23、睡眠薬事件の真相
やや千鳥足のミシェル様を支えながら庭園を回り、裏口から宮殿内に戻った。普段、皇族は使わない使用人用の階段を登って、皇太子夫妻の間へ向かう。私は一四歳まで宮殿で暮らしていたので、間取りは頭に入っている。
豪華な廊下の先に皇太子夫妻の間が見えてくると、睦みあう男女のささやきが聞こえてきた。
「この声は――」
私とミシェル様は顔を見合わせる。
「ニーノ!」
「メイ!」
私たちは同時に違う名前を叫んでいた。だが行動は同じ。一直線に控えの間へと走り、扉を開け放った。
「あ、セザリオ様」
「あ、ミシェル様」
ソファの上で抱き合っていたニーナとメイが、二人そろって気まずそうに私たちを見上げた。猫足のローテーブルには、紫色の光を放つ怪しげな小瓶が乗っている。
「二人は一体どういう関係?」
私は両手を腰に当て、見れば分かることを質問してしまった。二人とも白い麻の下着姿。ニーナの丸っこい体つきには見慣れているが、メイのたくましさには驚きしかない。
ミシェル様はテーブルに乗った小瓶を手に取り、
「やはり」
と青ざめた。彼のつぶやきに、私は直感する。
「それが、睡眠薬なのね」
「正確にはぁ」
メイが糸目を私に向け、人差し指を立てた。
「一滴だけ水に落とせば催淫作用、少量をお酒に混ぜれば幸せな夢の中に惹きこまれ、適量を水に溶かせば眠り薬となる魔法薬ですぅ」
ニーナはやわらかいほっぺたを林檎のように赤くして、うつむいている。催淫効果について知っているようだ。これから二人で楽しむつもりだったってこと!?
「ちょっと待って。メイはどっち!?」
「セ、セザリオ様ぁ、メイが殿方に見えますかぁ?」
妙に太い裏声で尋ねたメイに答えたのは、ミシェル様だった。
「メイ、もう嘘をつく必要はない」
静かな美声に王子らしい威厳が漂っていて、鼓動が高鳴る。
「わが王家の秘密を、僕は美しく気高いヴァイオラ様に打ち明けたんだ」
「そう、でしたか。殿下」
メイがすっと瞼を上げた。切れ長の目が印象的な美丈夫だ。つまり―― どうみても男!!
「ヴァイオラ様、黙っていて申し訳ありませんでした!」
ニーナが突然、頭を下げた。
「すべてお話しいたします!」
婚礼の儀のあとニーナは、神出鬼没の占い師に呼び止められ、スーデリアから来た侍女が隠し持っている魔法薬について告げられたそうだ。
「『あなたが主人を守りたいのなら、お気をつけなさい』と言われた私は、毒薬だと確信したのです。スーデリア王国から来た二人が、皇太子を暗殺するつもりなのだと。私はどうしてもヴァイオラ様のお命をお守りしたかった」
ニーナはメイに近づき、皇太子が皇女であることを打ち明け、命までは奪わないでほしいと懇願したという。
「私が本当は侍女で、男装していることも告白しました」
「自分は、ニーナさんの主人を思う強い気持ちに打たれたんです」
メイがバリトンヴォイスで語り出した。髪型は侍女のままなので違和感がすごい。カツラなのかしら? いやミシェル様は地毛だったわね、などと考えていたら、メイが相好を崩した。
「ニーナさんのふっくら可愛いお姿も好みでしたし」
「やだっ、メイったら!」
ニーナがメイのたくましい二の腕を人差し指で突いた。
「それで?」
私は無表情のまま先を促す。
「自分は、ニーナさんに約束しました。ヴァイオラ様にお出しする飲み物に魔法薬は入れないと」
「でも考えてみたら、ヴァイオラ様がお茶を飲んでも眠りに落ちなかったら、ミシェル様が怪しむでしょう? メイの裏切りが明らかになってしまう」
それで咄嗟に、寝室へ向かう私を呼び止めて忠告したのか。
メイが普通の睡眠薬ではなく、微量なら媚薬として効果を発揮する魔法薬を用意したのは、万一帝国側に持ち物を検められたときにも、言い逃れできるからだろう。
「自分とニーナさんは話し合って、魔法薬を半分、占い師に預けることにしたんです」
メイが事の顛末を告げると、片手で魔法薬の小瓶を撫でていたミシェル様が悲しそうにつぶやいた。
「メイに騙されていたとはな」
ミシェル様は、初夜にメイが私に用意したお茶を、窓から捨てていた。魔法薬入りだと信じていたのだ。
「申し訳ありません!」
今度はメイが頭を低くした。
「ニーナさんから話を聞いて、ヴァイオラ様こそ我々にとっても必要な方だと判断しました。しかし皇帝に薬を盛るという大それた計画に、殿下を巻き込みたくなかったのです」
「僕に責めを負わせないためか? 馬鹿な。部下の行いはすべて僕が責任を取るんだ」
「殿下!」
ソファから立ち上がったメイは、ミシェル様の足元にひざまずいた。
「メイ、頭を上げてくれ。君の行いは正しかった」
侍従を助け起こすミシェル様は、女性のドレスに身を包んでいても、誇り高い王子だった。
と思っていたら、ミシェル様がふらりと体勢を崩した。
「危ない!」
慌てて立ち上がったメイがミシェル様を支える。
「殿下、飲み過ぎましたね?」
「飲まされちゃった」
「お酒弱いんだから断ってください」
メイに叱られるミシェル様がかわいそうだ。
「飲ませる男たちが悪いのよ」
私はミシェル様に加勢した。
「寝室は整えてございます。どうぞ、お二人仲良くお休みになって」
メイが私たちを追い出しにかかると、ニーナも口をそろえる。
「今夜はどうぞお楽しみくださいませ」
何を今さら、と言いかけて、私は気が付いた。昨夜まで私は皇太子セザリオとして振舞っていた。だが今夜は、私が性別を明かして迎える初めての夜なのだ。
今夜こそ、本当の初夜!?
次回、ミシェルが(前回の)初夜のために立てていた(不穏な)計画も明らかに!




