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八月と雨の記憶 兄のこと

作者: n@t

私が小学2年生の時の出来事です。

 この物語は作り話ではありません。私の実体験です。


 私は東京郊外の、新宿から25kmほどしか離れていない場所で生まれ育ちました。しかし、そこは ”田舎” という言葉がぴったりと当てはまる、古い集落でした。

 都会の喧騒とは無縁の、こののんびりとした暮らしを、そして自分自身が田舎生まれの田舎者であることを、私は心から誇りに思っています。


 家の道路を挟んだ斜め向かいには、代々続く本家の屋敷が、その歴史を物語るかのように堂々と建っていました。


 私の家は大家族でした。私が小学校2年生だった頃、我が家には、中学2年生の次男、小学校5年生の三男がいました。そして私が四男で、私より2歳下の長女がいました。

 長男は、私が生まれる前に幼くしてこの世を去っています。


 次男は成績優秀で、人柄も温かく、近所の人々や学校の友人たちからも非常に慕われていました。

 私にとっても、尊敬できる、憧れの存在でした。

 次男は中高一貫の私立学校に通学していました。


 夜になると、次男、三男、私の順に並んで同じ部屋で寝ていました。私の布団の中には、毎日決まって三毛猫のミーコが潜り込んできて、一緒に寝ていました。


 その年の4月の終わり頃の夜中のことでした。突然の激しい雨音で、私は目を覚ましました。そして暗闇の中、ぼんやりと視線を巡らせると、次男の寝ている布団の向こう側に、前年に亡くなった本家のおじいさんが輪郭がぼやけた状態で座っているのが見えました。


 不思議なことに、その光景を見ても、私は一切の恐怖を感じませんでした。ただ、一緒に布団に入っていた三毛猫ミーコを、私はぎゅっと強く抱きしめました。

 その時、ミーコが


 「ミャー」


 と鳴いたのを、今でもはっきりと覚えています。

 その鳴き声は、あれが夢ではなかったことを、私に確信させてくれました。


 本家のおじいさんは、生前、頻繁に我が家を訪れていました。近所に住む本家の人とはいえ、その頻度には驚くほどでしたが、なぜかおじいさんが一緒に朝食を囲んでいても、私たちは何の違和感も覚えませんでした。まるで家族の一員であるかのように、自然な光景だったのです。


 そして、その年の8月、激しい雨が降りしきる日に、次男は病院で亡くなりました。

 病院からの電話を、家で私たち兄弟の世話をしていた叔父が受けてくれましたが、電話より前に、何となく雨音の変化を感じていました。


 彼の死の詳細について、私は両親に尋ねることができませんでした。両親の悲しみはあまりにも深く、その悲痛な様子を見ていると、幼い私には、何も聞くことができなかったのです。

今になっても、私は何も知りません。


 私が中学2年生になった、8月の雨の日、私は意を決して母に、あの夜に次男の傍らに本家のおじいさんの姿を見たことを打ち明けました。

 母は私の話を静かに聞き終えると、しばらくして、ぽつりぽつりと話し始めました。


 「お母さんのね、同郷の友だちがいるでしょ? 電車で15分くらいの所に住んでる、あの人がね、実は霊媒師なのよ。」


 私は驚いて、母の次の言葉を待ちました。


 「次男が亡くなった後ね、お母さん、どうしても次男と話がしたくて、その霊媒師さんに降霊をお願いしたことがあるのよ。」


 母は少し間を置いて、話を続けました。


 「そうしたらね、驚いたことに、次男じゃなくて、本家のおじいさんが降りてきたのよ。あの時ね、不思議と降霊している間だけ、雨が降ってたのよ。おじいさんはね、次男に代わって、色々なことを話してくれたわ。詳しい内容はね、もう鮮明には覚えていないんだけど、先祖のこととか、霊界の事情でね、次男はおじいさんの導きであの世に向かったんだって、そう話してくれたのよ。」


 後になって知ったことですが、私が生まれる前に亡くなった長男と、次男。彼らが亡くなった月日は、二人とも8月24日でした。この日付は、我が家にとって、特別な意味を持つものとなりました。


 時が経ち、私自身が大人になり、結婚しました。

 妻が30代半ばで末期がんを患い、入院することになりました。7月、医師から「余命1ヶ月」と宣告された時、私の実家の家族、そして一族の面々は、誰もが沈黙の中で「8月24日」という日付を思い浮かべたことは言うまでもありません。


 妻は、8月22日に亡くなりました。そして、その日もまた、強い雨が降っていました。


 亡くなった兄たちや妻を思い出すとき、不思議といつも雨が降っているような気がします。

 まるで、彼らが空の上から、私たちを見守っているかのように。


お読みいただき、ありがとうございます。


現在、私には実家を継いだ兄と嫁いだ妹がいます。それぞれ独立していて、両親は故人となっています。

ですが、いまだに、亡くなった兄たちのことを話題にするのは何となくタブーとなっています。

亡くなった次男のことは母にしか話していません。

私も、いい年になったので、思い切って物語にしてみました。


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