33、再び皇宮へ。仲間が一堂に会する!
胸のうちに秘めた計画を実行に移すため、私は皇宮へと舞い戻った。
護衛の騎士について、宮殿の西翼に隣接する騎士団詰め所まで馬を走らせる。
詰め所は石造りの堅牢な壁に囲まれていた。重厚な扉の左右には、厳めしい鎧をまとった見張りが立っている。
手綱を引いて馬を止めると、見張りの一人が鋭い目つきで私を見上げた。
「お前、どこの部隊の者だ?」
「急ぎの報告がある。ドラーギ将軍を呼んでくれ」
一介の騎士の振りをして、落ち着き払った声で頼んだものの、見張りの騎士は訝しげに眉をひそめた。
「所属を言え」
護衛の騎士が馬を進め、私と見張りの間に割り込む。
「自分たちはドラーギ将軍率いる第二騎士団正規部隊第七大隊所属の者だ」
見張りは一瞬驚いたように彼を見上げた。目を細めて馬上の人物を確かめると、軽くうなずいた。
「第七大隊のマルティーニ伍長でしたか。ドラーギ将軍は現在、地下牢においでですので詰め所にはおりません」
「将軍がなぜ地下牢へ?」
マルティーニ伍長は馬上から怪訝そうに尋ねたが、私はすぐに分かった。将軍はファルマーチの実験室を再び調べに行ったのだ。
伍長に強い口調で尋ねられ、見張りは困り顔で首をかしげた。
「自分のような一兵卒には分からないのですが、ドラーギ将軍は戻って来るなり団長室に駆け込み、何ごとか相談されていたようです。その後、配下の騎士をつれて地下牢へ向かわれました」
「騎士団長殿にご相談されたということは、調査許可証をお持ちになって地下牢へ行かれたのか」
マルティーニ伍長の言葉に、私は納得した。騎士団長のお墨付きとなれば、ファルマーチも追い出しにくいはずだ。
そしてどうやら、騎士団長は詰め所内にいることも分かった。彼も私の正体を知っている心強い味方の一人だ。
「では騎士団長を呼んでくれたまえ」
私は再び見張りに頼んだ。
「騎士団長ですと?」
先ほどより丁寧な口ぶりだが、見張りの騎士は、相変わらず疑わしげなまなざしで私を見上げている。見覚えのない少年騎士とでも思っているのだろう。マルティーニ伍長の顔色を窺いつつも、馬上の私を見上げて尋ねた。
「名前も分からぬ者のために団長様を呼ぶことはできません。貴官の名を伺っても?」
私は観念した。騎士のふりを続けていても埒が明かない。もう、逃げも隠れもしない。私は背筋を伸ばし、毅然とした声で名乗りを上げた。
「私はヴァイオラ・ユスティティエ・ダ・ドミナントゥスです」
見張りの騎士は驚愕し、
「皇女殿下!?」
上ずった声を出した。
一瞬呆気に取られたマルティーニ伍長が、我に返って見張りに言い放つ。
「本物の皇女様だ。すぐに騎士団長を呼べ!」
見張りの騎士は顔色を変え、詰め所内へ転がり込んだ。
残っていたもう一人の見張りが、分厚い扉を押さえて私を見上げる。
「皇女殿下、どうぞ馬をお進めください。厩舎は入ってすぐ、右手にございます」
「ご案内します!」
マルティーニ伍長が手綱を握り、広々とした騎士団敷地内に入ってゆく。見張りの言う通り、右手には厩舎らしき屋根が見えた。一方、左奥は野外訓練場となっているらしく、剣を合わせる金属音が響いてくる。
「えっ、騎士団長!?」
唐突にマルティーニ伍長の声が響いて、よそ見をしていた私は慌てて進行方向に向き直った。馬を止めた伍長が向き合っていたのは、きらびやかな馬具をつけた白馬にまたがる騎士団長だった。
「どきたまえ。某は急いでおる」
威厳に満ちた声が響いたのと同時に、騎士団詰め所のほうから、さっきの見張りが走って出てきた。
「ああ、いらっしゃった! 騎士団長様、お待ちください!」
どうやら厩舎にいた騎士団長に気付かず、詰め所内の騎士団長室へ向かっていたようだ。だが騎士団長は駆け寄って来た見張りを振り返ることなく、私を見つめて灰色の瞳を見開いた。
「なっ、殿下!? お迎えに上がるところでした!」
馬上で背筋を伸ばし、敬礼する。
「迎えに?」
訳が分からず問い返した私に騎士団長は、ドラーギ将軍から報告を受けたのだと答えた。
「陛下が殿下をジョルダーノ辺境伯領に追いやったと知り、某は精鋭と共に出発するところでした。あなた様を失うわけには参りませんから」
騎士団長のうしろには数名、厳めしい顔立ちの騎士が軍馬にまたがり控えている。
「ですが殿下、皇宮に戻られたということは――」
白いもののまじった眉の下、騎士団長の瞳に希望の光が燃える。私は彼の期待に応えるべく、深く首肯した。
「父と兄を倒し、私が次期皇帝となろう」
ミシェルを救い、民に平和をもたらすために!
