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お話でよく見る風景

よくある寝取られたけどざまぁな話です。

 

 お話でよく見る風景


「カロスターク・レッドルア」


 凜とした声に呼ばれ、振り返る。

 そこには、待ちわびた姿があった。


 勝気な、少しキツい目元が印象的な麗人である。

 セザール・フォン・モンモラシー男爵令嬢。

 男爵家という低位貴族の三女でありながら、この王立学院において屈指の美貌を誇る令嬢だ。


 そんな彼女が、露出を極力抑えつつも見せるところは魅せる夜会服に身を包んで、颯爽と歩み寄ってくる。

 王立学園主催、月例舞踏会の会場を真っ直ぐ突っ切るようにして。

 それだけで、彼女の周囲が真昼のように輝くのが感じられた。


 他の者たちにもそう見えるのだろう。

 彼女の進行方向にいる有象無象の学生たちが、大慌てで道を開けている。


 本来なら、オレもそうするところなのだろう。

 身分、ルックス、社会的認知度。

 数え上げればきりがないステータスのほとんどが彼女に及ばない。

 凡庸なだけが取り柄、それがオレだから。


 しかし、オレは慌てなかった。

 ただし、緊張はする。


 颯爽と現れて自分の下へやってくる『婚約者』に、恥をかかせるわけにはいかない。

 身体へしみこませた礼儀作法を全力で発揮して、待つ。

 指の先まで完璧に制御し、淑女をエスコートするための所作を行うために。


 学院内の全生徒の前で、婚約者をさらに輝かせるための『パートナー』に自分を仕立ててきた。

 今夜は、その集大成。

 彼女の婚約者となってから積み上げた努力のすべてを披露する場なのだ。


 絶対にミスは許されない。

 オレの一挙手一投足が注目されている場面なのだ。

 オレが彼女の『婚約者』だと、世間にはっきりと示す最大の好機なのである。

 ここでしくじることは彼女を、モンモラシー男爵家を笑いものにすることになるのだ。


 なればこそ、セザールもこんな派手な演出をして見せている。

 わざわざ、会場の入り口からオレの名を呼び。

 会場内の耳目を集めた上で、颯爽と歩み寄る。

 これは、そのため。

 絶対にしくじれない。


 歩いてくる姿を見つめながら、舞踏会で女性をエスコートするときの所作を反芻する。



 ひとつ、礼儀正しい挨拶。

 女性に近づく際には、軽くお辞儀をして挨拶をします。

 笑顔を忘れずに。


 ふたつ、手を差し出す。

 ダンスに誘う際には、手を差し出して「踊りませんか?」と丁寧に尋ねます。


 みっつ、エスコート。

 女性が手を取ったら優しく手を握り、ダンスフロアまでエスコートします。

 歩く際には、女性のペースに合わせることが大切です。


 よっつ、ダンス中のマナー。

 ダンス中は適度な距離を保ち、リードする際には優しく指示を出します。

 女性の快適さを最優先に考えましょう。


 いつつ、ダンス終了後。

 ダンスが終わったら、再び軽くお辞儀をして感謝の意を伝えます。

 女性を元の場所までエスコートすることも忘れずに。


 

 このうちの五つ目はいらないとして、他の四つは完ぺきにこなさなくてはならない。



 彼女が立ち止まった。

 距離は2メートル。


 エスコートして見せなさいとの声が聞こえそうだ。


 最大限の愛情をこめて微笑み、会釈をする。

 そして、手を差し伸べた。


 セザールもまた手を差し伸べてきて——。



 パシッ!

 手を払われた。



 「え?」

 なにが起きたかわからず、それでも無様にならないよう顔は微笑んだまま彼女を見る。



 「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」

 よく澄んだ素敵な声が、耳を駆け抜け、脳へと至る。


 「え?」

 なにを言われたんだ?

 オレは?


 「もう貴方とは、終わりよ。親の決めた婚約だったから、諦めていたのだけど。私にも王子様が現れたの」


 そう言った彼女の横に、いつの間にか誰かが立っていた。

 高位貴族のみ許される『白』を取り入れた夜会服。

 肩にかかるのは成績優秀者だけが着用を許される金糸の入ったショール。


 子爵家の三男。

 学院きっての秀才の呼び声も高き貴公子。


 シャルル・フォン・オルトレオーネ。


 白磁の肌に、深海の青の瞳。

 高い鼻と自信に満ち溢れた面貌。

 絵に描いたような美男子だ。


 「こんな素敵な女性が、君と婚約しているなんて我慢ならなくてね。声をかけたのだ。聞けば親同士が決めた婚約で、彼女の本意ではないというではないか。悪いが、引いてくれたまえ」


