の儀で着るはずだった、母上のドレスだ。


 侍従長が寝台の前へ進み出た。


「セザリオ殿下、こちらにお着替え下さい」


「うっ」


 戸惑う兄に、侍従長が有無を言わせず畳み掛ける。


「お命をお守りするためです。すでに裏門に馬車を用意してございます。皇族様方用の華美なものではございませんので、こっそり宮殿を抜け出せるかと」


「僕たちもお供いたします」


 侍従長の息子が背筋を伸ばす。


「我々がしっかり護衛します」


 近衛騎士たちも声をそろえた。


「そ、そうだな」


 兄が観念してドレスを受け取ると、侍従たちが壁際に並べられていた衝立(ついたて)を運んで、寝台の周りに並べた。


 数人の侍従に手伝われて着替え終わった兄は、私そっくりだった。複雑な気持ちになっていたら、


「あ。怒ってるときのヴァイオラ様」


 ニーナが嫌なひとりごとをつぶやく。確かに普段の私より目つきが悪いし、口もとに不満がにじんでいる。


 最後に入って来たのは、階段を登って大量に汗をかいた大蔵卿だった。彼の部下が布の包みから繊細な象嵌細工が施された宝石箱を出す。兄から見えるように侍従が蓋を開けると、深紅のビロードで覆われた箱の中には、指輪やネックレス、イヤリングが収納されていた。


「道中なにか困ったことがありましたら、お役立てください」


 大蔵卿が兄に向けて、手のひらで宝石類を示す。


 私は悲しげな笑みを作った。


「処刑されるのを待つ身には、もう必要ありませんから」


 実を言うとこれらの宝飾品は、父上がまともだったころに身に着けていたものだ。未婚の娘用のデザインばかりで、ミシェルという皇配を得て、帝国を治める女帝にはふさわしくない。


 兄上のためには後日、持参金という名目で資金送金するつもりだから、不自由はさせないわ。ユーグ殿との愛の巣に骨をうずめてちょうだい。


 心の中でエールを送ったとき、再び外からミシェルの裏声演技が聞こえてきた。


「あたくしの愛おしい殿下はどこかしらぁ? あの方、なぜか寝所で服を脱いでくれないのよねえ」


 兄上はまじまじと私の顔を見て、


「俺様の振りをしているなら、そうなるよな」


 と納得する。


「小さくて自信が持てないのかしらぁ?」


 よく分からないことを言い出したミシェルに、周囲の騎士たちが声を合わせた。


「ご満足できないならミシェル妃殿下、私に代わりを務めさせてください!」

「いや、私のをお使いください!」

「何言ってるんだ、お前より俺の方が満足させられるぞ!」


 外から聞こえる声に、兄は悔しそうに舌打ちした。


「本当に青年騎士たちを手中に収めたようだな」


「急いでお逃げください、殿下。ミシェルが探しに来るやも知れません」


 宮廷長官の眉間に神経質そうな皺が寄る。


「殿下、お体を支えますので」


 侍従長の息子が肩を貸し、数人の近衛騎士が周囲を囲んだ。


「参りましょう、殿下。ジョルダーノ辺境伯領へ!」


 西日が山の向こうに姿を消し、塔の最上階にも暗闇が忍び寄る。


 兄を連れて階段を降りてゆく侍従と近衛騎士たちの足音が遠ざかると、宮廷長官が魔法医たちに向き直った。


「あなたたちの上官である筆頭魔法医ファルマーチ氏が、地下牢の研究室で非人道的な実験をおこなっていたという情報があります」


 互いを牽制するように視線を交わし合う魔法医たちに、近衛隊長が続きを伝えた。


「先生方にも話を聞きたいので、騎士団詰め所まで来てほしい」


「師匠は皇帝陛下のご命令で研究を進めておられた。極秘任務ですから、私たちは関与しておりません」


 最初に口をひらいた魔法医はファルマーチを師匠と呼んだ。彼の弟子らしい。


「私たちが話せることはございません。ファルマーチ先生に直接訊いていただいたほうが――」


 若い魔法医の言葉を、


「何も話せないということはなかろう」


 一番年配の魔法医が遮った。


「私は何度もファルマーチ氏に、『この研究は危険すぎる』と進言した。彼は被験者をどこからか調達していたようですからな」


 ファルマーチに敵対するこの男は、年齢的にも筆頭魔法医の座を争っているのかも知れない。


「何をおっしゃるのですか! 被験者は処刑予定の罪人だという話でしたよ!?」


 ファルマーチに味方する魔法医もいる。彼らも一枚岩ではないようだ。


 宮廷長官は部下に指示し、彼らの発言を書き留めさせていた。


 開けたままだった窓から冷たい風が舞い込んで、私は石壁へ近づいた。ふと見下ろすと、装飾のない馬車が、裏門から出て行くのが見えた。暮れなずむ空の下、乗馬した数人の侍従が馬車を囲み、宮殿から遠ざかってゆく。


「さようなら、兄上。ユーグとお幸せにね」


 声援を送って、私は窓を閉めた。


「ヴァイオラ様、次はいよいよ計画の最終段階ですね」


 いつの間にか隣に侍っていたニーナが小声で告げる。


 私は決意を新たに、深く首肯した。


「最後の砦を落とす時が来たわ」


 だが緊迫した空気を破るように、腹を揺らして近づいてきた大蔵卿が口をはさんだ。


「メインディッシュですな!」


 皇帝を食べるの!?


「殿下、玉座をパクっと行っちゃってください」


 大きな声で冗談を言ったので、また宮廷長官からにらまれた。

いよいよ次回、皇帝の執務室へ!

ヴァイオラたちが立てた作戦とは!?

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