25、結ばれる二人
グラスの水を半分ほど飲んだミシェルの頬が火照りだすのを見て、私は気が付いた。
「まさか媚薬を盛られた!?」
私自身も、体の芯がじんじんと熱を帯びてくる。
「熱いな」
燃えさかる暖炉の火をにらみながら、ジュストコールを脱ぎ捨てた。
「メイが馬鹿なことをしてごめんなさい、ヴァイオラ様」
ミシェルの肩からショールがすべり落ちる。首元のレースチョーカーを外すと、控えめながら喉仏が見えた。
「ミシェルが謝ることじゃない。絶対にニーナも共犯だ」
「ニーナ―― ああ、ニーノ様ですね」
私はうなずいて、ミシェルの頬を指先でなでた。
「ミシェル、暑いでしょう? ここには私しかいないのだから我慢しないで」
私は手早くミシェルの背中に両手を回し、ドレスのボタンを外した。それから紐を解いたり、いくつも刺してあるピンを抜いたりして、窮屈なドレスを脱がせてやる。ドレスの作りを熟知している私は、世の男たちよりよっぽどスマートに脱がせられるのだ!
「あっ――」
小さく声をあげたミシェルが私の顎下に頭をすり寄せた。
「なんだか皇太子姿のヴァイオラ様にドレスを脱がされるの、恥ずかしいですっ」
恥じらうミシェルがかわいくて、腹の底から情熱の炎が燃え上がる。魔法薬の効果は絶大だ。
だが彼の桜色の髪に伸ばした指先は、理性が鳴らす不安という警鐘に動きを止めた。
「ミシェルはやっぱり、私には女性らしくしてほしいもの――よね?」
「へ?」
ミシェルは呆けた顔を上げた。
「僕が恋をしたのはヴァイオラ様の魂だよ? 服装にこだわりはないけれど」
人差し指をさくらんぼのような唇に当てて、しばし考える。
「女装したほうが、ヴァイオラ様が心地よいならどうぞ?」
こてんと首をかたむけて、蠱惑的な笑みを向けられてしまった。
女装じゃないわよ! ミシェルと一緒にしないで!
ちょっぴり癇に障った私は、ミシェルの肌着の肩を抱き寄せ、耳元でささやいた。できるだけ低い声で。
「それでは、私はこの皇太子姿のままでよいと?」
「むしろ本望です……。僕、かっこいい女の人が好きなんで」
かすれた声で答えたミシェルを、私はヘッドボードに並んだクッションに押し倒した。
「ああっ、僕のヴァイオラ様、素敵!」
ミシェルは両手で自分の顔を覆って、指の間から私を盗み見た。
私はやんわりと彼の手を握る。
「ほら、この手をどけて。かわいい顔が見えないでしょ」
「うふふ」
嬉しそうに笑ったミシェルだったが、私が彼の肌着をめくり上げようとすると、
「あの、でも、今夜はだめですっ」
慌てて手首をつかんできた。
「僕、たくさん飲んじゃったので――」
飲むとなんなの? ――あ。
「殿方はお酒を飲み過ぎると――」
「ひゃぁぁぁ、言わないでください!」
薔薇色だったミシェルの頬が、真っ赤になった。
「ヴァイオラ様の美しい唇に、そのようなお言葉はふさわしくありません!」
「私の唇は私のものだ。事実くらい好きに述べるよ」
「僕の唇はヴァイオラ様のものです」
言ったわね? 私は有無を言わさず彼の唇を奪った。
「んんっ」
あら、かわいい声あげちゃって。唇をふさいだまま背中に手を回し、コルセットの紐を素早く解く。長年、侍女が一人しかいなかった私は、コルセットの着脱もお手の物だ。
「ああっ、だめです……」
ミシェルの制止には耳を貸さず、コルセットを引きはがしてベッドの下に捨てる。首元で結ばれた肌着の紐をほどくと、鍛えられた上半身が露になった。
「愛する女性に僕―― 女装のままベッドに押し倒されて、脱がされちゃうなんて恥ずかしいです!」
ベッドサイドに置いたランプの灯と、暖炉の炎が織りなす光と影が、ミシェルのなめらかな肌に陰影を刻む。肩から胸へと続く筋肉の起伏は、古代彫刻のように完璧な均衡を保っていた。
「綺麗な顔をしていても、カラダは男の子なのね」
私はくすっと笑って、彼の喉仏の突起から下へ向かって指をすべらせた。平らな胸の間をなぞって、引き締まった腹直筋を撫で、へそのくぼみまで――
「ひあぁぁ……」
ミシェルは長いまつ毛を震わせ、口を半開きにしたまま小さな悲鳴をあげた。
私は構わず、胸の上にちょこんと乗った薔薇色のつぼみを唇ではさむ。舌の先で優しく転がすと、ミシェルの身体がわずかに跳ねた。
「あら。ミシェルったら、ここがいいのね」
「ちがっ……」
「違くないでしょう?」
顔を見ると涙目になっている。艶やかな桜色の髪は乱れていても、女性のヘアスタイルに結い上げられたまま。薄化粧を施された面差しは少女のようだ。
ミシェルは私の指でもてあそばれながら、まぶたに雫をためて告白した。
「ヴァイオラ様に触れられると、僕―― 変になっちゃいそうで……」
「あらやだ、はしたない」
神経質に眉をひそめて見せると、ミシェルは涙ながらに訴えた。
「こんな罪深い僕を、どうかヴァイオラ様のものにしてください!」
「婚礼の儀で誓い合った日から、ミシェルは私のものです」
脱ぎ捨てた自分のジュストコールで、彼の裸の肩を包み込む。普段より速い彼の呼吸に合わせて、鍛えられた胸がわずかに上下する。その動きに合わせて、影が踊り、光が戯れた。
「ヴァイオラ様、ひとつになりたいです」
懇願する彼を無視して、桜色の後れ毛をかき上げ、彼の耳たぶを食む。
「ひゃんっ」
また悲鳴を上げたミシェルは、拗ねたように頬をふくらませた。
「僕ばっかり攻められるなんてずるい。ヴァイオラ様も脱いでよ」
私のジレのボタンを外そうとする悪い子の指先を握りしめて、
「だーめ」
冷たく言い放ち、彼の腰にそっと手を添える。純潔を示すように真っ白な肌着が、彼の腰から下を覆っていた。
「ちゃんと元気になるまで、お預けよ」
「い、いじわる」
ふくれっつらして尖らせたその唇を、私はもう一度キスでふさいだ。
だが、夢のような一夜が明けた翌日、悪夢のような一日が始まった。
宮廷魔法医ファルマーチが処方したポーションが効いて、ついに父が正気に戻ったのだ。
ついに魔法薬入り蒸留酒の影響下から脱した皇帝。ヴァイオラに何を突き付けてくるのか!?