 少しも「悪い」などとは思っていない冷淡な口調で言い、形だけの会釈を押し付けられた。

 全力の微笑が引きつったままのオレの目前で、数秒前までの婚約者に腕を絡ませる貴公子。

 それを見つめるセザールの熱に浮かされたように潤んだ瞳。


 彼女は、オレには一度として見せたことが無い女の顔をしていた。


 「ああ。手間は取らせない。『貴族院』での手続きは俺とセザールでやっておいてやるよ」

 「二人の『初めての共同作業』になるわね!」

 「そうだね。二人の門出になる」

 「楽しみ!」


 弾むような口調で会話をする二人。

 セザールは小さく飛び跳ね、拍手までしている。


 「そういうことだ。幸いにもここは舞踏会の場。君に似合うお相手を探してみるといいよ。心の底から応援している」

 「やさしいのね。こんな人のために」

 「下賤な者にも慈悲を垂れるのが高貴な者の役目だからね」

 「素敵だわ」


 去り行く二人の背をただオレは見ていた。

 もはや、マヌケとしか呼べない微笑を浮かべ、手を差し出したまま。


 五分前までの婚約者が、婚約破棄を叩きつけ、そして返事も聞かずに去って行く。

 悪夢だとしても、ありえないような現実。

 彼女は高位貴族の貴公子に柔らかな腕を絡ませ、豊かな胸を腕に押し付けるようにして見せた。

 そして、オレを振り返る。


 その目が。

 嘲笑を含んだ切れ長の青い瞳が、告げていた。


 ──お前などもう要らないのだ——と。


 オレ——カロスターク・レッドルア——は、勝ち誇った麗しき男爵令嬢セザール・フォン・モンモラシーに婚約を破棄されたのだ。






「カロスターク様」


 与えられた宿舎の部屋に帰り、ベッドの上に座り込んだ。

 そのまま黙り込むオレに実家から連れてきた丁稚——いずれは従者となるはずだった一つ年上の若者——トマが心配そうに声をかけてくる。


 実家は商家だ。

 豪商とは言わないが、中流より少し上の位置に入る。

 王都でも有名になりつつある商家だ。

 オレはそこの四男として生まれた。


 正妻ではなく、言い方は悪いが妾の子だ。

 とはいえ、正妻と母の仲は悪くなかった。

 もともと友人だったのだ。

 母が結婚に失敗して、身一つで路傍に捨てられるまでは。


 生きる術を失くした母は、恥を忍んで旧友に助けを求め。

 三人目の出産時に子供を産めない体となっていた旧友は、友を夫に差し出したのだった。

 そうして産まれたのがオレである。


 妾の子ではあるが、父にとって息子であることに違いはない。

 きちんと育てられた。

 贅沢はできなかったが人並みの生活ができたし、人並み以上の教育も受けた。

 そこは感謝している。


 たとえそれが、貴族家に売り渡すためだと知っていても。


 父は王都で成功を収めた商人だ。

 だが、どうしても今以上に大きくはなれないとわかっていた。

 王都で幅を利かせている商人たちは皆、貴族の後ろ盾を持っているからである。

 父は、どうしてもそれが欲しかった。


 オレに教育を施す傍ら、買ってくれる貴族を探した父はついに見つける。

 先代がした投資の失敗で、借金苦に陥っていたモンモラシー男爵家だ。


 その男爵にはオレと同い年の娘がいる。

 貴族の後ろ盾という『名』が欲しい父と、王都に店を構える商人がもたらす富という名の『実』が欲しい男爵の利害が一致した結果、オレとセザールの婚約が決まったのだ。


 12歳の時のことである。

 それから二年。

 明らかに釣り合わない相手に、何とか並ぼうと必死に努力を続けてきた。

 その結果がこれだ。


 あまりのことに、泣くこともできない。

 言葉を無くして黙り込む。


「・・・すまないが、少し一人にしてくれ」


 口を開くのも億劫で、何とかそれだけを告げた。

 オレの意思を汲んでトマが出て行き、オレは一人悶々と自分の内側に籠った。

 何も考えられなかった。


 婚約破棄まではいい。

 普通なら絶対に付き合えないような令嬢が相手。

 常に負い目を感じていたからだ。

 破棄だと言われれば、「仕方がない」と諦められた。


 場所が、あそこでなければ、な。

 全校生徒が集まる大ホール。

 学校中の視線が集まる中での婚約破棄。

 なにも、あんなところでしなくてもいいだろう?


 二人きりの時とか、せめて両家の会食の場で言われるのなら呑み込める。

 笑顔で祝福して送り出せた。


 それなのに・・・。

 指が、シーツを握り締める。

 食いしばった口の中に、血の味が広がる。


 どうやってあの衆人監視の中から戻ってきたのか記憶に無い。

 頭の中には、蔑みすらもないガラス玉のような目だけがあった。


 オレという人間を。

 二年にわたって慈しみ、大切にしてきたオレの努力と愛情を。

 無価値なものと切って棄てた、あの瞳が焼き付いて消えてくれない。


 親に決められた結婚相手だが、妻にするのだ。

 美点を探し出し、そこを全力で愛してきた。


 彼女の夫になるのだ。

 少しでも愛してほしかったから、好いてもらえる努力はなんでもした。

 花に込められた意味、お菓子の名前、甘い果物の産地を覚えることも、その一つだ。

 貴族との結婚であるから、礼儀作法は必須。

 ファッションに気を遣い、仕草にも気を配ってきた。


 その全てが『無価値』そう宣言された。

 あの瞳に。


 オレなりに上手くやってきたつもりだったのだ。

 なのに、そうではなかった。


 涙など出るはずもない。

 体の内側に湧き上がるのは、熱くて暗い熱情だった。


「貴族様が何だ。商人には商人の意地があるぞ!」


 ベッドを飛び降りる。

 座ってなどいられない。

 粉々に打ち砕かれたプライドを取り戻さねばならない。


 そうでなければ、オレは明日を生きられない。

 学校中から笑いものにされる未来しか来ないからだ。


 王立学院を辞めればいい?

 辞めたところで、意味はない。


 この学校で学ぶのは各地を治める貴族、領主の子女。大きめの商家の子供たちだ。

 王国内にいる限り、彼等と会わずに済む場所などほとんどない。

 片田舎の農夫になるか、犯罪者に身をやつして裏町にでも入れば別だが、普通の市民として生きる限りは逃げられないのだ。


  『学院の舞踏会で婚約破棄されたマヌケ野郎』という風評は必ずついて回る。

 一生をその風評と共に生きていくなんて嫌だ。

 ましてや、こんなことで命を断つ気になんてならない。


 明日は無理でも、遠くない未来には顔を上げて生きられるように。

 


評価していただけると、続編を書く意欲につながります。

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