開戦前
このあとの国盗りを掘り下げるか、軽く済ますかで悩んで更新できませんでした。
結論として、軽く流して終わることとして更新します。
総動員令を発布した四日後。
ガウェインは配下の兵士300と、お付きの者60名を率いてトルーアン州州都へ入った。
「ガウェイン殿下!」
慌てた様子で、女が駆け寄った。
背の高い男装の女だ。
控えめな胸の隆起がなければ、美青年と見紛う容姿である。
女ながら大貴族の一人、トルーアン州領主ソアーヴェ伯爵だった。
「驚かせた、すまないな」
先触れは出したが、到着の二日前というのは王族らしからぬ性急さだ。
「どうなさったのですか、このような時に」
戦場になるかもしれないときに訪ねてくるなんて。
「このような時だからだ! 帝国との戦いに余が出陣せぬのでは、示しがつかぬであろう」
ガウェインが胸を張った。
帝国を撃退し、北王国の奪還をと王国に訴え続けていながら、戦いには参加しない。
それでは言葉に力が、思いがこもらない。
先陣を切って見せてこそ、言葉に重みが出るというものだ。
「戦場ではドルドアン子爵に従う。勝機あらばいつなりと余にも出陣を命じよ」
ソアーヴェが息を呑んだ。
ガウェインの覚悟が伝わった。
この王子は、命がけで役割を果たそうとしている。
「お覚悟、承りました。ともに戦いましょうぞ」
決意を新たに、ソアーヴェも応じた。
王族を背中に負っての戦いである、腑甲斐ないところは見せられない。
◇
独立を採決してから二十日。
リューイン北砦の会議室に同じメンバーが集まった。
全員が目の下に隈を作っている。
「みんな、ご苦労様」
カロスタークが明るく声を上げた。
疲れの滲む顔色ながら、気力は充分だ。
策戦が成功している手応えがある。
「それじゃ、状況説明をしてもらえるかな?」
手応えはあるが、実態把握には至っていないのだ。
「15の町と30を超える村を再建、新たに作った村は20を数えました。さらに建設中です」
『翼人族』からの情報を集計して、フランソワが報告してくる。
「その町と村に王国へ亡命中の北王国人、十五万八千人が移住すべく向かっています。まだまだ続くでしょう」
弾むような口調と表情で、フィオーレ姫も情報を上げてきた。
王国で苦労を強いられていた同胞たちが、新天地に向かっている。
疲労がまったく気にならないほどに、気分が高揚しているようだ。
「北王国に入った『耳長族』は十万人に達しました」
「『竜鱗族』も約六万人を送り出しており、さらに続くでしょう」
「『蛇足族』だけど、四万二千人が里に戻ったよ」
セザール、アンヌ、ミザーリの報告も続いた。
各地で村作りをした異種族たちにも、土地を与え家と畑を持たせるのだ。
予定地域で人間用の村を作り終えたら、各所に自分たちの村を作り、定着することを勧めている。
『耳長族』は森の多い地域に、『竜鱗族』たちは人間には硬すぎる荒れ地に、『蛇足族』は川沿いの砂地に。
それぞれ村を作る予定だ。
家の建造は『ノーム』たちが引き受けてくれている。
「それとは別に集まった人間は三千。これも送り出しを進めている」
「リューイン他、各地からの移住希望者を募ってるけど、現時点で一万人くらいが応募してきているわ。まだまだ増えると思う。帝国を追い払えば倍増するでしょうね」
レッドルア派の傘下にある各地で貧民階級にいる者たちにも、開拓に参加してもらうべく募集をかけている。
人口増加で畑を宅地にされた農民など、困窮している者に声をかけているのだ。
「現時点で約四十万か。凄まじい」
モンモラシー男爵が嘆息した。
「最終的には百二十万くらいにはなるのだろうな。北王国からの難民は、当時五十万人を超えていたと記憶している」
グリトリアン子爵も手元の羊皮紙に視線を落として、静かに息を吐いた。
途方もない数の者たちが移動している。
指揮しているのは自分たちだ。
「四十万人もの数を、停滞もさせずによく送り出せるものですね」
驚くべきはそこだと、子爵の妹リュッゼがカロスタークに視線を送る。
「最初はもちろん混乱もありましたけどね。慣れるものです」
様々な人の協力を得て、円滑に進めることができている。
自分の力ではないと、カロスタークは笑って見せた。
「進軍してくる敵に気付かれもせず、よくぞそれほどの数を動かせるものだ」
ミヌミエーラ男爵が唸った。
「大軍であるゆえの油断でしょう。王国は防御を固めている。動くはずがない、とね」
そもそも、深い森も高い山もない荒野が続く地形だ。
行軍してくるコースが判れば、距離を開けて逆進することなどたやすいことだ。
こちらには『翼人族』という偵察機があるが、帝国軍には双眼鏡すらもないのだから。
「それに」
笑いを含んだ呟きを、カロスタークが落とした。
「それに?」
気になったのだろう、セザールが先を促した。
「たぶん、気付いたんだよ。食糧がないことに」
一心不乱に、リューイン州目指して突き進んでいる。
よそ見をする余裕をなくしているのだ。
ああ。城主たちの間から溜め息がでた。
行軍中に食糧が尽きる。
人を動かす立場にいる者にしたら、最悪の悪夢なのだ。
「だからなのだろうな」
眉を吊り上げて、ミヌミエーラ男爵が発言した。
「帝国軍はあと二日で『ライン』川に到着するぞ」
ギョロ目がカロスタークを見据えた。
言葉にはしないが、どうするのかと問うている。
