22、占い師、不吉な予言をする
「メイはなんと?」
私の問いにミシェル様は、気まずそうに目をそらした。
「メイはやはり、ニーノ様に魔法薬を託したと」
彼が答えたのと同時に、うしろで砂を踏む足音がした。
ミシェル様を抱きしめ、振り返る。月光を受けて佇んでいたのは、藍色のフード付きマントをまとった女性だった。
「お前は―― 占い師!」
指差した私に動じる様子もなく、彼女はフードを脱いだ。月明かりに照らし出されたのは、意外にも気品と聡明さを感じさせる面差し。どことなく母上を想起させる知的な瞳に、父上が好みそうだと納得する。
「私が、少女のように愛らしい小姓に頼んだのです」
占い師は落ち着いた声音で話した。少女のような小姓とはニーナのことだろう。
「スーデリアから来る不思議な侍女が、帝国の未来を変える魔法薬を持って来るから、分けてもらうようにと」
「ニーノがあなたの言葉など真に受けるものか」
反論する私の声は弱々しい。占い師は琥珀色の瞳で、私の心を見透かすようにまっすぐ見つめた。
「殿下ならご存知でしょう。ご自分の忠臣が本心では何を望んでいるか」
ニーナが心の奥底で私を次期皇帝に推したいと望んでいても、彼女は父上を政務不能に追いやるような勇気は持ち合わせていないはずだ。
「ニーノをたぶらかしたな!」
私が怒気を露にしても、占い師は表情ひとつ変えない。
「星々が私に命じたのです」
要領を得ない答えが返って来た。
「殿下、三日後は牡羊座の新月。新たな始まりの日です」
占星術の話をしているようだが、私にはあまり知識がない。
「何が言いたい?」
問い詰めると彼女はローブの袖から巾着袋を取り出した。
「ではカードに尋ねてみましょう」
私の答えも聞かずにくるりと背を向け、薔薇のアーチをくぐる。私とミシェル様は彼女のあとを追った。
占い師は噴水脇のガゼボまで来ると、石のテーブルにクロスをかけた。天鵞絨に銀糸で十二宮図が刺繍されている。
私たちの見守る目の前でクロスの上にカードを広げ、丹念に混ぜた。
「では三日後、何が起こるのか、帝国の運命を占ってみましょう」
占い師は慣れた手つきでカードをまとめてから、三つの山に分けた。
「殿下からどうぞ。どの山からでも構いません。一番上のカードをお取りください」
「私は占いなど信じないぞ」
不機嫌な声を出しながらも好奇心に抗えず、真ん中の山のカードをめくった。
「なんだこれは?」
私の手にしたカードをミシェル様がのぞきこむ。ふわりと葡萄酒が香った気がした。
「逆さまではないでしょうか?」
「そのようだな」
私はカードをひっくり返した。月明かりを浴びて、金箔を贅沢に使った細密画が煌いて見える。だが描かれていたのは――
「鎌を振るう骸骨だと?」
「でもうしろから朝日が昇ってきますよ」
ほろ酔い気分のミシェル様が、のんびりした口調で背景を指さす。だが私は、咎めるように占い師をにらんだ。
「こんな不吉な絵を見せて、なんのつもりだ?」
死神の描かれた絵札を突き付けるが、彼女は顔色ひとつ変えない。
「死神は終わりと、新たな始まりを意味します。逆さまに出てきた場合、私は始まりの意味がより強まると解釈しています」
「ただの遊びだろう」
私はカードを裏返してクロスの上に戻した。手描きされた美麗な絵ではあるが、貴族たちが賭け事に使うプレイングカードと似たようなものだ。神秘的な力が宿っているとは思えない。
「妃殿下もどうぞ」
私の批判などこれっぽっちも気にしていない占い師が、ミシェル様に勧めた。
「やったー!」
いつもと違う無邪気な反応に、私は彼を二度見する。絶対、酔っぱらってるでしょ、この王子!!
