17、ヴァイオラ、重臣たちとの会議で手腕を発揮する
「殿下のお考えには某も賛成だ。部下を無駄死にさせたくはない」
まず口をひらいたのは騎士団長だった。
同調するように、宰相が渋い顔でうなずいた。
「だが帝国は、転移装置爆破を自治領側の仕業としてすでに発表しておる。ブリューム領を処罰せずに矛を収めては、帝都民も納得しないであろう」
「しかし宰相殿。厳しすぎた場合、ブリューム側は武力で反発する可能性が高い。それを鎮圧するのは某の部下たちだ」
騎士団長が白いもののまじった眉を寄せると、宮廷長官が二人を収めるように両手のひらを机に向けた。
「帝国の威信を損なうわけにはいかないと、殿下もご存知でしょう」
意見を求めるように、私に視線を送った。
「まず、高額な賠償金を課す」
私が応じた途端、場の空気が張り詰める。
「どの程度の額をお考えですかな?」
興味を示したのは、でっぷりと太った大蔵卿だ。
「金額自体はこれから話し合いたい。だが帝都民に示しがつかない額では困るから、高額な賠償金を請求する」
宰相と宮廷長官が顔を見合わせたが、私は先を続けた。
「だが賠償金の支払いは九十九年の長期分割とする」
「なっ」
誰かが声を上げた。
「さらに賠償金支払い期間中、ブリューム自治領への課税を九割減とする密約を交わす。減税については、帝都民には発表しない」
「つまり」
にやりと笑ったのは大蔵卿だった。
「請求賠償金の総額は、昨年ブリューム領から収められた金額の約百倍となるわけですな」
「その通り」
私がうなずくと同時に、宰相がぽんと手を打った。
「表向きは高額の賠償金を課したと発表するが、ブリュームが実際に払う額はこれまでとほぼ変わらないというわけか」
宮廷長官も満足そうに首を縦に振っている。
「ブリューム領は養蚕技術の進歩によって年々豊かになっている。多少、中央へ納める金額が増えたとて、実害には程遠い。だが帝国の名誉は保たれる」
腕組みした騎士団長は難しい顔をしていたが、反対ではないようだ。
「自治領への制裁を求める帝都民の反発をかわないよう、情報をしっかり制御する必要がありますな」
「帝都の治安維持を担う第八騎士団の働きに期待しておりますぞ」
宰相が騎士団長の肩に手のひらを乗せた。
だが、それまで黙って成り行きを見守っていた魔道長官が声を上げた。
「お待ちください。ブリューム領の転移塔は現在、破壊されたままです。誰がいつ修復するのですか?」
「そこで二つ目の罰として、転移塔を含む土地は帝国のものとする」
私が指を二本立てると、戦略の間は再び静まり返った。緊迫する空気の中、騎士団長だけが意見した。
「さすがに土地を奪っては、自治領の反発を招くのでは?」
「転移塔の建つごくせまい範囲のみを、九十九年間の租借地とする。帝国が直接、魔法陣の修復を行うための措置です」
私の意図を理解したらしい魔道長官の頬に、うっすらと笑みが浮かんだ。
「修復の主導権を帝国側が握り、自治領には負担をかけないというわけですな。それなら魔法陣の質が下がることもあるまい。安物の魔石を嵌められてはかないませんから」
騎士団長は腕を組んだまま、豪快な笑い声をあげた。
「自分で壊したものは帝国が責任を持って直すというわけか。これは結構」
すると宮廷長官が首を伸ばして、騎士団長に話しかける。
「しかも帝都民には『自治領の土地を奪ってやった』と発表できるわけですよ」
宰相は忍び笑いをもらした。
「殿下はなかなか策士でいらっしゃる」
ほんと、ミシェル様ってば策士よね。
