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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

腹鳴くほうへ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~ん、最近「猛犬注意!」の張り紙とかプレートが増えてきたと思わないかい?

 犬といったら、その吠え声がポピュラーな防犯の手段も兼ねていたろうに、今のような家がたくさん並ぶご時世だと、そうもいかないよね。

 やれ近所迷惑になるからと、吠えて声出せばしかられて、鎖につながれた範囲でしょぼくれるよりなくなる。たまに散歩には行くだろうが、そこでも勝手な行動をとろうとすれば、飼い主からの咎めを受けるのは必至だ。

 上下関係をはっきりさせるために、必要なしつけという面もあろう。だが、一個の生命で見たときは本能部分を嫌でもおさえられ、そのまま寿命を削り取られていく。果たしてそれが幸せかどうかは、人それぞれの目線によるものだろう。


 本能から来る働き。

 これは種や個体の活動にかかわるが、ひょっとすると別の種へ与える影響も大きいかもしれない。

 犬が吠えることで人はまだ見えない危険を知るように、人の動きもまた別の種へ何かを知らせていることもあるかもね。

 以前、私が体験したことなのだけど、聞いてみないかい?


 お腹の虫が鳴る。

 きっと多くの人が経験したことのある現象だろう。胃腸の運動によって起こるとされるこの現象は空腹時、満腹時、その他のストレスなど様々な原因で、目の当たりにすることになる。

 空腹で鳴るぶんにはいいが、それ以外のときは体調不良のきざしやもしれない。そのお腹の虫が頻繁にくうくう鳴る私としては、非常に気になるものだったんだ。

 その頻度はほかの人と比べると、ほぼ「おなら」感覚だったよ。自分の席で立ったり座ったりをするだけで、長短さまざまな腹の音が周囲に響く。運動をするときも、ただ歩いているだけでも平然とぐうぐう鳴った。

 腹が減っているわけじゃないのは、本人たる私がよくわかっている。下っ腹に力を入れてこらえようとするも、おかまいなしだ。おかげで私はみんなの前で大恥をかきっぱなし。

 屈辱に頬を染めながら、なんど自分のお腹をぶったたいたか分からないな。


 その日の習い事からの帰り道も、建物を出るややたらとお腹が鳴るときだった。

 習い事は隔週で1回。その帰り道は長く、途中で買い食いをしながら帰るのが私のささやかな楽しみのひとつだった。

 単純にお腹が減るのもそうだが、ルール的には望まれないことをこっそり行うことに、快感を覚えだしてきた時分でもあったからね。

 いつも行くのは道中のコンビニだったのだけど、建物を出てから数分。またお腹がぐう~と鳴いた。外にいるときは下手にこらえることはせず、鳴りたいがままに任せている。

 それに対し、返事をした輩がいた。

 声の主は頭上。私の左手の塀の上からこちらを見下ろす、黒一色。一抱えはありそうな

 猫だった。その体毛はそこかしこがしなびて垂れ下がり、かなりの年配な雰囲気をかもしている。

 ん? と見上げた私は視線がこちらを向いているのを確かめたが、すぐに視線を戻した。

 猫がこちらを見てくるときは警戒を強めているとき。ここで目を合わせ続けているのは、猫にとっては機嫌を損ねることであると聞いていたためだ。そのまま歩いていくのだが、どう視界の端に、あの黒い体がちらつくんだ。


 ついてきている。

 あくまで私の横をキープしたまま、塀沿いにトトトっとついてくる。多少の段差はひょいひょい飛び移ってだ。

 試しに足を止めてみると、こいつもまたぴたりと止まって塀の上。途中、お腹が幾度も鳴るが、そのたびにゃあにゃあ声をあげるものだから、からかわれている気にもなってくる。


 ――どうせついてくるなら、俺好みの美女にでも変身してくれねえかなあ。


 そろそろ異性について関心も高まってくる年頃だったし、ただの動物に好かれたところでなんの得があるんだ、というのが正直なところ。

 ならばその時間、ちょっとでも質の高い目の保養を求めるのは自然だったと思う。

 が、いよいよ目標としていたコンビニが見えてこようという曲がりかどで。


 ぐううう~と、猛烈にお腹が鳴った。

 これまでで一番の音のでかさだ。腹の肉の下ではっきりと臓器の動くのが自覚できたし、手でおさえても確かな感触として伝わってくる。

 そして、長い。これまでは長いといっても3秒程度が関の山だったのが、今はその倍以上響いても、なお止まる気配がなかった。

 おいおい、勘弁しろよ……とぼやきたくなったところを、さっと横切ったのは先からつきまとう黒猫だった。塀から飛び降りるや、私の視界を左から右へ。

 道路も渡って向かうのは。私から見て右手の草むら。小さい用水路が走るささやかな草むらだった。その奥はまた別の建物のフェンスが立ちはだかっている。


 その草むらのただ中で、猫は確かに首をもたげた。

 虚空へ向かって首を振り、何かを食いちぎるかのような動き。それだけなら、「変なやつ」どまりだったものを。

 とたん、あいつの身体とそのまわりの草むらが、あっという間に紫色へ染まった。

 目を見張る私の前で、猫はやはり何も見えない空中へ二度、三度とかみつき、そのたびに紫色の液があたりへ余計に飛び散っていくんだ。

 それに伴って、猫のお腹がでっぷりと膨れていく。ただでさえ肥満を心配されそうな図体は、ひとかみごとに1割増しほど膨らんでいき、ついにそっぽを向いて歩き出すおりには当初の倍以上のでかさになっていたんだよ。

 紫色の液体は、ほんのわずかなあいだ草むらの上にとどまっていたが、すぐに乾いてしまってね。あの猫が何を相手にし、口にしたのかは分からずじまいさ。

 だが、私の腹の音はどうやら、あの姿なきやつの探知レーダーらしきもので、分かるやつには益になるものだったのだろうな。

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