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領地経営

 

 領地経営


 学院での授業が終わると、モンモラシー男爵家に通うのがカロスタークの日課になっていた。

 『負債返済』のため、領地経営を見直さなくてはならなかったからだ。

 そうはいっても、実のところやることはそれほど多くない。


 学院卒業後には商会を立ち上げて男爵領を経済的に潤す心づもりだったからだ。

 当然に、モンモラシー男爵領の内情も調査済み。

 『お義兄さん』となる予定の当主にする『提案』内容は、常にまとめて用意してもいた。

 それを一年前倒しで使うだけのことである。


 モンモラシー男爵領の管理責任者の立場で。

 男爵家当主を部下として使いながら。



 「とりあえずすべきは、不正の撲滅ですね」

 「不正、ですか?」


 カロスタークの言葉に、モンモラシー男爵は眉を顰めた。

 男爵家の役人が、そんなことをするはずがない。

 そう思ったようだ。


 だが、カロスタークには確信があった。

 数千枚に及ぶ書類や帳簿を確認して、明らかにおかしな金の流れがあることを掴んでいたのだ。

 これまで、カロスタークは一学生で商人でしかない若造。

 セザールの『婚約者』という立場でしかなかった。

 貴族家の当主に意見するなんてことは許されないことだったのだ。

 だから指摘しなかったのだが、今ならできる。


 「ここにリストをまとめておきました。騎士団を使って順に強制査察に入ってください。もし、確証が出ずに居直られたり逆に苦情を言ってくる者がいた場合、教えていただければ私が改めて対処方法を考えます」

 「わ、わかりました。私が直接指揮を執ります」

 「それがいいでしょうね。騎士だけで査察に行っても従うとは限らないが、当主が行けば従わざるを得ないですから」

 封建制における貴族と役人の身分の違いとは、そういうものだ。


 「役人たちの処罰ですが、素直に罪を認めた者には不正で得た利益の返還を義務付けて復職。抵抗した者たちは全財産没収の上で、罪に応じた期間の投獄とします」

 全員クビにしてしまっては行政が滞る。

 一罰百戒は必要だが、委縮され過ぎるのもよくない。

 このぐらいが妥当だろう。


 「それと、どちらの場合であっても、家族には罪を問わないこと。生活に困窮するようなら、可能な限り仕事を斡旋してあげてくださいね。思い余って自害とか犯罪に走るとかされると治安が悪くなりますから」

 人間、一度下に転がり始めると一気に堕ちる。

 最初のひと転がりを防ぐことが重要なのだ。


 「返還・没収で入ってくる資金は、こっちのリストにある公共事業に使ってください。リストは優先度の高いもの順になっていますので、上から片付けてもらえれば大丈夫です」

 公共事業。

 平たく言えば道や川、物流路の整備である。

 いかに良い作物を作れても、売れなければ意味がない。

 そして、売るためには速やかな運送が第一条件。

 道失くして経済なし、だ。


 「作物の収量を増やすのが先ではないですか? 道が整備されても売る物がなくてはどうにもならないと愚考しますが?」

 「そのためにも道の整備は重要なのさ。道は物を運ぶだけじゃない。人の移動もスムーズにしてくれる。隣の領地は特産が果物でね。収穫時期は夏に集中している。モンモラシー男爵領が小麦の植え付けの春先と、収穫時期の秋が忙しいだろ? 忙しい時期が互いに違うから、人の動きをスムーズにすることで人手の増加が見込めるんだ」


