六十六日目の生きる意欲:人間を阿保にしない食パン
二千二十四年七月二十六日。
糖類を添加していない食パンと、塩を買ってきました。
塩を買ったのは数年ぶりです。
あまり自炊をしないので、そんなに塩が減らないのです。
久しぶりに人間を阿保にしない食パンでジャムサンドを作って食べたのですが。
丁度良い。
甘すぎない。つらすぎない。食後のコーヒーだって美味しい。現在十八時台。
夕飯の時間なのにコーヒーを飲んでいる理由。
それは、二十四時くらいまで他人様の小説を読む時間にあてるからです。
以前、完徹で朝まで小説を書いて、翌日一昼夜眠った経験から言うと。
無茶をするなと。
昼間にしか飯を食えないんだから、昼間眠り続けるようになるようなことをするなと。
じゃないと、僕の世界線から土曜日と言う存在が消えるんすよ。
そう言うわけで、最長でも二十四時までと言う期限を設けました。
自分の作品のほうは、先週無茶をしたおかげで、しっかりストックが作ってあります。
どうやら、僕の作品で「会話」だと判断される指数が十七パーセントくらいらしいっす。
僕が目にしたのがだいぶ前のデータなのかも知れないんですけど、これまで七十万文字書いてて、そのうちの十七パーセントくらいが会話…つまり、カギカッコの使われている部分って事でしょうか。
個人的に「台詞で全部説明する物語は嘘っぽい」と思ってしまう所があるので、それがカギカッコ率の低下につながってるんだと思います。
明日辺りに、登場人物の台詞でほとんど語ってるシーンも出てきますけどね。
鼻歌とか動物の声とか鳥の声とかの、風景的な声はカギカッコで括って音を指定するより、描写の一つとして書いてしまったほうがスッキリすると思っています。
嬉しくて思わず鼻歌を歌っているのに、その音が「ふふ~ん」で終わってたら不毛でしょ?
文字だと抑揚が伝わらないから。
だからと言って、「ふふん」を連続的に多用すると意味が分からない。
なので、「陽気な鼻歌」、「明らかに何かの歌の旋律を辿っている鼻歌」、「思いつきの滅茶苦茶なメロディーを鼻歌で歌いこなしている」…とかの描写ほうが面白いと思ってしまうのです。
鼻歌の表現に特化した文章を書く事も、そんなに無いですけど。
ラノベで、台詞のやり取りが重視される理由は分かるんですよ。
コミカライズとかされる物語だったら、登場人物が喋って無いと華が無いですし。
台詞で説明してもらった方が、全年齢に対して分かりやすいのでしょうし。
情景描写(つまり背景画の指定)が多いと、漫画制作者さんが苦労する事になるし。
と言う、三つの理由がパッと思いつきます。
だからと言って、描写力に重きを置くオーソドックスな小説がつまらないわけではないのです。
小説を小説として欲するのか、それとも漫画やアニメのシナリオとして欲するのかって言う、ニーズの問題なのかな。
ネトコンに応募してる奴が良く言うよ、と自分でも思うので、ついでに記述すると。
僕がネトコン12に応募した理由は、感想が欲しかっただけなんです。最初は「ネトコン12感想」って言うタグしか貼ってませんでした。
ですが、どうやら感想の抽選外れたらしいぞって言う事に、先月半ばくらいから薄々気づいてきたのです。
その時点で僕は玉砕してるんですね。で、玉砕ついでに本当に当たって砕けてみようと言う事で、「ネトコン12」のタグを連載小説に貼ったのです。
なんにもしないより、多少の脳の刺激には成るかなと思って。
文末ですが今日のご飯。
朝、魚肉ソーセージ二本。コーヒー。
昼、つくね入り野菜スープ。おにぎり。ジャスミンティー。
晩、普通のイチゴジャムサンド。紅茶。コーヒー。
よし。二十四時まで別の世界へ行くべし。その後で出会おう猫明神。