ミシェル様は左端の山に指を伸ばしたが、酔っているせいで手元が狂ったのか、二枚のカードが同時にめくれてしまった。
「ごめんなさい! 僕、そそっかしくて」
「構いませんよ」
占い師は優しい声で答え、二枚のカードを並べた。ミシェル様は月明かりに照らされたカードに見入った。
「浴槽かな? 湯に浸かった人々が、ラッパを吹く天使たちを見上げているね」
「公衆浴場か? でも混浴とは妙だな」
首をかしげた私に、お酒の力を借りたミシェル様が隠れた欲望を露にする。
「男女で仲良く露天風呂!」
「違います」
占い師が静かに否定した。
「このカードは天使の呼びかけにより、墓地からよみがえる人々を描いたものです」
浴槽に見えたローズ色の大理石は墓だったらしい。画家の画力に問題があるわね!
ミシェル様は気を取り直して、もう一枚を手に取った。
「こちらは怖い絵柄だね。塔の上に雷が落ちた場面かな?」
「二枚を合わせて読むと、三日後、塔の上で眠る高貴なお方が目覚めるようです」
占い師の口調は何も変わらなかったが、私の心臓は跳ね上がった。
兄が目を覚ますですって!?
「信じる信じないはご自由に。ですが、私が伝える星々の声が間違っていたことは一度もありません」
占い師はカードをまとめると、クロスと共に巾着袋にしまった。
「人生に変化はつきものです。それを吉と捉えるか、凶と捉えるかはあなた方次第」
謎めいた言葉を残して木陰の向こうへ歩み出した。
「待て!」
追いかけた先には庭園が広がっているだけ。占い師のローブ姿は夜の闇にとけ消えてしまった。
虫の声がかすかに聞こえる庭園に、私は立ち尽くしていた。月光だけが、ぼんやりと石の道を照らし出す。
「セザリオ様」
うしろからミシェル様が声をかけた。
「三日後、塔の上で眠る高貴なお方が目覚めるとは――」
ミシェル様は、塔の上に皇女ヴァイオラが寝ていると信じているはず。占いを信じるわけではないが、本当のことを打ち明けるべきだろうか。
私の決心が固まる前に、ミシェル様は言葉を続けた。
「――じゃない方のセザリオ様が、ついに意識を取り戻されると?」
「は?」
私は慌てて振り返った。
「じゃない方!?」
おうむ返しに問う私に、ミシェル様はいたずらっぽく笑った。
「そうだよ。僕が愛したんじゃない方。綺麗じゃない方のセザリオ様」
ぽかんとする私を抱き寄せ、耳元でささやいた。
「ねっ、僕の愛した、綺麗な方のセザリオ様!」
私は首をひねって、まじまじとミシェル様を見つめた。お酒のせいで大胆になって、思わず本音を漏らしたのだろうけれど、やっぱり私の男装に気付いていたのだ!
月明りに照らされたミシェル様は、わずかに眉尻を下げてほほ笑んだ。
「黙っていてごめんなさい」
それから私の耳元でささやいた。
「ヴァイオラ様」
心臓が跳ね上がる。ずっと本当の名前で呼んで欲しかった。
「ミシェル様はいつから気付いていたの?」
「ミシェルで良いですよ。気付いたのは―― 初夜の時です」
想像していたよりずいぶん前!! 恥ずかしさに体中が燃え上がる。スーデリアの美形王子を前に、帝国の皇女がずっと男の演技をしていたなんて!!
言葉を失った私を抱きしめて、ミシェル様はささやいた。
「話したいことがたくさんあります。二人の部屋に戻りましょう」
石畳を踏む革靴だけを見つめて歩きながら、私は自分に言い聞かせる。スーデリア王子だってずっと女装していたんだから、お互い様よ! 大体、彼の方が先に女装を始めたのよ? なんせ生まれたときから女性の服を着ていらしたんだから。
そこまで考えて、私はハッとした。
もし、兄上が落馬事故に遭わず、婚礼の儀も初夜もこなしていたら、ミシェル様はどうするおつもりだったのか?
いや、そもそもスーデリア国王は何を考えている? ミシェル様には妹殿下がいらっしゃったはず。妹王女の代わりに女装した兄王子を嫁がせるなんて、正気の沙汰とは思えない!
次回、秘められた真実をミシェルが打ち明ける!
明日からは第三幕。
第三幕では魔法薬の謎が解け、愛し合う二人がついに結ばれます! が、魔法医のポーションが効いた酔いどれ皇帝が執務室に返り咲く……その時ヴァイオラの運命は!?
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