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【長編版】男装皇女の逆転劇 ~双子の兄に変装して結婚する相手は隣国王女――と思いきや女装した超絶美形王子!? 私の男装は初めから見抜かれ、溺愛されていたなんて聞いてません!~  作者: 綾森れん
第三幕:愛し合う二人を阻むもの

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28、ミシェルの身に迫る危機

「幼い頃のミシェル様はわんぱくで、領主殿のお子様たちと一緒に城の中を探検して、あなたに呆れられたこともあったとか」


 私は敢えて「おてんば」と言わずに「わんぱく」と表現した。意図を察した領主は、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情で、船から身を乗り出している。


「ミシェル殿下は皇宮で息災なのだろうか?」


 深刻な声音で尋ねたのは、彼もまた、ミシェルが帯びていた暗殺任務を知っているからだろう。


 私は答える代わりに(ふところ)から短剣を出した。ミシェルが私に預けてくれた、スーデリア王家の紋章が刻まれた剣だ。


「ミシェル様は愛の証として、私にこの短剣を捧げてくださいました」


「ああ、その剣はスーデリア王家に伝わる――」


 領主が甲板から片手を伸ばす。もちろん届くことはない。私は彼によく見えるよう、うやうやしく短剣を掲げた。


「ミシェル様はまるで騎士のようにひざまずき、私に献上してくれたのです」


 騎士という言葉の選択から、領主は確信したようだ。ミシェルが私に正体を明かしていると。


「領主殿、私はミシェル様が幼少期の幸せな思い出を育んだブリュームの地を、戦火で破壊したくはありません」


 短剣を鞘から抜き、夕暮れの空へとかざす。銀色の刀身が、山間(やまあい)から長く伸びる黄金色の光芒を反射した。


「スーデリア王家の短剣に誓って、共に平和を築きませんか?」


「ヴァイオラ様は、ミシェル殿下のお眼鏡にかなった人物でしたか」


 ブリューム領主の声が、静かに川面を揺らした。


「まさかお二人の間に密約が交わされていたとは知りませんでした。宮殿内に新たな派閥ができていたことも」


 皇太子を亡き者にするために帝国へ送り込まれたミシェルと、皇女である私が結託したと、領主は考えたのだろう。そして皇宮では皇女を頂く派閥が秘密裏に活動しているのだと――


 事実とは言い切れないものの、私は否定しなかった。


 やがて領主はゆっくりと、うなずいた。


「ミシェル殿下が愛した皇女様なら、私も信じましょう。あなたこそ次期皇帝となる人物だと」


 その後は兵士の乗る小舟を出して書面が行き交い、皇太子セザリオとブリューム領主の署名が入った和平条約が作成された。私が皇女であることは公然の秘密。飽くまで和平条約にサインをしたのは、皇帝の名代を務める皇太子なのだ。




 目的を達成した実感が湧いてきたのは、日が暮れてからだった。


 月明かりの下、ドラーギ将軍と並んで川岸に立つ。夜風に乗って大河の両岸から、兵士たちのにぎやかな声が聞こえていた。終戦を祝って酒盛りをしているようだ。


「殿下、我々も飲みましょうか」


 天幕に戻ろうとした将軍が、目を細めて帝国直轄地の方を仰ぎ見た。


「誰かが馬に乗ってやってくるようです」


「早馬のようですね。帝都からの使者でしょうか?」


 父からの使いだろうか? 嫌な予感がする。


 目を凝らすうちに、土煙を上げる蹄の音が迫ってきた。馬上の若い侍従の姿が目視できる距離まで近づいたとき、


「ミシェル様が――」


 聞き覚えのあるバリトンヴォイスが夜気を裂いた。


「地下牢に囚われました!」


 転げ落ちるように馬から飛び降りたのは、侍従姿のメイだった。うしろでひとつに束ねた空色の長い髪が、月夜にふわりと舞った。


「殿下、助けてください!」


 長い脚を曲げ、メイは私の前にひざまずいた。


「我々の計画は、皇帝陛下に漏れていたのです!」


 彼らの計画とは、ミシェル様が皇太子セザリオに魔法薬を飲ませ、初夜のうちに殺害する密命を帯びていたことだろう。


「なぜ――」


 乾ききった喉から、私はかすれた声を押し出した。


「分かりません。ですが、スーデリア国王陛下と王妃殿下にも嫌疑がかけられ、取り調べのために帝国騎士団が向かったそうです」


 いつもは飄々としているメイの切れ長の目に、焦燥の色がにじむ。


 おそらく事態を呑み込めていないであろうドラーギ将軍が、太い腕を組んだ。


「陛下がブリューム領民の動きにいち早く気付いたことから考えても、どこにでも帝国の間者がいるのでしょう。おそらく、その計画とやらも――」


 スーデリア王家にも間諜が入り込んでいて不思議ではないというわけか。


「そうか、だから……!」


 私は暗い空を仰いだ。


 父上の謎めいた言葉の意味が、ようやく分かった。皇太子とミシェルの婚礼の儀を偽と言ったり、初夜に向かう私に別れを告げたりしたのは、スーデリア側の策略を知っていたからだ。ミシェルが新郎の命をねらっていることを知りながら、父は私に初夜の任を命じた。


 急激に心が冷えていく。戦地に送り込まれるずっと前から、私は兄セザリオの身代わりに消される運命だった。父の思惑通り私がミシェルに殺されれば、皇太子に害を為した罪で、帝国はスーデリア王国を滅ぼすことができる。


 だが実際には、いつも父のそばに仕えている占い師が、兄妹の入れ替えを知った。スーデリア側の暗殺計画を知っていた彼女は、ニーナに接触することで惨事を止めた。同時に皇帝を眠らせ、事態の発覚を遅らせたのだ。


「殿下、ミシェル妃が幽閉されたとブリューム領主に知れれば、和平も破棄されかねません」


 ドラーギ将軍の冷静な声に、私は我に返った。ミシェルが無事であることと、彼が私を信頼してくれた事実が、和平の鍵となったのだ。


「将軍、私は帝都へ戻る。ミシェルを救い出すために」


「吾輩も、お供いたす!」


 ドラーギ将軍が太い声で吠え、敬礼した。


「信頼できる部下三人を護衛に連れて行きますぞ」


 将軍の行動は早かった。まずメイと、彼を乗せて来た馬を休ませるよう配下の騎士に命じる。次に副将軍を呼んで手短に状況を説明し、戦場に残る軍勢を彼に託した。そしてドラーギ将軍自身が、屈強な兵士二人と魔法騎士一人を見繕(みつくろ)った。


 すぐに若くて元気のよい馬が五頭用意され、私はドラーギ将軍と配下の騎士と共に出発した。

ヴァイオラはミシェルのピンチに駆けつけることができるのか!?

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