「ようやく決意されましたか!」
皺の刻まれた騎士団長の顔が、ぱっと明るくなった。
信じてくれた重臣たちを、私は長い間待たせてしまったのだ。
「遅くなってすまない。だが、とっておきの計画を思いついたので許してほしい」
「我々にも秘策があります。この作戦には皇女殿下の存在が不可欠。まずはこれからの行動について話し合いましょう」
馬から降りた私は、詰め所内の大広間に案内された。
吹き抜けになった空間は天井が高く広々としているものの、華美な装飾とは無縁だ。壁は無骨な石造りのまま。床には素焼きのタイルが敷き詰められている。
中央には、壁を背にして立派な肘掛け椅子が置かれていた。本来なら騎士団長が座るべきその場所に、今は私が腰掛けている。かたわらには騎士団長が立ち、威圧するように大広間を睥睨していた。
ほどなくして彼の命を受けた騎士たちが、宰相や大蔵卿、宮廷長官らとその部下を伴って、次々と大広間に戻って来た。宮廷長官の背後に従う侍従は、分厚い本を重そうに抱えている。
「皇女殿下」
宮廷長官が進み出た。ミシェルを信用していない彼を前にすると、覚えず両肩に力が入る。
宮廷長官は私の前にひざまずき、侍従が抱えた本をうやうやしく示した。
「ドミナントゥス帝国の法典を全て調べました」
「その書物は帝律法典大全かな?」
私は革表紙に金箔押しで記されたタイトルに目をこらした。帝国の法律を網羅した本だ。
うなずいた宮廷長官が端的に告げた。
「部下たちと手分けして目を通しましたが、女性が皇帝になれないという記述は一切ありませんでした」
「私は正当な皇位継承者というわけか」
「その通りでございます」
力強い言葉が返って来て、責任と高揚感に奮い立つ。法的根拠をしっかりと固めてくれる宮廷長官は頼もしい。彼がミシェルを疑ってかかるのも、こうした慎重な性格ゆえなのだろう。
「殿下、ここ数百年、女帝が誕生しなかったのは慣習に過ぎませぬ。歴史的にはドミナントゥスが帝国になる前の王国時代に、女王の治世もありました」
「ほう」
話を聞いていた大蔵卿が、場違いなほど楽しそうな声を出した。
「古代王国の時代、王配が男の娘だった前例はあるのですかな?」
大きな腹を揺らして豪快に笑う。だが宮廷長官は冗談を好まないたちなのか、神経質そうに眉根を寄せた。
肘掛け椅子の横に立っていた騎士団長が、私の前で立膝をついた。
「ヴァイオラ殿下、ミシェル殿下をお守りできず、大変申し訳ない。だが、あの方は皇配にふさわしい人物であることが、某にもよく分かり申した」
「というと?」
尋ねたのは宮廷長官だった。
「某は陛下の命を受けたあと、あの方を逃がそうと密かに状況を伝えに参った。だがミシェル殿下は、逃げるつもりはないとおっしゃったのだ」
「スーデリア王国にも陛下の命令を受けた兵士が向かったのですから、行くあてなどないでしょうな」
宮廷長官が意地の悪い言い方をすると、騎士団長は重々しく首を振った。
「ミシェル殿下は覚悟を決めた瞳で、『ヴァイオラ殿下の帰りを待つと約束したのだから、この皇宮から出ることはない』と答えたのだ。『共に美しい帝国を作っていくと、僕と殿下は将来を誓い合ったのです』とな」
胸が熱くなって、私は借り物の騎士服の裾を握りしめた。
仲間と共に作戦実行! その前に、宮廷長官と真に信頼し合うことはできるのか?