先ほどの報告、四十万人もの移動が円滑にできている理由。
カロスタークの指示で川に掛けられた五本の橋があるのだ。
掛けたままでは、帝国軍の渡河にも使われるだろうことは確実。
それなのに放置していていいのかと、気にしているのだった。
命じられれば、いつでも焼き捨ててくれようものを。
「うむ」
カロスタークが慇懃に頷いた。
「そのままでいい」
断言する。
「そういうことなので、迎撃の準備に入る!」
城主たちが一斉に背筋を伸ばした。
いよいよかと、緊張が走る。
カロスタークの口から布陣が伝えられ、全員が絶句した。
◇
歴史上、類を見ない戦いが始まる。
本隊から先行すること二日。
帝国軍の先駆けが、事実上の王国との国境に近づいていた。
両国の間を流れる大河だ。
事実上の国境であるため、いつしか『ライン川』の名が定着している。
もともとの名がなんであったかは、人々の記憶から絶えて久しい。
その『ライン』川が見えてくる。
川幅が広いのと川霧でモヤッとしているため、向こう岸を見通すことはできない。
だが、別の物が目に入ってきた。
「なんだ、ありゃ?」
予想外の物が目に入った。
橋だ。
木製の橋である。
幅が二十メートルはありそうな浮き橋が五本、川に掛かっている。
真新しいものではない。
どの橋にも、何万人という人間が歩いたと思しき形跡があった。
だとすれば、数ヶ月前からあったのだと見ることができる。
20日間で40万人が渡った事実を知らなければ、そういう結論になるのだ。
偵察兵は首を傾げた。
「いったい、なんのための橋なんだ?」
帝国との国交はほぼ停止中だ。
エルフの隊商が行き来するだけなら、一本か二本あれば充分。
五本は多すぎる。
これも、20日間で40万人を北王国領に送り出すためだと知らなければ、わけがわからなくて当然だ。
「アートルダムとの交易でも始めたんじゃねぇか?」
相方が興味なさそうに一つの可能性を提示した。
商業が発展している都市国家がある。
経済力で独立を維持している小国家だ。
このアートルダム国も川のこちら側にある。
王国国内を移動するのに通行税がかかることを考えれば、いったん国外に出るという選択肢はありだ。
「そうかもな」
それにしては規模がでかすぎると思わなくはないが、王国人の考えたことだ。
帝国人の自分に理解できなくてもしょうがない。
「ともかく、これならすぐにも攻め込める。楽でいいな」
橋がなければ、武装したまま泳ぐか船を調達するか。
または、自分たちで作るかだ。
橋があるのなら、そのまま攻め込める。
食糧不足で減量支給の現状を鑑みれば、到着したらすぐに国境を越えられるのはありがたい。
「ともかく報告だ」
「ああ」
橋を渡ってみよう、そんな考えを彼らは持っていなかった。
危険は雑兵に押しつけ、安全に美味しいとこだけ手にするのが理想。
無理はしないのだ。
渡ったところで、見つかるものもありはしなかったのだが。
「橋が掛かっているのか?!」
先行部隊の報告を聞き終えたベルーノは、歓喜の声を上げた。
雑兵どもを一気に送り込める。
王国のヤツらは間抜けにも、期せずして敵を歓迎するものを用意していたのだ。
これが最近造られたものだとなれば罠を疑うレベルのものだが、どうやらそうではないようだ。
だとすれば、これは好機以外のなにものでもない。
「二日後、ライン川に到着しだい。雑兵どもを押し込め! 好きに略奪していいと言って突っ込ませるんだ! 町が落ちたら、我々も進駐しようぞ!」
「おおお!」
こうして、帝国軍の力押しが決定した。
◇
「帝国軍、来たらしいわよ」
三時のおやつに聖女エルザがケーキを切り分けているところに、セザールが入ってきた。
「偵察に来てたらしいわ」
「川は渡ったのか?」
赤茶の湯気をアゴに当てながら、カロスタークが聞く。
セザールはフルフルと首を振った。
「渡らないで引き返したみたい。少し戻って、そのまま動かなくなったって」
「そうか。もしかしたら渡ってくるかもと思ってたんだけど、考え過ぎだったかもな」
迎撃の仕掛けを見られたくなくて、準備を進めずにいたのだが無用だったようだ。
カロスタークは立ち上がってベランダに出ると、待機していた『翼人族』に声を掛けた。
「迎撃部隊に準備を始めてって伝えて」
「伝えるよ」
フワッと浮いて、ミーランを勝気にしたような『翼人族』の女が飛んでいく。
「迎撃部隊、ですか」
困ったような笑みで、セザールが呟いた。
「なにか違う気がしますよね」
フランソワも似たような笑みだ。
「全然違うでしょ!」
アンヌは思い切りツッコんだ。
「いやいやいや。なにを言うかな。ちゃんと敵兵力に打撃を与える部隊なんだから、間違ってないよ?!」
カロスタークも全力で否定する。
「間違ってないと正しい。言わんとするところは同じでも、同一ではないのね」
眉を寄せて、うんうんと頷いて見せるのはエルザである。
「私はカロスターク様に同意です」
まったく違うぞ、とラヴァル。
鋭くなった視線が義弟に突き刺さっている。
「違うのは金のかかりかたですがね」
「あー。それはそうかも」
確かに金はかかりまくる。そこは認めざるを得ない。
商人としては苦言を呈したくもなるだろう。
「なんにせよ、開戦まであと二日を切った。追い込みにかかるよ」
「はい!」
評価いただけると続編を書く意欲に直結します