 春と秋は隣の領地から人を雇い、夏はモンモラシー男爵領から出稼ぎを出す。

 双方の領地で雇用し合うことで、庶民の懐に金が入る。

 金があれば、購買意欲が上がり経済が活性化。

 税収が増えるから、その金で農地の拡大を推し進める。


 広くなった分、人手が欲しくなる。

 付近の領地からどんどん人を雇う、人流が増え、市場は活気づき、経済はさらに活性化していく。

 好循環が生み出されていく土壌を作るための、道整備だ。


 「なるほと、道はわかりました。けど、この、広場というのは?」

 リストを見ていた男爵が指さしたのは、整備する道の途中途中に作る『広場』の部分だ。


 「休憩所兼自由市場だな」

 「休憩所? 自由市場?」

 わからないという顔をする男爵に、カロスタークは丁寧に説明していった。


 まずは広場。

 荷物の運搬には大きな荷馬車が使われる。

 手懐けた大型魔獣に車輪を付けた箱を引かせ、その箱に物資を載せるというものだ。

 当然だが、かなり巨大なものになる。

 しかも重いので、町から町への移動には日数がかかるものだ。


 この移動時に、荷馬車を安全に止めるスペースがあれば便利だというのは、商人——いわゆる行商や隊商のこと——たちの下で荷運びをする者たちの間ではよく聞く話だった。

 それを作ろうというのである。


 今は各自で道の横にスペースを見つけてそこで休む形だが、きちんと整備した空間があればみんなそこを利用するはずだ。

 商人が集まれば自然と情報交換が行われる。

 道と道が交差するような場所であれば、西に行こうと思っていた商人が抱えている商品が南で不足しているという情報を得て行先を変えるようなことが起こる可能性があった。

 地域ごとの不足物資が自然な形で供給され、値段の高騰なども防ぐことができる。


 自由市場というのもそれだ。

 契約があって、どうしても西に行かなければならないとなったとき、その商人は南に行く商人に荷を売ることができるようにする。

 もちろん、契約で荷物の量などが定まっている可能性はあるが、商人たるもの。必要数『しか』積んでいないなんてことはない。

 余剰分を流してもらえるだけでも、物資が不足している地域にはありがたい。


 「な、なるほど。考えたこともなかったことです」

 「領主って立場だと、なかなか見えないだろうね。オレは生まれた時から商人だからな」

 子供の頃には、隊商のおじさんについて行って町から町へと旅したこともあるカロスターク。

 その経験から得た発想なのだ。


 「早速、始めます」

 「よろしく」

 各種書類をまとめ、男爵が去っていく。

 『早馬』を使って領地に戻るのだ。


 三日に一度くらいの頻度で行き来しているはずだった。

 『早馬』は魔法の転移装置で、各地の教会に設置されている。

 大昔、大陸各地で猛威を振るった疫病に、当時の聖女が中心になって抗った痕跡だ。

 一人でも多く助けたいと願う聖女と、その人気を政治に利用したい各地の王族、王族の資金が欲しい各種研究機関。多くの人々の夢と欲望が折り重なった結果、『転移魔法陣』が発見され各町に作られることが決まった。

 設置場所が教会なのは、本来の目的が疫病の発生場所へ『聖女』を送るためだったからだ。


 以来、この『早馬』は料金さえ支払えば誰でも使える移動手段となっている。

 ただ、欠点もあった。


 瞬時に移動できるのは便利だが、その料金は結構高い。

 緊急時しか使われないものというのが常識だ。

 それをモンモラシー男爵はちょくちょく使っている。


 先日の騒動で使ったことで、その便利さにはまってしまったようだ。

 もっとも、カロスタークの指示を受けて動くようになった直後には遠慮しようとしてもいたのだが、カロスターク自身の勧めもあって今では当たり前のように利用している。


 移動費用が高くついているが、移動のたびに三から四日馬車に揺らせておくよりはマシだとカロスタークは考えたのだ。

 金は稼げばいいが、時間は金で買えない。

 本来なら手に入れる方法のないものを、金で買えるならむしろ安い。

 そういう理屈だ。




 「で、問題はこっちか」

 次の案件に取り掛かるカロスタークの口からため息が漏れた。


 オルトレオーネ子爵領の町のことだった。

 管理権を手に入れたはいいが、ド田舎の町。

 見るべき特産品もない。

 どうしたものかと、頭を抱えていたのだ。


 「あれ?」

 何かないかと地図を眺めていたカロスタークはあることに気が付いて声を上げた。

 件の町はオルトレオーネ子爵領から見ても僻地だが、境を接する他の二つの領地から見ても僻地だった。

 ただし、町へ繋がる道はしっかりしている・・・ように見える。


 「もしも、地図通りの道なら?」

 その可能性は高かった。

 なぜなら、三つの領地と接する立地だからだ。

 当然に流通中心地——と考えたところで気が付く。


 「道はいいけど、この町までではなく各領地と繋ぐものなのか」

 領地と領地を繋ぐ道は整備されているが、町には繋がっていない。

 馬車の車窓から見る程度の存在なのだ。


 なら、道を繋いでしまえばいい。

 宿場町として売り出せば——。

 イケそうだ。


 たぶん、ネックになるのは人口だろう。

 宿場町とするには住んでいる人間が少なすぎるのだ。


 今ある町の隣に、もう一つ町を作る。

 足りない人手は領内で職に困っている者に声をかければ集まるだろう。

 雇用問題の解決にも貢献できるはずだ。


 この新しい町は、完全に旅をする者のためだけの町とする。

 なにもないところに宿屋と飲み屋、それに歓楽街を作るのだ。


 もともとの町とは切り離しておくことで、治安を維持。

 必要な時だけ働きには出られるようにして、現金収入を得られるようにする。

 あとは、新しい町の警備をしっかりすればいい。


 「明日、さっそくシャルルに伝えておこう」

 オルトレオーネ子爵家との連絡は、騒動以後に人が変わったように大人しくなったシャルルがしている。

 学院内にいるので、話がしやすいだろうという理由でだ。

 で、実際に動くのはと言うとオルトレオーネ子爵家の第二夫人である。

 一度顔つなぎで会ったが、キビキビと働く人で頼もしい半面怖いというのがカロスタークの印象だった。


 管理の指示を伝えるだけの関係だし、間にシャルルを挟むのだからどうでもいいか。

 仕事が一段落したカロスタークは、両手を上げて伸びをしたのだった。


評価いただけると続編を書く意欲に直結します


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