私は内心のつぶやきを噯にも出さず、再び一同を見回した。
「帝国の威信を保ち、戦を終わらせるための策だ。どうであろうか?」
騎士団長が腕を組んだまま天井を仰いだ。
「問題は敵軍の将が吞むかどうかだが、某なら受け入れるだろう」
「ブリューム領主が首を縦に振れば、紛争は終結しますよ。私がすぐに手紙の草案を書きましょう」
宮廷長官が冷静な声で述べた。
魔道長官は大蔵卿に、
「転移塔修復の予算に問題はないだろうか?」
小声で懸念事項を尋ねる。
「足りないようなら、陛下が無駄にため込んでいる美術品や絵画をちょこーっと、古美術商や画商に売り下げれば足りるでしょうぞ」
大蔵卿はおどけた様子で、太い親指と人差し指で隙間を作り、大きな腹を揺らして笑い声をあげた。
宮廷長官も手を叩く。
「賛成です。昼間はシャンデリアを消してもらえば、年間のロウソク代もずいぶん節約できる」
どうやら父を嫌っているのは宰相だけではないようだ。
私は二人をたしなめる代わりに宣言した。
「では、ただいま述べた案を正式に決定とする」
重臣たちは一様に満足そうな表情で、深くうなずいた。
会議が終わると、ローブを羽織った魔道長官が立ち上がった。ひょろりと背の高い彼は私に近づき、事務的な口調で報告した。
「セザリオ殿下。今朝、侍従長が魔道研究室に持ち込んだ酒瓶ですが、先ほど成分の分析が終わりました」
会話に気付いた宰相と宮廷長官もやってきて、私たちを囲んだ。
「精神に作用して催眠効果を及ぼす、スーデリア王国方面で作られる魔法薬が検出されました」
魔道長官は顔色ひとつ変えずに告げた。
「スーデリア――」
ミシェル様の国だ。
「占い師はどこの出身だ?」
私の問いに、
「ブリューム領ですな」
宰相が即答する。
「スーデリア王国出身というと、まず妃殿下が思い浮かびますが」
宮廷長官の言葉に、私は震える声で反論した。
「父に醸造酒を贈ったのは占い師だ。ミシェルが占い師と懇意にしているとは思えない」
「ですが殿下、スーデリア出身の妃を信用しすぎては危険ですぞ」
声をひそめる宮廷長官に、私は思わず厳しい視線を送った。だが彼は構わず尋ねた。
「妃殿下は、この戦略会議にも出席したがったのでは?」
その通りだ。私は返す言葉を失った。
「だが、孤児院の視察に出かけているため、ここにはいない」
宮廷長官の言葉に、私は無言でうなずいた。
「私が視察をしてくださるよう願い出たのですよ」
なんと宮廷長官の差し金だったとは。
「あまり帝政に口を出されては、たまりませんからな」
言い残して宮廷長官は、彼の侍従と共に出て行った。
「睡眠薬の件については、私が直接ミシェルに尋ねます」
私が宣言すると、宰相は悪い笑みを浮かべた。
「もし本当に奥方様の罪だった場合、これは手柄ですな」
宰相は皇帝を玉座から追い落としたいのだ。
だがミシェル様が私に相談もなく父上の政務能力を奪っているなんて、考えたくない。
いつの間にか魔道長官は煙のように姿を消し、自慢の嗅ぎタバコ入れを見せ合いながら一服を楽しんでいた大蔵卿と騎士団長も立ち上がった。
だが宰相が二人を押しとどめた。
「しばし待たれよ。お二方と殿下には残っていただきたい。ほかの者は退出願おう」
侍従たちが一礼して戦略の間を後にする。私は訳が分からず宰相の顔を見た。大蔵卿と騎士団長も事態を呑み込めていない様子だ。
「殿下、彼らにも真実を明かされてはいかがか」
宰相の静かな声に背筋がこわばった。
大蔵卿と騎士団長が仲間になりたそうにこちらを見ている! ヴァイオラの決断は!?




